Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

湯浅博 ウイグル「命がけの証言」は…

 漫画家の清水ともみさんは、ある日、中国の鉄道で旅をするテレビ番組で、ひとり綿摘みをする農婦の姿に強い印象を受けた。そこは、新疆(しんきょう)ウイグル自治区の終着駅に近いカシュガルの辺境に広がる綿畑だった。
 リポーターの日本人が声をかけても、返事も振り返ることもなかった。画面の端に、外国人と話す彼女を見張るような人物がいることに気づいた。清水さんは妙な違和感を覚えて、その短いシーンが忘れられなかったという。
 その後、ネット上に「東トルキスタンからの手紙」という一文が流れ、ウイグルのむごい話がぼんやりと実を結びはじめた。やがて、DHCテレビが描く「ウイグル弾圧」で具体例が突き付けられ、慄然とした。
 「これがあの農婦の違和感の正体だったのだ」
 カシュガルの映像を見てから10年余りがたっていた。あの番組を再放送で見て、全身に鳥肌が立った。「これは描かなければいけない。天命、神さまからのメッセージ」と考えた。政治に興味のない人にでも、ウイグルの現状を漫画でなら伝えられる。
 こうしてウイグルの民族浄化を描いた最初の作品『その國の名を誰も言わない』(2019年)をネットに公開した。とたんに、何日か続けて深夜3時に、自宅のインターホンがなり続けた。日本人記者を名乗る人物から、職歴や家族構成まで尋ねられてぞっとした。知人から「第1段階の警告だな」と告げられる。
 清水さんの最新刊『命がけの証言』(ワック刊)を手に取ると、そこに描かれた在日ウイグル人たちの体験に愕然(がくぜん)とする。不当な尋問や拷問など、かつてインド北部のチベット亡命政府のあるダラムサラで聞いた話と符合するからだ。
 この本が衆参両院のすべての国会議員706人に謹呈されたのは、上々のアイデアであった。桜を見る会から森喜朗騒動など、小さな正義を追求するわが国会議員には、人権という大きな正義を理解する格好の教本になる。
 中国のテレビ画面が突如、真っ暗になるのは通信障害ではないことは誰もが知っている。中国共産党にとって、都合の悪い事実を人民の目に触れさせないための隠蔽(いんぺい)工作である。
 ウイグル問題に「ジェノサイド」という言葉で告発したのは、共産主義犠牲者記念財団のドイツ人学者、エイドリアン・ゼンツ氏であった。いま、中国外務省の記者会見で繰り返されるウイグル人への民族迫害を「ジェノサイドか」「世紀のデマか」の綱引きで、どちらに軍配を上げるかは明らかだ。
 例えば、ある記者が「G7は中国によるウイグル人など少数民族への扱いを多国間で対処することに合意した、とトルドー加首相が発言していたが、いかに」と質問した。これに報道官は、「中国は世界最大の発展途上国である」と前置きし、「生存権と発展権をもっとも重要な基本的人権としている」のだそうだ。
 中国は2028年には米国の国内総生産(GDP)を抜き去って世界一の金持ち国になるとの予測があるのに、いまだ「最大の発展途上国」だと言い張る。
 報道官のいう「生存権」や「発展権」も、習近平国家主席がつい最近、中国の貧困撲滅を「人類の奇跡」として成果を誇っていたから、いまさら生存権とは驚きだ。習主席はこの成果を「中国の手本」として世界の極貧国に伝えると誓約したばかりではないか。
 実際には、国権を名目に共産党体制に不都合なウイグル人やチベット人の人権をおろそかにしているのではないか。
 中国指導部が「武漢ウイルス」と聞いて逆上する俗称を、当の国営通信社が英語版で堂々と見出しに掲げていたと報じたことがある。すると、その翌日からこの「Wuhan virus」が新華社電子版から消えていた。
 歴史はこうして書き換えられるのかと感心したのは、つい最近の貴重な体験であった。(ゆあさ ひろし)