Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

「竹島の日」の前に改めて叫ぶ「竹島は日本の領土」

国際感覚を持ち合わせていない韓国人の民度
「独島は韓国の領土ですが、竹島は日本の領土です」


 産経新聞のソウル支局長を長く務め、現在、同新聞社の客員論説委員である黒田勝弘氏は、この言葉を伝家の宝刀のごとく使ってきた。韓国地上波のテレビ討論に出るたびにそう言っていたのが印象的だ。黒田氏が独島問題についてどう考えているかは、大方の韓国人なら知っている。にもかかわらず、竹島問題に関するテレビ討論でそう言うしかなかったのは、韓国ではこの問題をきちんと話せるだけ土壌がないことを意味する。


 韓国で最も公正な討論会の司会者として知られている総合編成チャンネル、JTBC社長の孫石熙(ソン・ソクヒ)氏ですら、独島問題に関する討論会に「独島が日本の領土」だと主張する人をただの一度も招いたことがない。つまり韓国という国では、今まで一度も独島問題に関してまともな討論が行われたことがないのだ。


 常識的に考えて、討論というものはある問題について反対の意見を持つもの同士が互いに意見を戦わせる場である。本来は「独島は韓国の土地なのか日本の土地なのか」のようなテーマを巡り、立場の違う人が主張すべきだろう。


 しかし、韓国ではその図式は成立しない。「独島が我が領土というのは、天の神も地の神も知る自明の真理であるから、間違った前提を巡って議論するなどありえない」のである。よって、独島問題に関する討論となると、そのテーマは大抵、「独島に関する日本の挑発にどのように対処すべきか」とか、「独島はなぜ我が領土なのか」になってしまう。同じような立場の人たちが集まって、一晩中、議論を行うのだ。


 これは韓国という国がどれだけ未開であり、第三世界の新生独立国であるかを端的に示している。インドやオーストラリアとともにG10への招待が計画されるほど、経済力では世界的な先進国として認められているのに、いまだに国際的な感覚を持ち合わせていない、恥ずかしい民度を持つ未開の国なのである。


日本側の自制によって保たれている周辺海域の平和
 日本が周辺国と3つの地域で領土紛争をしていることは、世界的にもよく知られている。ロシアが占領している北方4島、韓国に占領されていて実効支配ができない竹島、中国が領有権を主張していて日本が実効支配している尖閣諸島だ。


 韓国が独島を実効支配しているのだから、独島の東側12海里までが韓国の領海でなければならない。だが残念ながら、領海を決める時も排他的経済水域(EEZ)を決める時も、韓国は独島の領有権を認められていない。そのため独島周辺海域は曖昧になっており、韓国と日本の中間水域で双方とも漁業操業ができず、軍艦や航空機が出入りできる共用の空間とされているのが現状だ。


 どちらか一方が独島周辺海域における航空機や船舶の出入りを禁止したら、直ちに戦争が勃発するだろう。一触即発の状況であり非常に危険だ。独島周辺海域の平和は日本側の自制により保たれているのである。


 韓国は2006年7月、独島周辺の海洋調査活動を行うために、多数の調査船を派遣した。日本政府は海上保安庁の巡視船を送り込んで阻止しようとするが、当時の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は巡視船に対して発砲して撃沈するよう命令を下す。それを知った日本政府は武力衝突を懸念して撤収した。この事実は後に、安倍晋三官房長官(当時)によって公開された。


 幸いにも、尋常ならぬ気配を察した日本側が巡視船を撤退させたため、大ごとにならずに済んだ。この事件から、独島周辺の海域では、東アジアの二つの軍事大国の間ではいつでも戦争が起こりうることが分かる。


 独島の領有権を巡って韓日間で戦争が勃発することがあれば、結果は日本の圧倒的勝利で終わるだろう。海軍力であれ空軍力であれ、日本の持つ戦力は韓国とは比べものにならないほど大きい。もっとも、米国がいる限り、全面戦争に拡大するおそれはないだろうが。


 もし日本の内閣支持率が大きく下落し、政権を維持するために独島を巡る戦争を起こしたとしたら、日本は竹島を取り戻して島根県に返すことができ、日本の領海と領土は大きく拡大するという利益を得る。一方の韓国は敗北の屈辱を味わうだろうが、独島はいったいどちらの土地だったのか、というまともな討論くらいは始められるようになるだろう。


サンフランシスコ平和条約で除外された竹島
 米国家地理空間情報局(NGA)の地図には、「竹島」とともに「リアンクール・ロックス」という地名が表記されている。この島を西洋で初めて発見したのがフランスの捕鯨船「リアンクール号」だったため、船の名前を取ってそう名付けたのだ。リアンクール号は、竹島を「島」と呼ぶのは難しいと判断、「リアンクール・ロックス」として岩に分類した。


 しかし、1905年2月22日、日露戦争最後の海戦の真っ最中、リアンクール岩は岩から島に昇格することになる。島根県の漁師たちがアシカ漁の基地として使っていたこの岩に、日本政府が「島」という名前を付けたのだ。その時からリアンクール岩は「竹島」という正式な名前を得て、島根県の領土に編入された。


 韓国側は、これが韓国に対する植民支配と侵略の第一歩だと言うが、竹島の日本領土への編入は、その後、1905年10月に締結された日韓保護条約とは何の関連もない。これまで漁業基地として利用されてきた小さな岩島を1つ、日本の正式な領土に編入しただけのことだ。


 1951年9月に調印したサンフランシスコスシコ平和条約で、竹島は日本の領土から外れていない。よって、韓国がこの条約を無視して竹島に対する領有権を主張し続けた場合、日本は竹島だけでなく鬱陵島に対する領有権も主張できることになる。


 1393年から500年あまり続いてきた朝鮮王朝は、朝鮮周辺の島々に対して一貫した「空島政策」(島の住民を本土に移住させる政策)を施行してきた。住民の統制が難しいという理由で、島には誰も住めないようにしたのだ。今でこそ1万人の住民がいるが、鬱陵島も19世紀末まで無人島だった。


 ちなみに、鬱陵島は17世紀に日本人漁師、大谷甚吉らによって発見されたものだ。大谷らは無人島であった鬱陵島の開発をするために幕府に働きかけ、鬱陵島に滞在して漁を行うなど、頻繁に渡航していた。


 したがって、サンフランシスコ平和条約を無視するなら、竹島だけでなく、鬱陵島も日本領土と主張できる状況にある。サンフランシスコ平和条約には、日本が朝鮮半島と3つの島「Quelpart, Port Hamilton and Dagelet」を放棄すると記されている。Quelpartは済州島、Port Hamiltonはかつて英国がロシアを牽制するため占領した巨文島、そしてDageletは鬱陵島を意味する。日本は同条項を守り、鬱陵島に対する領有権を主張していない。


韓国の「独島の日」にオカリナを吹く韓国の小学生(写真:YONHAP NEWS/アフロ)© JBpress 提供 韓国の「独島の日」にオカリナを吹く韓国の小学生(写真:YONHAP NEWS/アフロ)
 繰り返して言うが、韓国の領土はサンフランシスコ平和条約によって明確に規定されている。そこでは韓国の領土から「リアンクール岩」は除外されているため、昔の地図がどうとか、幕府が独島を朝鮮領土として認定したとか、そんな論議をする必要がないのである。


日本漁船を拿捕しまくった李承晩政権
 機密が解除されたラスク書簡を見ると、北朝鮮と戦争中だった韓国の臨時政府は1951年7月、対日平和条約の草案に対し、波浪(パラン)島と独島を韓国に含めてほしいという修正要求を米国側に出した。米国側はこれらの島の位置について尋ねたが、最後まで正確な回答が来なかったため、同年8月、韓国の要望を却下したとされている。


 韓国政府はなぜ答えられなかったのか。波浪島は済州島南方200kmの海上にある水中岩で(現在韓国では離於島だと主張されることもあるが)、そこには何もないのだから答えようがない。独島の場合は恐らく独島がどこにあるかを知っている人が誰もいなかったのだろう。


 このようにして独島を日本領と認めた平和条約が発表されると、困惑した当時の韓国大統領、李承晩(イ・スンマン)は1952年、独島の右側に「李承晩ライン」を一方的に設定してこれを宣言する。この後、韓国はこのラインを侵犯した日本漁船を全て拿捕するようになる。


 この時に拿捕された日本の漁船は数百隻、漁師だけで3000人を超えたというから、今の基準ではありえないような蛮行が起きていた。しかし、韓国は北朝鮮と戦争中であり、正式な政府が樹立される前だったため、米国や台湾は李承晩政府を非難するだけで、何の措置も取られなかった。この時に不法占領した竹島を、韓国は今も自分たちの領土と主張しているのだ。(翻訳:金光英実)