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リニア「水問題」新聞が報じない静岡県の大矛盾

県外流出する水量は年間変動幅のわずか0.5%
小林 一哉 : 「静岡経済新聞」編集長
2021年02月27日

リニア問題を話し合う第8回有識者会議。沖教授らが出席した(写真:国土交通省)
リニア静岡問題を議論する国の有識者会議で、水循環研究の第一人者、沖大幹・東京大学教授(水文学)が静岡県の姿勢を厳しく批判した。
沖発言の基になったJR東海作成の「水循環図」が、リニアトンネル掘削による大井川下流域への影響があまりに小さいことを教えるが、会議を取材した新聞、テレビは一切、報道しなかった。沖教授の“爆弾発言”も川勝平太静岡県知事らは無視したままである。
リニア静岡問題の核心は、川勝知事が、大井川流域住民の“命の水”を守るとして、JR東海のリニアトンネル建設で失われる湧水全量を戻すことを求めていることだ。この問題が解決するまでは、トンネル工事に必要な河川法の占用許可を認めない姿勢を知事は崩さない。
「中下流域の水量」は維持される
2月7日に開かれた第8回有識者会議で、JR東海はトンネル掘削に伴い、減少する大井川の流量を導水路トンネルの設置で戻す計画を示し、大井川に湧水全量を戻せば、中下流域での河川流量は維持されることを明らかにした。さらに、県境付近の断層帯を山梨県側から上向きに掘削、全く対策を立てなければ、最大約300万〜500万立方メートルの湧水が県外に流出すると推計、導水路トンネルで大井川に戻す量を考慮すると、中下流域の河川流量は維持されると説明した。
有識者会議の指摘を踏まえ、JR東海は一般の人たちが理解しやすいように、中下流域の影響等を視覚的に伝える大井川の水循環図を作成している。第7回会議で種類の違う3枚の水循環図を作成、第8回会議では、「現状の水循環量」について、国土交通省や中部電力の公表したデータを基に上流、中流、下流域で河川流量がわかる4枚目の水循環図を提示した。
新たな水循環図で沖教授が注目したのは、下流域にある川口発電所付近の河川流量。上水道、農業、工業の利水団体が年約9億立方メートルの水利権を持ち、川口発電所付近にある2つの取水口から表流水を取り入れている。川口発電所下流の神座地区で国が実測した河川流量は年約19億立方メートルで、水利権量の約9億立方メートルを合計すると下流域の河川流量は年約28億立方メートルにも上ることがわかった。
神座地区の河川流量は平均約19億立方メートルだが、年による変動幅はプラスマイナス9億立方メートル。つまり、水量の多い年は28億立方メートルだが、最も少ない年の流量は10億立方メートルとなってしまう計算である。

JR東海が第8回有識者会議に提示した大井川の水循環図(国土交通省提供)
沖教授は、大井川下流域の河川流量の変動幅約9億立方メートルに着目して、「トンネル掘削による県外流出量は(最大)500万立方メートルや300万立方メートルであり、非常に微々たる値だ。これを問題視するのであれば、静岡県は年に何億立方メートルも変動する水量をいかに押さえて、住民が安定して水を使えるように努力しているのか」など疑問を投げ掛け、県の姿勢を正した。
500万立方メートルは変動幅約9億立方メートルの0.55%と極めてわずかにすぎない。リニア工事による県外流出量は年間の変動幅に吸収されてしまう値である。県も、国や中電などの公表データを把握しているから、大井川下流域の豊富な水循環量を十分、承知しているはずだ。
県は利水安定化策に取り組んでいない
それにもかかわらず、川勝知事は「県外流出は水一滴でもまかりならぬ」と主張してきた。もし、500万立方メートルの流出だけでなく、「水一滴」にこだわるならば、県は変動幅約9億立方メートルもの水をコントロールするためにさまざまな対策を立てているはずだから、「具体的に示せ」と追及したのだ。県水利用課によれば、県は節水などを呼び掛けるだけで、沖教授に答えられるような利水安定対策に取り組んでいない。
静岡県は非常に微々たる値でしかない県外流出量を大きな問題にしている一方で、利水安定のための方策は何もやっていないのではないか、と沖教授は厳しく批判したのだ。
第1回有識者会議の席で、金子慎JR東海社長が「トンネル工事がどういう仕組みで被害を発生させるのか、専門的な知見から影響が起きる蓋然性(実際に起きるかどうかの確実性の度合い)がどの程度なのか示してほしい」など要望した。沖発言はまさに、リニア工事による下流域への影響はほとんどないという蓋然性を数字で説明したのだ。
今回の水循環図を詳しく見ると、リニア工事を行う上流域の井川ダムの河川流量は年約12億立方メートルで、こちらの年変動幅はプラスマイナス3億立方メートルと見積もっている。上流域で3億立方メートルもの変動幅があり、リニア工事による県外流出量を最大500万立方メートルとすれば、変動幅の1.66%にしかすぎない。リニア工事による微々たる県外流出量では、井川ダムの河川流量に影響を与えるのかどうかさえ実証できない。
また、上流域の井川ダムから下流域の神座までの中流域には、年約24億立方メートルもの降雨があり、中流域の河川流量は井川ダムの河川流量約12億立方メートルから、年平均で16億立方メートルも水量が増えていることが今回の水循環図で明らかになった。
下流域の川口発電所付近で実測される年約28億立方メートルの河川流量の大半は、リニア問題で議論される源流部ではなく、中流域に連なる標高2000m超の50座以上もある山々が生み出している。大井川下流域の水量の大半は、源流部ではなく、中流域の山々で生産されていることがわかった。
源流部で行われるリニア工事の影響は微々たるもので、年約24億立方メートル(プラスマイナス4億立方メートル)もある中流域の大量の降雨量に吸収されてしまい、湧水全量を戻すリニア工事が河川流量に与える影響はあまりにも小さいことは一目瞭然だ。
県は2018年8月2日作成のリニア資料で「水循環の状況(断面)」を示した。この水循環図では、源流部から下流域まで地下水路が続き、下流域で大量の地下水が湧出しているように見え、リニア工事が地下水路を遮断されるようなイメージを提供、下流域の住民らの不安をあおっていた。

2018年8月に静岡県が作成した「水循環の状況」図(静岡県提供)
このような水循環図を使い、県はトンネル掘削付近から約100kmも離れた下流域の地下水への影響を問題にした。JR東海は、リニアトンネル建設現場から下流域までさまざまな地層の分離があり、また、源流部の成分と下流域の地下水とは同位元素が違うことなどを説明、ようやく有識者会議で地下水への影響はほぼないという意見が認められた。
地下水使用量は利用可能量の半分
実際には、下流域の地下水への影響についても、県水利用課が作成した地下水の揚水量と利用可能量の実態調査で明らかだった。大井川地域の地下水利用可能量約2億1600万立方メートルに対して、地下水揚水量は約1億1200万立方メートルとほぼ半分しかないからだ。もし、地下水の利用可能量が1億立方メートルも減ることになれば大問題だが、現在の地下水使用量ではそんな事態が起きるはずもない。
大井川は上流部の井川ダム直下の奥泉ダムから、長島ダム、笹間川ダムなどを発電のために導水管で結んでいる。中流域の河川流量は非常に少ない。1987年の「水返せ」運動では、塩郷堰堤(15m以下のダム)の維持流量を毎秒3立方メートルとして、季節変動で毎秒5立方メートルの放流期間を設けることに成功した。
「大井川を再生する会」の久野孝史会長は「本来、河川に流れる水が導水管によってダムに運ばれているから、中流域の地下水の多くも消えてしまった。長島ダムができてから下流域の利水団体が水に困ったとは聞いていない。リニア静岡問題によって、大井川の河川維持流量を見直し、もっと多くの表流水を河川に流すきっかけとしてほしい」と話した。
つまり、リニア工事によって下流域の水資源が枯渇するというイメージばかりが先行しているが、金子社長が言う「蓋然性」を静岡県が重視すれば、問題解決の近道が見える。ところが、そもそもは静岡県とJR東海との間の「感情のもつれ」が底にある。実際は、沖教授の批判も、「蓋然性」とは無関係の「感情のもつれ」に対するものだったのかもしれない。