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「静岡リニア」川勝知事、ダム取水になぜ沈黙?

中部電力川口発電所、国の許可得ず稼働続ける
小林 一哉 : 「静岡経済新聞」編集長
2021年03月21日


毎回会見で「リニア」には触れるが、中部電力問題には口をつぐむ川勝平太知事(筆者撮影)
全国的な注目を集めた大井川の「水返せ」運動の焦点だった中部電力・川口発電所(静岡県島田市)の水利権更新の期限が過ぎたまま、中電は国の許可を得ずに稼働を続けていることがわかった。大井川中下流域の水環境の影響でJR東海リニア工事に厳しい対応を求める川勝平太知事だが、大井川最大の水問題には口をつぐんだままだ。
リニア問題では流域10市町に参加する鈴木敏夫・川根本町長は「大井川の『水返せ』は全町民の願い。知事はJR東海だけでなく、中電へ強い働き掛けすることを期待したい」と話した。
大井川の水の多くが発電所に使われている
リニア問題を議論する国の有識者会議に提出したJR東海の水循環図によると、井川ダム(井川発電所)から奥泉ダム(奥泉発電所)、大井川ダム(大井川発電所)、塩郷えん堤(15m以下のダム、川口発電所)、笹間川ダム(川口発電所)が導水管で結ばれ、大井川の水がまんべんなく発電所に使われていることがわかる。
水循環図より上流にある赤石ダム(赤石発電所)、畑薙第一ダム(畑薙第一発電所)、畑薙第二ダム(畑薙第二発電所)やリニア問題で議論の対象となる西俣えん堤、東俣えん堤(いずれも二軒小屋発電所)などの発電所も稼働しており、大井川の利水率は総利水の95%以上とされ、地元の人たちは、大井川を中部電力“専用河川”と呼んできた。



すべてのダムが導水管で結ばれ、大量の水を運ぶため、中流域の河川流量は非常に少なく、30年前、塩郷えん堤から下流の川口発電所までの約20kmは年間200日以上も水が流れない“河原砂漠”となっていた。
このため、中流域では洪水災害、浸水被害が頻発した。茶の生育への影響や浸水から生命・財産を守るなど生活防衛のため、地元は国、県に何度も要望書を出していた。
「生命の水を守れ」を合言葉に、流域住民が全国初の「水返せ」運動をスタートすると、1975年山本敬三郎知事(当時)は中電に「井川ダムから川口発電所までの約80kmの流域に水を返してほしい」と要求した。山本知事の要求を継承した斉藤滋与史知事(同)は、塩郷えん堤からの河川維持流量毎秒5立方m以上を求めた。
1989年3月、川口発電所の水利権更新で、最終的には斉藤知事と中電の間で覚書を作成、季節変動で毎秒3立方mから5立方mの河川維持流量を勝ち取った。
1980年代の「水返せ」運動に参加した「大井川を再生する会」の久野孝史会長は「毎秒3立方mや5立方mでは清流が戻ったという実感はなかったが、それでも山本、斉藤両知事は中流域のためにちゃんとやってくれた」と振り返る。



いまのところ、大きな出水がなく、大規模な災害は起きていないが、土砂堆積で河床は上昇している。大井川を管理する県は砂利採取を行うが、土砂はたまる一方で、計画した砂利採取にはほど遠い。もし、災害が起きたら、取り返しがつかないことになると住民らの不安は大きい。それから30年を経て、2019年3月末、川口発電所の水利権更新期限を迎えた。すでに2年経過したが、国の許可が得られないまま、中電は稼働を続けている。現在、審査を行う国交省中部整備局は、河川法に基づいて知事意見を求める準備を進めている。
現在まで、県に水利権更新にかかわる国からの書類は届いていない。当然、川勝知事に川口発電所の水利権更新の手続きは知らされているはずだが、知事は中流域の水問題について、一切のコメントを避けている。
中電にリニア並みの厳密な審査は適用されるか
今回の水利権更新では、30年前の生活防衛だけでなく、自然環境保全を踏まえた1997年の河川法改正が焦点となる。同法の改正で生物の多様な生育・生息環境に必要な流量、河川周辺の地下水位の維持に必要な流量が求められている。つまり、リニア問題で県がJR東海に求める「生物多様性」保全がこちらでも重要視され、水利権更新の審査に反映されなければならない。
何よりも、本州唯一の大井川源流部原生自然環境保全地域を有する川根本町は全域が南アルプスユネスコエコパークの登録区域に当たる。知事はリニア問題では、「南アルプスは多様な生態系が評価された。ユネスコエコパークの南アルプス保全は国際公約だ」などと再三、発言してきた。大井川の中流域にはカジカ、アユカケ、シマドジョウなどをはじめ、多種多様な動植物が確認されたが、多くが絶滅の危機にある。
久野会長は「リニア工事の行われる源流部と同様に、川根本町全域がユネスコエコパーク。貴重な動植物保全という知事の国際公約にふさわしい、中流域の正常流量を県は検証すべきだ」と求める。
もうひとつ忘れてならないのは、2005年田代発電所(東京電力)の水利権更新で、田代ダムから毎秒1.49立方m~0.43立方m(季節変動)の水が大井川に戻されていることだ。
久野会長は「田代ダムから大井川に戻された水は、各ダムの放流水に上乗せされるはずだった。塩郷えん堤でも、現在の毎秒3立法mから5立法mに、田代ダムの放流水分が上乗せされると期待した。だから、田代ダムに対する『水返せ』は旧川根3町(現在の川根本町と島田市の一部)住民の願いだった。それなのに、いまも実行されていない。知事は承知しているはずだが、この問題にまったく手をつける様子がない」と怒りの声を上げる。
第8回有識者会議で委員の沖大幹・東京大学教授は「(JR東海の)トンネル掘削による県外流出量は最大0.05億立方mから0.03億立方mであり、非常に微々たる値だ。これ(トンネル工事による県外流出)を問題視するのであれば、静岡県は年に何億立方mも変動する水量をいかに抑えて、住民が安定して水を使えるように努力しているのか」など疑問を投げ掛けた。
【2021年3月21日18時30分 追記】記事初出時、沖教授の発言のうち、県外流出量に関する記述に誤りがありましたので、上記のように修正しました。
下流域にはリニア工事の影響はほとんどない
そもそも、中流域の住民たちは、下流域の利水者にリニア工事による影響はほとんどない、と考えている。



JR東海の水循環図では、大井川広域水道、大井川農業用水、東遠工業用水など下流域の利水団体が年9億立方mの水利権を有するが、実績ベースで利水者の使用量は年約7億立方mでしかない。毎年、川口発電所からは12億立方mが各利水者に送水され、残りは大井川に放流されている。つまり、利水者は安定した水を使い、リニア工事による県外流出が最大0.05億立方mあったとしても、まったく支障はないはずだ。


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久野会長は「もし、本当にリニア工事の影響があるならば、中流域の表流水かもしれない」と指摘する。県は地下水への影響を懸念しているが、上流域の地下水の多くは地表に湧出し表流水と混合して河川を流れるから、中流域の表流水が少なくなる可能性のほうが大きい。いずれにしても、県は下流域よりも中流域の影響を考えたほうがよさそうだ。
1980年代の「水返せ」運動では、下流域の市町は中流域を支援しなかった。現在でも中流域の水問題について、下流域の首長たちの関心は薄い。
2月21日の国交省と流域10市町の意見交換会で、国は「リニア着工は地元住民の理解が前提」などと説明した。ただ、中流域(川根本町、島田市の一部)の意見を聞くだけでも、「地元住民の理解」の意味合いはまったく違ってくる。