Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

ミャンマー、国際非難受け中国の属国と化す嫌な流れ

(福島 香織:ジャーナリスト)
 新型コロナウイルス対応で国際社会が手一杯であったスキをついて、2月1日、ミャンマーで軍事政変が起こった。ミャンマー国軍は、事実上の政府トップで国民民主連盟(NLD)党首、民主化のシンボルであったアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相とウィン・ミン大統領、および国民民主連盟(NLD)所属の中央・地方政府幹部ら数十人を拘束。24人の閣僚、次官らを罷免し、新たに11人に挿(す)げ替えた。ミン・アウン・フライン国軍総司令が立法・行政・司法の全権を掌握し、1年の非常事態宣言を行った。
 建前上の理由は昨年(2020年)11月の総選挙でのNLDの圧勝は不正選挙によるものだ、ということだが、西側自由社会にとっては、とうてい受け入れられるものではない。米国はじめ西側諸国は一斉にミャンマー軍事政権側に対し強い非難の声を上げている。
クーデターを非難しない中国政府
 だが、中国は態度を曖昧に保留、いやむしろ、ミャンマー軍政を歓迎しているふしがある。
 このミャンマー政変が起きた当日、中国外交部の定例記者会見で汪文斌報道官は次のようにコメントした。「我々は、ミャンマーで起きている状況に注目し、目下さらに状況を理解しようとしている。中国はミャンマーの友好的な隣国であり、ミャンマー各方面が憲法と法律の枠組みのもと妥当に対立を処理し、政治と社会の安定を維持するよう求む」。政変という言葉をあえて使わず、国軍も非難しなかった。
 また新華社は異様に素早く詳細に事態の推移を報じたが、政変ではなく「現政府に対する大規模な組織改革」と報じた。これは国軍側の説明をそのまま引用した言い方だ。
 人民日報傘下のタブロイド紙「環球時報」は、「ミャンマー国軍側と民主選挙で選ばれた政権の潜在的な構造矛盾が表面化した1つのシグナル」と論評し、ミャンマーの民主改革と普通選挙制度への懐疑を示した。「政治改革による表面的な繁栄は脆弱である。ミャンマーの困窮は、政治改革では深層の問題を解決するのに十分な力にはなりえ得ず、またこの国の政治的不安定さを回避する担保にもならなかったということだ」という論調は、民主政治改革をあざ笑っているようにも受け取れる。また「このことが、米国がミャンマー政治に介入するきっかけになるかもしれない」という見方も紹介している。
 中国外交部のスタンスは、内政不干渉を貫くという意味で予想されたとおりだが、メディアの報じ方や専門家のコメントをみると、そこはかとなく喜んでいるようでもある。
 中国人民大学欧州研究センターで責任者を務める王義桅はシンガポール華字紙「聯合早報」に、「ミャンマーの各勢力はすべて西側に不信感を持っている。誰がミャンマーを統治しても、中国との協力プロジェクトを推進したいと希望する。(中国は)ミャンマーとさらにコミュニケーションを優勢にし、国内の経済発展を推進していく」というコメントを寄せ、余裕を滲ませていた。
 また、米大統領選挙の混乱に対する態度と同様、ミャンマーの政変にしても、中国としては民主主義の限界を示す事象として、自分たちの体制、イデオロギーや価値観への自信をさらに深めている雰囲気もある。
ミャンマー国軍と中国の密接な関係
 中国とミャンマーの関係を振り返れば、習近平政権とNDL政権の関係は蜜月であった。一帯一路国際協力サミットの第1回(2017年)、第2回(2019年)ともにアウン・サン・スー・チーは出席。一帯一路構想を進める上での良きパートナーであった。
 同時に、中国人民解放軍とミャンマー国軍の関係も深かった。中国はミャンマー国軍への最大の兵器サプライヤーである。2014年から2018年までの間、ミャンマー国軍の武器・兵器の6割以上は中国からの輸入品だ。
 人民解放軍はとくにインド軍との国境における緊張が高まる中、ミャンマー国軍との関係を一層重視している。中国がNDL政権と国軍のどちらとの関係をより重視していたかといえば、伝統的には軍との関係である。なので、今回の政変については、中国政府が裏で手を引いていた、とまでは言わないが、この軍事政変を事前に察知したうえで静観していた可能性はあり得る。
 アメリカの政府系メディア「ラジオ・フリー・アジア」で、中国政治評論家で元清華大学政治学講師の呉強氏が指摘していたのだが、政変3週間前の1月12日、中国の王毅外相がミン・アウン・フライン国軍総司令と会談している。この時、王毅は「双方のイデオロギーは最も重要な紐帯である」と発言し、ミャンマーとの共通のイデオロギー、価値観を強調していた。
 中国にとってミャンマーは一帯一路戦略において、「海のシルクロード」建設の重要基点だ。西部ラカイン州チャウピュー経済特区を開発して深海港を建設、さらには港から雲南までをつなぐ天然ガス・石油パイプラインが2013年、2017年と開通している。また、89億ドルを投じている、雲南から、ミャンマーとの国境の町ムセ、そしてマンダレーへとつなぐ高速鉄道プロジェクトがペンディング状態になっているが、中国としては早く再開したがっている。このあたりのインフラ建設が完成すれば、ミャンマーは、中国がマラッカ海峡を通らずに中東からのエネルギーを安全に輸送するための命綱となり、またインド洋に出るための軍事拠点ともなり得る。
 中国からパンデミックが始まった新型コロナ肺炎発生時の2020年1月、習近平はミャンマーを公式訪問した。中国国家主席として19年ぶりのミャンマー公式訪問であり、このとき両国は、中国・ミャンマー経済回廊構想を含む一帯一路関連の33の大量の覚書(MOU)を締結した。そして習近平はその足で、一帯一路の基点である雲南省を訪問した。この歴訪のため、武漢の新型コロナ・アウトブレイクへの対処は遅れたのだといわれている。
 ちなみにこの時、ミャンマー首都のネピドーで、習近平もミン・アウン・フライン国軍総司令に会っている。中国共産党政権自体がきわめて軍事政権的性格をもっているという親和性もあるが、経済回廊などは民生以上に軍事利用できる意義が大きい。プロジェクトを進めるにあたって、中国政府としては当然ミャンマー国軍への根回しが必要になるだろう。
 また中国政府にとっては、NDL政権よりもミン・アウン・フライン軍事政権の方が話がしやすい、ともみられていた。
 中国の一帯一路は単なる経済一体化構想ではなく、国家安全や軍事を含めた新たな国際秩序圏を目指すものだ。NDL政権下では、建前上、あからさまに中国の軍事利用を推奨するわけにはいかない。そのため、ダム、石油パイプライン、港湾の建設協力などはNLD政権のもとで進められたが、少なからぬ牽制も受けていたという。
 だが、ミャンマー国軍が相手であれば、そのあたりは比較的スムーズに意思疎通できよう。だから、1月12日の王毅とミン・アウン・フラインとの会見で、なんらかの根回しがあったのではないか、ミャンマー国軍側は中国の理解を求めたのではないか、と疑われるわけだ。
「中華式権威主義」勝利の実例に?
 結果からいえば、今回の政変は中国にとっては大きなチャンスになるかもしれない。
 2011年にミャンマーが民主化されると、西側の企業は最後のフロンティア市場とばかりに投資を加速した。だが2017年のロヒンギャ問題が人権問題として国際社会から非難を受けるようになってから、ミャンマーは中国への依存を高めていった。
 ミャンマーが人権問題で西側から非難され孤立すればするほど、ミャンマーは中国に頼らざるを得なくなる。選挙結果を踏みにじることは民主主義を踏みにじることであり、西側社会にとってはミャンマーの政変は黙って見過ごすわけにはいかない。しかし、西側が経済制裁を科せば、それこそミャンマーは中国の属国にでもなりかねない。
 タイ、カンボジア、フィリピンなど一部アジア諸国は、中国と同じく、ミャンマー政変を内政問題として静観する構えを見せている。これは、なかなか危うい状況である。つまり、民主選挙を行っているアジアの国の中にも、西側の民主主義になじまず、中国モデルの方に傾きかけている国も少なくない、ということだ。
 この数年、世界各地で起きている左右のイデオロギーの揺れや政治的混乱について、多くの人たちが“グローバル資本主義の限界”“民主主義の限界”を指摘している。そういう混乱の中で中国が台頭し、米中新冷戦構造が浮かび上がってきた。これは、開かれた自由社会と閉じられた中華全体主義、あるいは自由資本主義と中華式権威資本主義という異なる価値観、イデオロギーの対立という見方がある。その文脈で捉えると、今回のミャンマーの政変は、いったん民主的自由社会に傾きかけた後に、中華式全体主義社会・権威資本主義の方に振り子が振れたことの現れだといえる。もしこのままミャンマー軍事政権が中国に依存する形で安定、発展すれば、他のASEAN諸国にも揺らぎが出てくるかもしれない。
 つまり、ミャンマーの問題は、アジアの地政学的要衝を中国共産党政権に取り込まれるという意味だけでなく、民主主義が挫折して中華主義に転んだ実例として中国のプロパガンダに利用されかねない、という点でも危険だ。
 中国がポストコロナ時代にイメージする“中華式権威主義をスタンダードにした新しい国際秩序”がASEANから広がっていくこともないとはいえない。
 そう考えると、ミャンマー軍事政権への西側自由社会としての対応は、放置するわけにはいかないが、一方で、単純に非難して制裁を課しても、中国への依存度が高まり、一体化を後押しすることになりかねず、かなり悩ましい。
日本はミャンマーとどう接するべきか
 さて、日本はというと、皮肉にも民族や宗教、人権問題に鈍感なおかげで、ロヒンギャ問題が起きたときも、欧米とは若干異なり国内であまりニュースにならなかった。
 またビルマ時代からの歴史的な因縁やミャンマー社会にまだ残る若干の親日ムードのおかげもあって、今なお日本企業は独特の存在感を保ち続けている。
 タイのゼネコンが南部ダウェー経済特区開発から資金難によって手を引いたあと、開発権を中国と争うライバルとみなされているのは日本である。中国報道をみても、日本がミャンマーに強い影響力を持つという見方が散見され、警戒されていることがうかがえるし、この政変で日本のミャンマー投資へ腰が引けるかもしれない、という期待論も聞く。
 そういう中国の反応をみると、日本としては、もちろん今回の件で非難や制裁に足並みを備えることも大事なのだが、日本の妙な鈍感力を今こそ生かして、ミャンマー経済や社会へのコミットを続ける方策も考えなければいけないのではないだろうか。