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北海道のタブー「JR上下分離論」が再燃する理由

謎の新造ラッセル気動車から北の鉄路を考える
森 創一郎 : 東洋経済 記者
2021年03月22日

JR北海道の新型ラッセル気動車「キヤ291‐1」(北海道比布町、読者提供)
北海道の稚内と旭川を結ぶJR宗谷線で3月1日、JR北海道の新型ラッセル気動車「キヤ291-1」が試験運行された。
鉄道車両や除雪機械の製造・販売を手掛ける新潟トランシス製の新造車で、2020年7月に道内に上陸して以来試験運転を繰り返していた。ちなみに、「キ」はエンジンで動く気動車、「ヤ」は役所=事業用という意味だ。
同車両は、国鉄時代に製造されたディーゼル機関車「DE15」の後継として導入された。JR北海道の「安全報告書2020」によれば、2015年度にJR東日本の除雪機械「ENR-1000」を試験導入して除雪性能を確認、これを車両化してキヤ291が製作されたという。
姿を見せた「謎の車両」
DE15が「消えゆくディーゼル機関車」として鉄道ファンの人気を集める一方、客車を牽引することのないキヤ291は「謎の車両」とされる。2016年に同じ新潟トランシス製の「キヤ143形」を報道公開したJR西日本とは対照的に、JR北海道が車両データをほとんど公表していないことも一因だ。
JR関係者によれば、「試験走行では悪天候に見舞われたり、不具合もあったりして思うような結果が得られていない」ということで、正式な運用時期や運用区間はいまだ決まっていない。

試運転で石北線を走る「ラベンダー編成」(北海道遠軽町、読者提供)
一方、3月16日にはラベンダー色の塗装を施した特急気動車キハ261系5000番台の5両(通称「ラベンダー編成」)が石北線(新旭川―網走)を走り抜けた。この車両は2020年10月から運用が始まった色違いの兄弟列車「はまなす編成」とともに定期列車にも使用される車両で、5月8日に札幌-富良野間の臨時列車でデビューし、同月15日からは石北線で特急「オホーツク」「大雪」として運用される予定だ。
このように新造車両の試験走行で賑わう宗谷線と石北線だが、ビジネス上は典型的な不採算路線だ。両線区はJR北海道が「単独では維持困難」とする8つの赤字線区に含まれる。
JR北海道が3日に公表した2020年4~12月の路線別収支によれば、宗谷線の営業赤字は前年同期比8400万円拡大して18億8300万円。管理費を含む営業係数(100円稼ぐのにかかる費用)は1258円にのぼる。
石北線の営業赤字はさらに大きく32億8800万円に膨らんでいる。JR北海道の全線区でも営業赤字となっており、前年同期比232億円増の597億2900万円にのぼる。
国は2020年12月、経営難のJR北海道とJR四国、JR貨物の3社を今後10年間支援することを発表。根拠法となる国鉄清算事業団債務等処理法などの改正案をまとめた。JR北海道には当初の3年間だけで1302億円にのぼる支援が行われる。
浮上した「上下分離方式」
改正案には青函トンネル改修費の負担の見直しや債務の株式化、JRに融資する金融機関への利子補給などに加え、助成金の交付対象に第三セクターが盛り込まれた。注目すべきは、道とJR北海道などが出資する第三セクター「北海道高速鉄道開発」に対して、鉄道建設・運輸施設整備支援機構が観光列車の購入資金の一部を助成できるようになることだ。
国(鉄道運輸機構)や道はそれぞれ3年間で22億円ずつ支出して前述のキハ261系のラベンダー編成5両、H100形8両を購入。JR北海道に無償で貸与する。道は「車両を三セク(北海道高速鉄道開発)が保有することで、イベントなどでわれわれの意思を反映しやすくなる」(道交通企画課)という。
つまり、道としてはあくまで赤字線区の利用促進、観光振興の一環として車両を購入・保有するというのだ。だが、3月12日の国会審議で国土交通省の上原淳鉄道局長は、この仕組みへの財源措置の必要性を問われる中で、三セクの車両の購入・保有を「いわゆる上下分離の方式」と答弁した。
「上下分離」という言葉は北海道ではタブーに近い。上下分離とは、車両やレールなどの施設を自治体が保有し、鉄道会社は列車の運行だけを担う方式を指す。当然、自治体は巨額の負担を迫られる。
JR北海道は2016年11月、同社単独では維持が困難な線区を発表した際、解決策として上下分離方式を提案。国交省も2017年に、近鉄養老鉄道・伊賀鉄道、四日市あすなろう鉄道(近鉄内部・八王子線)、JR東日本の只見線(会津川口-只見)などの事例を示し、赤字路線の上下分離案を後押しした。
しかし、道や地元の自治体は「財政状況が厳しい道内の自治体が鉄道施設を担うのは困難」などとして猛反発。翌2018年1月にはJR北海道の島田修社長が「線区を維持する有効な解決策ではあるが、これ(上下分離方式)にこだわるものではない」と述べて、事実上撤回に追い込まれた。
2019年1月にはJR北海道と国交省鉄道局の間で中長期の経営計画に関する意見交換会が秘密裏に開かれた。その議事録によると、JR北海道は「赤字8線区を維持する仕組みが2031年度以降も継続されれば、国の支援がなくても経営自立が達成できる」としている。ここで言う仕組みとは、上下分離方式にほかならない。
この議論の中で鉄道局は、「近鉄養老線方式のように、まずは数年間を設定して(地元が)支援を行う中で上下分離を考えるべきだ」と示唆したとされる。
養老線方式とは2段階での上下分離のことを指していると思われる。三重県の桑名駅から岐阜県の揖斐駅を結ぶ養老線は不採算路線で、運営する近畿日本鉄道は2007年、列車の運行を担う100%子会社・養老鉄道を設立。レールなどの設備は近鉄が保有したまま、養老鉄道が沿線自治体の財政支援を受けながら運行を続けるスキームを立ち上げた。
JR北海道で相次ぐ若手社員の離職
「通学する高校生をはじめ、住民にとって養老線は絶対に必要な路線」という沿線自治体の声を反映し、2017年には鉄道設備を保有、管理する第三セクター「養老線管理機構」が新設され、鉄道の運営は沿線自治体が主体で行うことになった。
上原局長の国会答弁について道は、「今回のスキームは決して上下分離とは思っていない」と否定するが、JR北海道の元幹部は「路線存続のために上下分離は必要だと思う。それが受け入れられなければ事業範囲を縮小するしかない」と本音を明かす。
2018年に国交省が示したJR北海道の経営改善に向けた監督命令の中で、2023年度に利用状況やコスト削減についての総括的検証が行われ、「事業の抜本的な改善方策についても検討を行う」とされている。つまり、利用改善が図られなければ、鉄道を廃止してバスに転換するということだ。
赤羽一嘉国土交通大臣は、3月の同じ国会審議で「(JR北海道の赤字の8線区は)できるだけ死守する方向で頑張るのが原則」と答弁したが、それは国のみがひたすら支援を続けるという意味ではない。国交省鉄道局幹部は「どのような形態で鉄道を維持するかは地元が決めること。われわれはそれにお付き合いする立場」と話し、8線区の存廃はあくまでも地元の問題とする。
将来への展望が開けないとして、JR北海道の社員は2019年度に165人、2020年度には183人が自己都合で退職した。そのうち9割以上が10~30代の若手だ。国会審議では、JR北海道の給与水準が財政破綻した夕張市役所の職員より低いことも話題になった。
赤字線区の問題を早期に決着させ、自立経営への展望を示さないと人材面からも存続が危うくなっている。北海道で浮いては消える上下分離論だが、道民を巻き込んだ本格的な議論が避けて通れなくなっている。