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中国リニア「時速600km成功」報道のウソと真実

正解は「時速600kmを目指す車両の試験成功」
さかい もとみ : 在英ジャーナリスト
2020年07月26日


中国で6月、試験走行に成功した高速リニアの試験車両(写真:Imaginechina/時事通信フォト)
東京―名古屋間を結ぶリニア中央新幹線の2027年開業が危ぶまれる中、中国で高速国産リニアモーターカーの開発が着々と進んでいる。6月には日本が試験で記録した「最高時速603kmにほぼ追いついた」といった報道も見られたが、はたしてその現状はどうなっているのだろうか?現地の資料などを分析しながら、改めて考察してみよう。
「600km走行」はしていない
今回の走行テストは6月21日、上海の同済大学キャンパスに設けられたリニア試験線で行われた。中国のメディアは、「時速600kmの高速リニアのテスト車両が試験走行に成功」と報道。これを受け、日本を含む海外メディアも同じような趣旨で報じた。日本の一部メディアは「時速600キロのテスト走行に成功した」と紹介した。
ところが、テストの様子を伝える写真には、高架上を通勤電車の中間車のような平べったい前面の車両が写っており、時速600kmで走る車両にしては空気抵抗への配慮などがまったくなさそうな構造だ。これを見た多くの人々は「これがそんな高速で走ったのか?」と疑問を感じたことだろう。
実際には、今回の試験線の全長はわずか1.5km、試験走行の際の時速も20~30km程度にとどまったことがわかってきた。
リニアを最高時速600kmで走行させるには、現在走っている「上海リニア」の加速度などを勘案すると全長50km前後の試験線が必要と考えられ、とても大学のキャンパス内だけで造れるようなものではない。つまり、今回の試験を正しく表すなら「時速600kmの高速リニア実用化に向けた試験用車両がテスト走行に成功」といったところだろう。
今回のテスト車両は中国の車両メーカー、中国中車(CRRC)青島四方機車車輛で製造された。同社はこれまでに最高時速350kmを超える「復興号」をはじめとする高速鉄道車両を開発・製造しているが、リニア実用化の研究・開発(R&D)も行っている。


中国で開発が進む高速リニアモーターカーの先頭車両試作車体(写真:Imaginechina/時事通信フォト)
「時速600kmの高速リニア」についてもすでにモックアップを完成。中国市内で一般市民向けの展示が行われている様子が伝えられている。今回走ったのは中間車両1両だったが、5両編成の開発も進んでいる。
よく知られているように、中国では世界に先駆け、一般旅客が乗れる高速リニアの営業運転を2003年から行っており、上海郊外の浦東国際空港へのアクセス交通として使われている。ただ、この上海リニアはドイツのシーメンスが開発した「トランスラピッド」の技術をそのまま中国で活用したものだった。
2020年5月27日の記事「世界最速から陥落、『上海リニア』無用の長物に?」でも述べたが、そもそも上海のリニアは北京―上海間を結ぶ高速交通を従来の鉄道方式とするか、あるいはリニアを導入するかを比べるために建設した一面もある。
今回実施された「時速600kmの高速リニア」の試験成功を受け、中国国内でも専門性の高い報道が数多く見られるようになったが、それらによると「鉄道方式vsリニア」の選定をめぐる論争が7年近く続いたという。
「中国に高速リニアは必要か」論争
ただ、以前は杭州への延伸構想もあった上海リニアは、現時点では市内中心部や他都市との連結といった延伸の計画はなくなっている。今回の「高速リニアテスト成功」を受け、中国内でも「リニアの導入が本当に必要なのか」という論争が静かに進んでいる。
大きな疑問点として浮上しているのが、「すでに高速鉄道網が発達しているのに、なぜ高速リニア開発の必要性があるか」という点だ。中国の高速鉄道は最高時速350kmで運行し、路線網も約3万kmに達している。
これについて、中国のメディアは「高速リニアと高速鉄道網は利用者マーケットを食い合うことはない」としたうえで、「人々は高速リニアが既存の輸送ネットワークを補足するものと考え、高速鉄道よりも速く、飛行機とも全体の移動にかかる時間でみると大差ない」と、リニアが既存の乗り物とも差別化が図れるとの見方を示している。
例えば、北京―上海間は現在、高速鉄道で最速4時間半、国内線の飛行時間は2時間半だが、リニアなら3時間強で行けることになる。
さらに、大都市に集中する人口を郊外に分散させたうえで、ベッドタウンと都市中心部とを結ぶ交通として高速リニアを導入し、より短時間で快適な通勤を目指そう、という考え方も提案されている。
リニアの技術を使った通勤用・市街地用の磁気浮上式鉄道は、愛知県の「リニモ」をはじめ、世界に数例ある。中国でも湖南省長沙市に鉄道駅と国際空港を結ぶ最高時速120km、総延長18.55kmのリニア路線があり、すべて中国の技術で完成させている。
同省にあるCRRCの関連会社、中車株洲は今年4月、長沙のリニア路線を使って時速160kmの中速リニア走行試験に成功した。今回の「高速リニアの走行実験成功」も併せ、中国の技術陣は「自身が持つ技術の進歩に手応えを感じ、プロジェクトの実施を推進し続けるという自信が高まった」と人民日報は伝えている。
中国は2019年、「交通強国建設網要」と称する交通インフラの拡充に向けた綱領を発表し、時速600kmで走る高速リニアに関する合理的なR&Dの実施を目指すと謳っている。また、上海を中心とする長江デルタ地域一体化計画を示す綱領の中に、上海―杭州間を結ぶリニア実現に向けた検討を行うと述べている。
リニア中央新幹線より先に登場も?
中車四方で高速リニアのプロジェクトに携わる丁叁叁氏によると、時速600kmで走る試験用車両とその関連設備は今年中にも完成する見込みとしている。600km走行に耐えられる変電設備も6月下旬に中車四方のリニア試験線に持ち込まれたという。来年には、この試験線を使って、高速リニアのシステム全体の検証を行い、エンジニアリングの確立を目指すとしている。
このペースで開発が進むと、あるいは中国の「国産高速リニア」が意外と遠くない将来、あるいは日本でのリニア中央新幹線開通より先にお目見えする可能性も排除できない。
ちなみに、リニアを含む鉄道の世界最高速度記録は、JR東海が山梨県にある試験線で2015年に樹立した時速603kmだ。いずれにしても中国が時速600km走行を目指すとしたら、日中2カ国間で激しい技術競争が起こることになる。
本来なら、環境アセスメントや試験車両の走行試験などを念入りに行ったうえでの実用化を目指すべきなのだろうが、中国でそういった配慮はどう図られるだろうか。