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ウイルスの権威・西村秀一医師とSF作家・瀬名秀明氏が日本のコロナ対策を斬る

ダイヤモンド・オンライン 提供 ウイルスの権威・西村秀一医師とSF作家・瀬名秀明氏が日本のコロナ対策を斬る
『パラサイト・イヴ』などの著作で知られるSF作家・瀬名秀明氏は、ウイルス学者を父に持つ。瀬名氏本人も薬学博士で、科学にも造詣が深く、感染症関連の著作も多いが、新型コロナウイルスに関する発信は極力控えてきたという。特集『免疫力の嘘』(全13回)の#3では、瀬名氏と旧知であるウイルスの権威・西村秀一医師との対談の1回目をお届けする。(ダイヤモンド編集部 野村聖子)
パンデミック当初に起こった「メルケル賛美」
科学が分かる政治家なら感染拡大は止まるか

――今回のコロナ禍において、政策決定の是非を問われた政治家の口から「エビデンス」という言葉が頻出した印象があります。日本の政治に対し、科学が及ぼす影響が大きくなったことの表れでしょうか。
瀬名 政治と科学がどのような力関係にあるべきかというのは永遠のテーマですが、僕個人としては、必ずしも科学者が政治の中枢にいる必要はないと考えています。昨年春の第1波の頃には、もっと政治家が科学を分かっていれば、素早い政策決断とパンデミック対応ができたはずだという論調がありました。
 そのとき引き合いに出されたのが、ドイツのメルケル首相です。彼女は物理学出身でスピーチもうまく、最初の頃、人文社会系の先生方はメルケルこそお手本だと絶賛していました。しかしその後ドイツは感染を抑えられていない。
 だから、科学と政治の肝は別のところにあるのでしょう。かつてのソビエト連邦では、結果的に擬似科学だった学説を盲信した人たちが政権の中枢で農業改革を試み、政治を大混乱させた歴史もあります。
西村 メルケルさんの長所は、科学者としてというより、物事を整理して理論的に考えられるといったところでしょう。しかも、国民のシンパシー(共感)を得られるようなプレゼンテーションができる。分かりやすい言葉で、しかも決然と国民に語り掛けるあのプレゼン力は、理系とは思えないほど素晴らしいですよね。
瀬名 感情に訴えるところなどね。僕は、科学者とは自らの専門の下に提言をする役目であり、一方の政治家は科学出身者でなくていいのですが、どの提言を採用するか決断し、自ら責任を取って、かつ事態の進行に合わせて柔軟に対応し指揮してゆく。政治家には、そうしたセンスとリーダーシップを発揮できるような「決断の専門家」であってほしいと思います。
2009年の新型インフルエンザを
誰も総括しておらず教訓を生かせない

 残念ながら日本はこういう政治家が不在で、今回のコロナで政治家は「専門家の意見を聞いています」などと国会で答弁するけれども、実は自分に都合のいい意見だけを引っ張っていたり、Go Toトラベルが批判されたときも「これで感染が拡大したというエビデンスはない」と言い出したり。Go Toトラベルの是非については議論が必要ですが、都合のいいアリバイ作りに科学の名前が使われている、という印象を受けました。
――2度目の緊急事態宣言以降、政権の支持率が下降の一途です。なぜ日本のコロナ対策は信用されないのでしょうか。
瀬名 この1年、徐々にSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)のことも分かってきて、エビデンスもアップデートされています。本来なら日常生活をなるべく維持できるように、感染対策で引き続き行わなければならないこと、逆に緩めてよいところといった「ほどほどな政策」について政権自ら示してほしいところですが、結局は経済対策の方ばかりに引っ張られてきたように見えるんですよね。
 これは、政治家、経済学者も含めた人文社会系の人が2009年の新型インフルエンザのパンデミックのときに、彼らの視点から現実的な危機感を持って考察できなかったことが大きいのではないでしょうか。
 例えば移動制限したら経済がどのくらい落ち込むのか、人間が自宅に巣ごももりしていたらどのくらい気分が落ち込むのか。あとはDV(ドメスティックバイオレンス)の問題、社会保障など、本当は09年に考察を残しておけばよかったと思うのですが、ほとんどそういう話は出てきませんでした。
彼らは20年になって、初めてパンデミックに対峙したと言っても過言ではありません。
西村 考察していない、あるいは総括していないのは感染症分野も同じです。変異株のこともあって、今、水際対策と盛んにいわれていますけれども、09年の時点で、鎖国に近い措置、しかもウイルスが入ってくるか来ないかの超初期でないと防疫に寄与しないことはすでに明らかになっていました。あのときは宇宙服のような感染防護具を着た職員が物々しく空港内を走り回る様子が頻繁にメディアで取り上げられていましたが。
 総括していなかったから教訓が生かせていないと考えられるもう一つの要素が、医療体制です。
日本のコロナ対策は間違いなく成功
問題は「医療体制」だけ

 09年の新型インフルエンザのときも、今回のコロナの第2波のように、夏に患者数が急増したものの重症者は少なかった。一方冬のピークは感染者数はそれほどではなかったけれども、重症者が夏よりもずっと多かったのです。
 呼吸器疾患を引き起こす感染症が冬に重症化しやすいのは当然で、第2波後に感染者が減ったタイミングで冬に備えて重症者向けの病床やスタッフの確保などの補強を何としてもしておくべきでした。
 でも日本は、感染拡大というそれ一点から見れば、間違いなく「成功」していますよ。
――世界的にも少ない患者数で「医療崩壊」しているのに、ですか。
西村 逆に言えば、日本の問題は医療だけですよね。台湾など上を見ればキリがない。僕のいる宮城県仙台市のような100万人都市で1日の新規陽性者5人、こんなの世界でそうそうありませんよ。ファクターXという言葉が話題になりましたけど、それは日本国民でしょう。
 メディアが医療崩壊の現場とか患者の手記ばかり流して、おおむね感染を抑えられていることを全然報道せずに国民を脅し続けるせいで、みんなが自虐的になるんです。PCR検査数が少ないとも散々批判されましたけど、検査を多くやっている国は現在どうなっているかを見れば、ターゲットを絞った日本のPCR検査戦略も結果的には間違っていなかったのは明白です。
 今はもう医療崩壊を何とか阻止する、その一点だけ。社会全体としての感染者は十分抑えられています。
瀬名 医療現場の方の頑張りで何とか持ちこたえている状況が続いていますね。
西村 コロナ対応をする病院をサポートするために、システムを根本的に変えていかないと、今の状況はずるずる続いてしまうでしょうね。
 重症者向けのベッドを、すでに治療が必要ない患者が長期間占めている、治療後の療養のために転院先を探しても、医学的にはもう感染性はないにもかかわらず、受け入れを拒否する病院があるなど、病床の逼迫は医療側の問題でもあるのです。
 でも、救いは開業の先生が少しずつ動きだしてくれていることですね。自宅療養の患者の訪問診療を担ってくれて入院しなくて済む患者が増えれば、病院への負荷を軽減することができます。
 テレビなどを見ると、毎回医師会長などが深刻な顔をして自粛を求める映像が流れますけど、一般国民に「生活を制限しろ」と言うのではなくて、まずはお願いベースで助けを請い、あとは医療側の中でコロナ対応の病院をサポートすべきだと言いたい。
 コロナは怖い病気だけど、感染対策の肝は分かってきているわけだから。医療側の人間それぞれがベストを尽くす体制をつくっていけば、パンデミックに打ち勝つ「日本モデル」の誕生ですよ。
ワクチン成否は「有害事象」への対応が鍵
感染者が少ないことでかえって難しいかじ取りが求められる

瀬名 メディアには出ていないけど、黙々と現場で頑張っていらっしゃる医療従事者の方に改めて敬意を表したいですね。今はワクチンを待つ状況なわけですが、日本でコロナワクチンの接種は順調に進むでしょうか。
西村 よく「副反応」(ワクチン接種と因果関係がある有害な症状)が取り沙汰されます。世界中で接種が始まりましたが、治験も含め本当に重大な副反応はこれまでのところほとんど出ていません。
 問題は、有害事象(ワクチン接種直後に起こった有害な症状全て)、つまり“紛れ込み”への対応です。これをどう処理するかで、ワクチンの成否は決まってくる。
 高齢者の接種が始まり、何百万、何千万もの人が打つようになれば、その翌日に死亡したという例がそれなりに出てくるでしょう。間違いなく出る。
 今から「偶発的にそういうこと(接種した次の日に亡くなる)は起こり得る」とアナウンスしておけば済む話ではありません。遺族は必ずマスコミに話しますし、実録話が積み重なれば接種率はいつまでも上がらないわけですが、その辺りをどう処理するか、行政が真剣に考えているようには思えませんね。
瀬名 確かにそうですね。
西村 本来、公衆衛生としてのワクチン政策は、予想し得る全ての問題を勘案して戦略的にやるべきです。例えば有害事象が起こるリスクが高い高齢者ではなく、集団免疫形成を目的に、あえて若年成人層から優先的に接種を進めていくとか、いろんな選択肢を踏まえた議論をしなければならない。
 日本が流行を比較的抑えられていることも、ワクチン政策を難しくするかもしれません。欧米のような流行状況なら迷わず他人にも接種を勧められるのですが。もちろん僕は躊躇なく打ちますけどね。
Key Visual by Noriyo Shinoda
【瀬名秀明(せな・ひであき)】/作家。1968年静岡県生まれ。薬学博士。90年東北大学薬学部卒業。96年同大学院薬学研究科博士課程修了。95年に『パラサイト・イヴ』で第2回日本ホラー小説大賞、98年に『BRAIN VALLEY』で第19回日本SF大賞を受賞。感染症関連の著書も多い。近著に『ポロック生命体』(新潮社)、『パンデミックとたたかう』(共著/岩波書店)、『ウイルスVS人類』(共著/文藝春秋)。現在、「週刊ダイヤモンド」の書評欄「オフタイムの楽しみ〈サイエンス〉」、「東北大学新型コロナウイルス対応特別研究プロジェクト」にて連載中。【西村秀一(にしむら・ひでかず)】/医師、国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長。1955年山形県生まれ。医学博士。84年山形大学医学部卒業。94年CDC(米疾病対策センター)インフルエンザ部門研究員。96年に帰国後、国立感染症研究所ウイルス一部主任研究官を経て、2000年より現職。『史上最悪のインフルエンザ――忘れられたパンデミック』(みすず書房)など訳書多数。近著に『新型コロナ「正しく恐れる」』(藤原書店)。『現代語訳 流行性感冒 一九一八年インフルエンザ・パンデミックの記録』(平凡社)、『ワクチン いかに決断するか―1976年米国リスク管理の教訓』(藤原書房)の二つの訳書が2月末~3月に発刊予定。