Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

台湾・蔡英文総統が「日本語ツイート」を続ける理由

(ジャーナリスト・吉村 剛史)


 コロナ禍で海外との自由な往来に制約が生じているなか、台湾の蔡英文総統によるツイッターでの「日本語」発信が、日本人の「親台湾」感情の維持に貢献している。


 台湾が巨額の義援金を寄せた東日本大震災から2021年3月で10年を迎えるが、これに先立つ1月23日、台北市では日本側窓口機関が主催し、台湾で最も高いビル「台北101」に「日台友情」などの文字を灯すライトアップイベントを開催。蔡総統はこれに動画でメッセージを寄せ、日台の深い関係を「きずな」(絆)だとし、ツイッターでも「いつまでも日本を応援しています!」などと日本語で発信した。


蔡英文総統が日本語メッセージと共にツイッターに載せた超高層ビル「台北101」のライトアップイベントの様子(蔡英文ツイッター @iingwen より)© JBpress 提供 蔡英文総統が日本語メッセージと共にツイッターに載せた超高層ビル「台北101」のライトアップイベントの様子(蔡英文ツイッター @iingwen より)
 日本語世代による歴史的な絆が消えゆく中、心理的な距離の近さを維持し、良好な日台関係の構築に尽力している印象だが、その一方では課題も山積している。


「台湾と日本はいつまでも固く結ばれている隣人」
 23日夜、台北101のビル中層上部に、「日台友情」「2021年 平安祈願」をはじめ、「台日相伴」(台湾と日本は共にある)、「新的一年 我們携手努力」(新しい1年、手を携えて頑張りましょう)など、中国語と日本語のメッセージが次々に浮かび上がった。半年後に迫ったオリンピック・パラリンピック東京大会の順調な開催を願うメッセージや、「台湾」と「日本」が握手の絵文字で結ばれたものもあり、ビル周辺では携帯電話で熱心に写真を撮る人の姿が見られ、拍手もわきあがった。


 イベントは日本側の対台湾窓口機関、日本台湾交流協会が東日本大震災から10年になる今年を「日台友情の年」とし、改めて台湾への感謝を伝える複数の行事のひとつとして主催。灯されたメッセージは事前に一般公募して選んだ。


 点灯に際しての式典も開かれ、五輪東京大会出場が決定している台湾のアスリートらも出席。同協会台北事務所の泉裕泰代表(大使に相当)は、自然災害や感染症拡大などの障害にもかかわらず「この10年来、日本は台湾の人たちの友情をずっと胸に刻んできました」と台湾社会に感謝の意を表明し、相互が相手側に寄り添える日台関係を称賛。台湾の李永得文化部長(文化相)もIT技術を利用した交流の推進などに意欲を示したという。


 蔡英文総統はこの式典にメッセージ動画を寄せ、1月3日から8日まで東京で開かれた東京タワー台湾祭2021新春(同実行委員会主催)でも東京タワーが台湾のイメージカラーにライトアップされたことや、五輪東京大会開催にかける期待も話題に。東日本大震災10年に関しては、「この十数年台湾と日本はお互いを思いやり助け合いの気持ちを持ち続けてきました」「台湾人と日本人は心と心で深いつながりを築いています。つまり日本語の『きずな』です」「台湾は日本を応援し続けます。そして台湾と日本の友情が永きにわたって続くことを願っております」などと述べた。


 メッセージ動画は自身のツイッターでも発信。「我々は世界に向けて、台湾と日本はいつまでも、固く結ばれている隣人だと伝えたい。台湾人と日本人は、心と心で深いつながりを築いています。その絆こそ、台日関係の最大の原動力であります。いつまでも日本を応援しています!」とビデオメッセージ内容に沿って日本語で書き添えている。


蔡英文総統による日本語ツイート(蔡英文総統のツイッター @iingwen より)
© JBpress 提供 蔡英文総統による日本語ツイート(蔡英文総統のツイッター @iingwen より)
日台双方から投稿された感謝と思いやり伝えるメッセージ
 これに対し、日本からは「台湾の平安も願っています。また台湾に行けるのを楽しみにしています」との反応や、中国語で「蔡総統閣下のビデオメッセージに心より感謝申し上げます」「今年は311地震(=東日本大震災)から10年。私たち日本人は台湾の友人の支援と励ましを心に刻み、永遠に忘れません」などと感謝の声が次々と投稿された。


 逆に台湾からは日本語で「日本が大好きです。日本と台湾の友情を永遠に続きますように祈ります」「日本は防疫を頑張ってください!」などと、さらなる友好関係に期待する声も上がった。


 蔡総統は中国語での発信が中心のフェイスブックに加え、ツイッターでは中国語、英語とともに、随時日本語で発信をしており、2019年11月4日には自身のツイッターフォロワー数60万人の節目には「ツイッターでもいつも日本の皆さまと台湾および#台日関係について話せるのは実に素晴らしいことです!」と感謝を表明。


 2020年3月30日には、コロナ禍で死去した志村けんさんへの追悼の言葉を、また李登輝元総統の死去に際しても同年7月31日には「私が心から敬愛する李登輝元総統がご逝去されました」。8月6日には「コロナ禍と猛暑の中、多くの日本の友人たちが台湾駐日代表処に、李登輝元総統のための弔問記帳に訪れてくれたことに改めて心を打たれました」。さらに8月28日には安倍晋三首相の退陣表明に関し、「在任中において台日関係に多大なる貢献をされ・・・」「どうぞお体を大事に、治療によって体調が万全になるよう祈っております」などと日本語で発信した。


 今年に入ってからも、元日には「あけましておめでとうございます」「今年こそパンデミックを克服し、誰もが元気いっぱい一年を過ごせるように、切に願います。台湾で皆さんをお待ちしています!」などとツイートしている。


決して順風満帆でない日台関係
「しかしながら、日台関係は必ずしも順風満帆とはいいがたい。こうしたイベントの工夫や、トップの努力などで台日間の感情面でのつながりを維持したい、というのが双方の本音だろう」


 東京駐在の経験も豊富な台湾の元外交官はこう語る。


 台湾は日清戦争(1894~1895)の結果、下関条約で日本が清国から割譲を受け、1945年まで日本が領有したが、2020年7月30日に97歳で他界した李登輝元総統に象徴されるように、日本式教育を受け、流暢な日本語をあやつり、戦後も日本との関係を水面下で支えてきた台湾の日本語世代は非常に高齢化しており、日台の人的な「絆」の一面は消滅しかかっている。


 追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルス感染症の世界的感染拡大で、台湾の観光局統計によると、2019年に日本から台湾を訪れた旅客は約220万人、台湾から日本は490万人。しかし2020年は3月以降の旅客の落ち込みで、同年11月末までの累計では、日本から台湾は約27万人、台湾から日本は70万人にまで減少。


 全国修学旅行研究協会が2019年末に発表した2018年度の「全国公私立高等学校海外修学旅行・海外研修実施状況調査報告書」によると、同年度に修学旅行などで台湾を訪れた日本の高校生は、台湾が最多の5万7540人で、2位の東南アジア(5万6733人)、3位の北米(3万7535人)、4位のオセアニア(2万2183人)をしのぎ、3年度連続で首位を記録したが19年度末以降は、海外修学旅行自体がほとんど中止になったと見られている。


 変化はそれだけではない。中国の圧力で世界保健機関(WHO)から閉め出されており、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)騒動の対応などに苦しんだ台湾では、特に中国発の病毒に対する警戒心が強く、今回の新型コロナ感染症の発生も、昨年末にキャッチするや早期に中国からの入境を制限し、対策本部リーダーに強い権限を与え2021年1月26日現在、感染者889人、死者7人と、ほとんど完璧ともいえる水際防疫を展開した。


 台湾との良好な関係がありながら、台湾の動きを参考にできず、初動で出遅れた日本の混乱ぶりを目の当たりにした台湾民衆は、長年、あらゆる面で日本を目標としてきただけに、当初は日本を心配し、その後は失望感すら漂わせ始めた。李登輝氏の死去に際しても、米国がアザー厚生長官ら政府高官を台湾に派遣するなか、先んじて駆け付けた日本からの弔問団に政府関係者が含まれていなかったことなども拍車をかけた。一般の人的往来が滞る中、相互に親愛感情を維持する努力の必要性が増していたのは明白だといえる。


 実際のところ、台湾にとって安全保障の面では、相次いで台湾に武器売却を決めるなどした米国との関係こそが最重要課題になっている。米国と中国の対立が深刻化する中、経済、軍事力ともに強大化した中国は、中国共産党結党100年の節目を前に、香港や台湾に対する強硬姿勢を隠さなくなってきている。台湾は「2030年バイリンガル国家計画」により、英語の半公用語化もめざしており、日本の独立行政法人・国際交流基金が昨年6月に発表した2018年実施の海外における日本語教育の実態調査によると、中国、韓国に次ぐ台湾での日本語学習者は17万159人。2015年の前回調査の際は22万45人だったため、3年間で22.7%減少している。


 今回のイベントの主題である東日本大震災に関連しても、東京電力福島第1原発事故以降、台湾は福島県などの日本産食品の輸入禁止措置を継続しており、2018年の住民投票で成立した禁輸継続の期限を2020年11月24日に迎えたものの、その撤廃は先送りにされている。蔡政権は同年、やはり懸案だった成長促進剤「ラクトパミン」を使用した米国産豚肉の輸入規制緩和に踏み切ったものの、「食の安全」に敏感な台湾社会の猛反発で、コロナ対策によって伸ばした支持率を急落させる憂き目にもあっており、早期改善を望む日本側との間の障壁は残されたままだ。


台湾新幹線、価格で折り合わず、日立・東芝連合の新型車両の購入交渉を打ち切り
 加えて日本の新幹線技術の初の海外輸出例とされ、日台の良好な関係を象徴してきた台湾新幹線でも、これを運営する台湾高速鉄路は2021年1月20日、日立製作所、東芝の日本連合が提案していたJR東海の新型車両「N700S」の購入交渉打ち切りを発表した。


 新たに12編成を調達するとして日本側と交渉を進めていた台湾高鉄だが、現地報道などによると、日本側の提示額が高額すぎるとし、「今後は第三者からの購入も含め、新たな調達戦略の検討を行う」としている。


 2007年に開業した台湾新幹線は、1997年に独仏企業連合が受注したものの、1999年に日本企業連合が逆転受注した経緯があり、東海道新幹線「700系」をベースに台湾向けに開発された「700T」34編成が、台北―高雄間を1時間半で結んでいる。


台湾新幹線。現在は東芝・川崎重工業などが製造したJR東海の「700系」を台湾向け仕様にした「700T」が走っているが、台湾高速鉄路が新たに進めている車両調達で、東芝・日立が提案する新型車両「N700S」は「高額すぎる」とされ、購入交渉が打ち切られる事態となっている© JBpress 提供 台湾新幹線。現在は東芝・川崎重工業などが製造したJR東海の「700系」を台湾向け仕様にした「700T」が走っているが、台湾高速鉄路が新たに進めている車両調達で、東芝・日立が提案する新型車両「N700S」は「高額すぎる」とされ、購入交渉が打ち切られる事態となっている
 しかし、2012年に東芝と川崎重工業の日本連合が受注した際の現行の「700T」は、1編成あたり約20億台湾ドル(約53億円、当時)だったとされるのに対し、今回の日立・東芝連合の提示価格は約50億台湾ドル(約185億円)だったといい、台湾側は「航空機の値段だ」と反発。今回の調達数の少なさや、一部に欧州の安全基準を採用している台湾向けの独自の仕様に対応するコストがかさむことなどが要因とみられるものの、先行きは不透明だ。


 日本の対台湾窓口機関・日本台湾交流協会の台北事務所(大使館に相当)が2019年2月に実施した台湾における2018年度対日世論調査では、最も好きな国を「日本」と回答した比率は、若年層を中心に59%と突出。中国の8%、米国の4%を大きく引き離している。


 2020年に台湾側の駐日経済文化代表処が実施した日本人の対台湾意識調査でも、最も親しみを感じるアジアの国・地域として台湾が49.2%を占め、韓国(17.1%)、シンガポール(13.1%)、タイ(10.5%)、中国(2.9%)、それ以外(6.4%)を引き離した。


 先述した台湾の元外交官は「総統の日本語発信は、山積する日台間の課題、交渉を前に、せめて市民レベルの親愛感情を増幅したいという気持ちの現れだろう」と解説している。