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安倍総理の志は死なない!!

コロナの次の日本の脅威は、海洋進出をもくろむ中国の「海警法」だ

“海警法”の制定・施行
 メディアの報道は新型コロナウイルス関連に加え、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の失言と辞任をめぐる問題が圧倒的な量を占めています。コロナについては新規感染者数が大きく減少し、またワクチン接種も今月から始まることを考えると、コロナという今この瞬間の最大のリスク要因に加え、コロナの次に日本が直面するであろう新たなリスク要因への対応について、そろそろ多くの人が考え始めるべきではないでしょうか。
 そして、コロナの次のリスク要因は何かと考えると、私は個人的に、間違いなく中国が最大のリスク要因になると思っています。
 その理由は、単に米国がバイデン政権になっても米中の緊張関係が続き、中国が最も嫌がる人権問題を米国が指摘しだしたからというだけではありません。中国で“海警法”という法律が今年の1月に制定され、2月1日に施行されたからです。
 海警法については新聞報道も徐々に増えてきたのでご存じの方も多いと思いますが、念のため説明しておきますと、海警局という中国の海上警察機関の具体的な任務内容を規定したものです。
 ちなみに、海警局は日本の海上保安庁に相当する組織と説明されることが多いですが、何度かの組織改編を経て今や中国の軍隊と一体化しており、“第2の海軍”とも言われる存在になっています。
 マスメディアでは、この法律の施行により尖閣諸島周辺での海警局の武力行使のリスクが高まったと指摘されることが多いのですが、それ以上に問題なのは、海警法は国際的な海洋秩序を定めた国連海洋法条約に明らかに違反しているということです。中国はこれまでは実行動上で違反行為を繰り返してきましたが、法律で国際法違反の規定を明示的に定めたということは、国際海洋法秩序を無視する意思を明確にしたといえます。
海警法は明らかに国際法違反
 それでは、具体的に海警法のどの部分が国連海洋法条約に違反しているのでしょうか。最大の問題は、中国の主権が及ぶ海域の範囲を国連海洋法条約よりも広げ、かつ中国が恣意的に定められるようにしていることです。
 海警法では、中国の主権が及ぶ海域を“管轄海域”と表現しています。法律上この“管轄海域”の定義は規定されていませんが、過去の中国最高人民法院(日本の最高裁に該当)の司法解釈では、国連海洋法条約で沿岸国の主権が及ぶ海域として定められている“内水、領海、接続水域、排他的経済水域、大陸棚”に加えて“中国が管轄するその他の海域”も含まれる、とされています。
 後者の“中国が管轄するその他の海域”の定義はもちろん不明ですが、おそらく中国政府が恣意的かつ一方的に定めた海域がそれに該当するであろうと考えると、南シナ海の九段線や尖閣諸島周辺の海域などもそれに含まれてしまう可能性が高いと考えられます。
 次に問題なのは、その“管轄海域”において外国の公船に対しても武器の使用を認めていることです。
 国連海洋法条約では、沿岸国の主権の及ぶ海域に他国の公船(巡視艇など)が侵入した場合、一般の船舶(漁船など)と異なり主権の行使(拿捕など)の対象外となっていて、沿岸国はその海域からの退去を要求することしかできません。国際法上すべての国家は主権を有していて対等であり、かつ公船は国家の延長と位置付けられるからです。
 しかし、海警法では、“管轄海域”においては、外国の公船でも中国の法律に違反する行為を行った場合、海警局は“武器使用を含む一切の必要な措置”を取ることができると規定されています。
 海警法ではそのほかにも、中国が勝手に決めた“管轄海域”に他国が建造物などを設置した場合に海警はそれを強制撤去できると定めているので、例えば、中国は尖閣諸島の魚釣島に日本青年社が建てた灯台を撤去できることになります。
 海警法にはそのほかにも問題点がたくさんありますが、要は、中国はこれから海警法に基づいて、東シナ海では尖閣諸島、南シナ海では南沙諸島・西沙諸島と、領有権を巡って争いのある海域への実効支配を強化する可能性が大きいと考えざるを得ないのです。
 ちなみに、中国の動きがきな臭いのは海に限定されません。中国軍機による台湾上空への接近飛行や台湾防空識別圏への侵入は昨年から大きく増加しています。1月下旬には、米国の空母艦隊が南シナ海を航行していたタイミングに、これまでにない数の中国軍機が台湾防空識別圏に侵入しましたが、これは米空母艦隊を攻撃する訓練であったという見方もあります。
北京オリンピック後に中国が行動を激化させるのでは?
 以上のような明らかに国際法違反の海警法の制定・施行、そして台湾上空での不穏な動きなどを踏まえると、中国は国際法秩序を無視して実効支配する領域を拡大しようとしているとしか考えられません。
 それでは、なぜ中国は関係国の反発も顧みずこのように性急かつ強気に動いているのでしょうか。国内事情が大きく影響しているとしか思えません。
 というのは、まず今年は中国共産党建党100周年という記念すべき年であり(ちなみに、何の因果か100周年の記念日は7月23日で、東京オリンピックの開幕日と同じ日)、また第14次5カ年計画の開始の年になります。
 そして、来年は5年に一度の中国共産党大会が開催されます。つまり、習近平政権2期目の最終年に当たるのです。習近平主席は長期独裁を狙っていると言われることが多いですが、それが本当ならば、来年の共産党大会までに軍の完全な掌握、人民の求心力の確保などを通じて自らの独裁の正当性を示す必要があるはずです。
 こうした中国の国内事情から類推すると、中国が異常なまでに強気の行動を続けるのは、米中摩擦が高まる中で、“戦狼外交”という言葉に代表されるように中国国内で盛り上がるナショナリズムに対して、対米弱腰ではないという姿勢を示そうとしているのかもしれません。
 または、昨年、国際的な約束であった一国二制度を反故(ほご)にして香港を事実上手に入れたことの延長で、本気で尖閣諸島や南沙諸島・西沙諸島、さらには台湾を獲ろうとしているのかもしれません。
 そのどちらの推測が正しいのかは分かりませんが、いずれにしても、個人的には、来年2月に北京で冬季オリンピックが開催された後は要注意ではないかと思います。
 というのは、2014年にソチで冬季オリンピックが開催されたことは多くの人が記憶していると思いますが、その時は、オリンピック閉幕から約1週間後に主催国だったロシアがウクライナに侵攻したからです。
 もちろん、それと同じようなことが来年起きる可能性が高いと言う気は毛頭ありません。しかし、オリンピックは主催国にとっては国威発揚の絶好の場であることを考えると、北京オリンピックが終わった後は、中国がいつ東シナ海、南シナ海、さらには台湾で行動を激化させてもおかしくないというリスクは意識しておくべきではないでしょうか。
日本政府の対応は緩いしメディアの危機意識も弱い
 このように考えると、中国の一連の行動に対する日本政府の対応は緩いし危機感が乏しいと言わざるを得ません。その筆頭は、外務省の弱腰すぎる対中外交スタンスです。
 そもそも、尖閣諸島周辺で中国の公船や漁船が好き勝手に活動するのは、2000年に発効した日中漁業協定で、尖閣諸島が含まれる北緯27度以南の日本の排他的経済水域では、相手国の漁船に対して自国の漁業関係法令は適用されないとしたからです。
 そして、今回の海警法の制定・施行に関しても、茂木外務大臣は1月下旬の記者会見で「国際法に反する形で適用されることがあってはならない」と一般論を述べただけです。2月頭に開催された日中実務者協議でも「国際法と整合性のとれた運用が必要」と主張しただけです。海警法は明らかに国際法違反なのに、それを明確に言わなかったのです(もちろん、国際法と国内法のどちらが優越するかは国によって異なるので、それを主張するのがどこまで意味があるかは別ですが)。
 ちなみに、フィリピンは海警法に対して、“武力行使は国際法の下で禁止されている”と国際法違反であることを批判し、いかなる国も南シナ海の状況を悪化させないよう警告しています。ベトナムも、“関係国がベトナムの主権を尊重し、緊張を高める行動を行わないよう求める”という声明を出しています。
 もちろん、問題は外務省だけにとどまりません。詳細を書き出したらキリがないので省略しますが、領海などに関する法制上の不備もありますし、海上保安庁の権限や体制の見直しも早急に必要なはずです。さらには、万が一の有事の際の政府の対応の体制が大丈夫かという問題もあります。東日本大震災への対応もコロナへの対応も、法制上は平時の延長で対応することになっているため、後手後手になってしまいましたが、それを繰り返したら最悪です。
 米国のバイデン政権が“尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用対象”と明言したのは心強い限りです。また、英国・ドイツ・フランスも太平洋に軍艦を派遣する意思を明示したのも、対中国の包囲網という観点から安心材料です。
 ただ、それだけで満足してはいけません。今年と来年が中国にとって重要な年であるからこそ、政府は万が一の最悪の事態も想定し、少なくとも必要な対応の検討を進めるべきではないでしょうか。
 そして、メディアも、海警法に関して断片的に小さく報道するだけでなく、海や空を巡る中国の動きについて、そして日本政府の対応の不十分さや必要な対応などについて、詳細にかつ分かりやすく国民に伝えるようにすべきではないでしょうか。
 コロナの次のリスク要因は、ある意味でコロナ以上に手強いかもしれないことを、そろそろ意識し始めるべきではないかと思います。
(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授 岸 博幸)