ネコウヨの散歩

ネコと憂国

森会長辞任で考える、正義の名の下に行う「ポリコレ」の危うさ

森喜朗氏の功績と人脈
 2013年9月7日、国際オリンピック委員会(IOC)総会で東京五輪開催が決定しました。総会前の、サンクトペテルブルグで開かれたG20サミットで、プーチン大統領の支持や、韓国の朴槿恵大統領(当時)を取り込んだのは森氏と言われています。
 事実、東京五輪開催が決まった後、官邸に「日本が勝ってよかった」と電報を打ってきたのはプーチン大統領しかいなかったと森氏の著書「日本政治のウラのウラ証言・政界50年」(講談社)には書かれています。当時から、ロシアにパイプがあるのは森氏しかいないというのは衆目の一致するところでした。
 ここで、経歴について振り返ってみます。政界デビューは1969年、32歳のときです。当時の石川1区から第32回衆議院選挙に立候補。当初は泡沫(ほうまつ)候補という評価で、自民党から公認を得ることはできませんでした。ところが、知見と行動力を駆使した選挙戦を展開し、見事にトップ当選を果たします。
 地方議会議員を経験したことのない新人が衆議院選挙に挑み、当選するのは異例のことです。当時、自民党幹事長だった田中角栄は即座に祝電を打ち、懐柔しようと自民党本部に呼びつけます。その場で、ねぎらいの言葉をかけ、金の入った封筒を渡そうとしますが森氏は受け取りません。
 逆に「金の趣旨」について質問したことから、田中は激怒します。結果的に、森氏が入ったのは福田派でした。その後、反田中派、反金権政治を貫きます。
 森氏は事あるごとにマスコミからたたかれていますが、日本には数少ない政治哲学を持った政治家で、人間関係構築にたけていると評価する政治評論家も大勢います。野党にも人脈があり、自社さきがけ政権の発足時、村山富市氏をかつごうと裏でうまくネゴシエーションをしていたのも森氏です。
 当時、羽田内閣が倒れ、自民党が1年足らずで政権に返り咲きました。首相指名を巡り、森氏は社会党右派の山口鶴男氏からの「社会党左派を取り込めばうまくいく」という助言に基づき調整を進めています。
 民主党政権時代には、当時の野田佳彦首相が森氏を頼り、ロシアへ異例の「野党特使」を送ろうとしたほどです。脇が甘く失言もあるようにも見えますが、逆に言えば、歯に衣(きぬ)着せぬ物言いをする政治家とも言えるでしょう。
森氏以外に適任がいるのか
 森氏の発言を読めば、女性蔑視と取られる箇所がなかったとは言えません。しかし、メディアの都合のいい一部を切り取った報道がなかったとも言えません。批判を浴びせ、役職から追放させるほどの問題があったのかと言われると少々疑問です。
 高齢の中、東京五輪実現に奔走し、さらに、ラグビーワールドカップの日本招致などを実現してきました。日本スポーツ界への貢献は、官邸や世耕弘成氏が言われたように「余人に代え難い」存在だったのです。
 コロナ禍であることから、通常の東京五輪開催は難しいと言われています。そうなると、政治とカネの問題が複雑に絡み合う撤退戦をうまく仕切らなければなりません。このような撤退戦を、実務を知らない素人に仕切れるとは到底思えません。まさに、森氏の力量が必要とされている場面ではなかったでしょうか。
 2012年12月16日に行われた第46回衆議院議員選挙で、与党だった民主党が大敗します。現役閣僚8人が落選するという歴史的な大敗でした。選挙後、民主党内では野田佳彦首相(当時)や執行部を批判する発言が相次ぎます。
 これらの発言は「自分は悪くなく、他に責任がある」という他責から出てくる発言です。そのような中、岡田克也副総理(当時)が「選挙は最終的に自分の責任。執行部や他人の責任にするところから改めないと、この党は再生できない」と発言しました。私はその通りだと思いました。同じ民主党の中でも、実力者と言われている人たちは当選していたからです。
 そのような他責発言をする人物は、そもそも当選したのも「執行部のおかげで、自らの力ではない」と暴露しているようなものです。つまり、政治家は自らが「最後のとりで」という意識を持たなければいけないのです。
 高齢者になると、考え方が凝り固まって、柔軟性が失われることがあります。しかし、年齢だけを見て「ダメ」という判断は性急過ぎるのではないでしょうか。いまや、日本は65歳以上が28.4%を占める超高齢化社会です。老人が悪いかのような表現をされることは極めて不可解と言わざるを得ません。森氏へ投げかけられた多くの批判は無益な高齢者批判にすり替えられるリスクをはらんでいます。
 テレビでも国会でも、朝から晩まで総批判で少々やり過ぎではないでしょうか。「五輪誘致ありがとうございます」「今までお疲れさまでした」。ねぎらう言葉はないのでしょうか。83歳のご老人に優しくできない社会なのでしょうか。
 私は一言申し上げます。「森さん、ありがとうございます。お疲れさまでした」と。
コラムニスト、著述家、明治大学サービス創新研究所客員研究員 尾藤克之