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安倍総理の志は死なない!!

風力発電の設置拡大政策に立ちふさがる高い壁 地域紛争が増加、自然保護など課題が多い

 「2050年に温室効果ガス排出を実質ゼロにする」と宣言した菅政権は、風力発電を対象とした環境影響評価(環境アセスメント)制度の緩和を行う方針だ。しかし、自然環境や地域住民との「共生」という課題が立ちふさがる。近年、風力発電をめぐる地域紛争が増えているからだ。緩和をめぐる議論を機に、立地の適正化を図る仕組みや文書の公開など環境アセス制度自体の改善を求める声も挙がる。


風力発電の規制緩和は昨年12月に急浮上
 発端は、河野太郎・規制改革相が率いる「再エネ規制総点検タスクフォース」が昨年12月1日に開いた初会合だった。真っ先に取り上げられたのが、風力発電の導入が環境アセス制度により妨げられている、という問題だった。


 風力発電は、2012年10月、環境影響評価法の対象に加えられた。出力が1万キロワット以上の風力発電所を建設する場合、事業者は規模が大きく、環境影響の程度が著しい「第一種事業」として法による環境アセス手続きを踏まなければならない。


 タスクフォースの初会合で、その要件である「1万キロワット以上」を「5万キロワット以上」に変更するよう求めたのは、風力発電の業界団体である日本風力発電協会。河野規制改革相は「今の1万キロワットから5万キロワット以上に上げようというところに恐らく反対はない」「5万キロワットにするのにとくに問題がないのに、年度内にできるかどうかわかりませんというスピード感では、菅内閣では、所管官庁を替えざるをえない」と強い調子で環境省に迫り、3月末までに規模要件の変更を決めるよう申し渡した。


 これを受け、環境、経済産業両省は今年1月、「再生可能エネルギーの適正な導入に向けた環境影響評価のあり方に関する検討会」を設け、4回の会合を重ねた。


 風力発電所の建設をめぐる地域での紛争は、2000年ころから目立つようになった。東京工業大学環境・社会理工学院の錦澤滋雄准教授らの研究グループが新聞記事データベースを使って紛争の発生状況を調べたところ、2017年7月までに全国で紛争が発生していたのは、計76件の事業だった。紛争は1999年から全国各地で見られ、件数が多かったのは三重県12件、北海道8件、静岡県7件、福島県5件、愛知県4件、愛媛県4件。地域で反対の声が挙がった理由の中では、「野鳥」が一番多かった。


 考えてみれば当たり前の話。鳥は羽を広げ、風に乗って飛ぶ。風車は、風況の良いところを選んで建てる。鳥と風車の利害は、風の利用という点で、バッティングする。


 日本野鳥の会によると、風車が鳥類に与える影響には、鳥が風車にぶつかる「衝突」、風車周辺からいなくなる「生息地放棄」、渡りなどの経路を変えるなどの「移動の障壁」がある。「衝突」は、バードストライクと呼ばれる。


 日本野鳥の会自然保護室主任研究員の浦達也さんによると、2020年3月までに風車に衝突したのは計580羽。体系的な調査が少なく、調査の結果が公表されないことも多いなか、2001年に沖縄県で確認されたバードストライク以降、日本野鳥の会が確認できた数字にすぎない。


猛禽類の衝突例多く、中には絶滅危惧種も
 580羽の内訳をみると、絶滅危惧種も目立つ。とくに、環境省レッドリストの絶滅危惧II類で種の保存法により国内希少野生動植物種に指定されているオジロワシは56羽とダントツの多さだ。鳥の種群ごとにみると、やはり猛禽類の衝突例が多い。


 「猛禽類の鳥の特徴として、顔の掘りが深いというか、目の上が出っ張っています。この顔のつくりにより、上の方を見づらい。それに、餌を探すために下を見て飛んでいるので、風車に近づき、ブレードにあたってしまう」と浦さんは説明する。基本的には、高速で回転する風車のブレードを視認できないことが、バードストライクの原因とされる。


 一見、風車には見えない「垂直軸型マグナス式風力発電機」が、沖縄の海を背景にゆっくり回る。


 ベンチャー企業のチャレナジー(代表取締役CEO:清水敦史、東京都墨田区)が開発し、沖縄で試験機の稼働実験を重ね、今年から量産と販売に乗り出した風車だ。


 高さ19メートル、幅7メートル、出力10キロワット。当初3つ、今は2つの円筒が、下にあるモーターの力で回転し、「マグナス力」が生まれて全体が回転し、真ん中にある発電機が回転して電力を起こす仕組みだ。円筒の回転数を風の強さにあわせて変えることで、マグナス力の発生をコントロールし、風車の回転を制御できるのが特徴という。


 (注)マグナス力とは、球体や円柱が回転している場合に生まれる力。ボールを回転させると大きく曲がっていく野球のカーブボールは、この力によるものだ。


360度どの方向から風が吹いても対応可能
 執行役員の水本穣戸(みずもと・しげと)さん(33歳)によると、この風車はつねに回転を制御できるため強風に強く、360度どの方向から風が吹いてきても対応できる。欧州やアメリカの大陸に比べ、地形上、風の方向が変わりやすい“日本仕様”ともいえる。低速で高トルク。1分間に最大30回転ほどなので鳥の目からも見えやすく、バードストライクは起きにくい。最大瞬間風速で毎秒40メートルまで発電を続けることができるし、毎秒70メートルまでの風に耐えられる。風切り音が発生しないため、騒音も抑えられるという。


 チャレナジーを2014年に設立した代表取締役CEOの清水敦史さん(40歳)は、東京大学工学部で環境工学を学び、修士課程を修了して電機メーカーに入社した。2011年3月11日の東日本大震災、東京電力福島第一原子力発電所の事故をきっかけに、エネルギー利用のあり方を変えるような事業を起こしたいと決意。サラリーマン業のかたわら、1人で研究開発を続け、効率の高い垂直マグナス式の方法を編み出して2013年に特許を取った。現在は10キロワットと小型だが、2025年までに100キロワット、2030年に1000キロワットの大型風車の開発も目指している。


 しかしながら、現在は1基3000~4000キロワット、12〜13基で出力が計5万キロワットを超えるウィンドファームといったように、風車は大型化している。もちろん、出力10キロワット、高さ19メートルのチャレナジーの風車だって、マンションなら6階建てくらいまでの高さがあり、それなりの大きさだ。でも、「風力発電導入拡大によって再生可能エネルギー比率をアップする」ことへの貢献は限られるのではないか。


 疑問をぶつけてみたところ、水本さんの答えはこうだった。「われわれは、小型で自立分散的な電源の普及が再生可能エネルギーを普及するうえで必要だと思っています。地域の特性にあわせて地域で発電し、地域で使うというのがあるべき姿かなと、思っていまして。われわれの風車は小型ですが環境を一部壊して人工物を建てるということに変わりはない。どのように地域と共生していくのか、というところが鍵です。地域だけで使われるようなエネルギーとか、自分たちが使うエネルギーを自分たちで作るというコンセプト、仕組みを普及させていくことが健全な再エネの普及につながっていくのかな、と思っています」


 再生可能エネルギーの普及を通して新しい社会づくりを目指している、ということだろうか。でかいものを作り、量を増やせばよい、と考えるのは、確かに安直かもしれない。


自治体や専門家から指摘された問題点
 風力発電の環境アセス制度緩和をめぐり、環境、経済産業両省が設けた検討会では、自治体や専門家からさまざまな問題点が指摘された。


 国の環境アセス法に基づく手続きの件数をみると、風力発電が極めて多い。1999年施行以来、手続きが終了した事業総数は373件で、うち119件が風力発電所。これに続くのは道路85件、火力発電所が71件。手続き中の事業に至っては、総数338件中、風力発電所は302件を占め、道路10件、太陽光発電所8件に比べ圧倒的な多さだ。他の事業種との比較で、バランスを欠くという批判はもっともだ。


 一方で、自治体、自然保護団体、研究者などの専門家は、出力5万キロワット以上を法律による環境アセスの対象とする規制緩和案に対し、「それ以下の出力規模の風力発電所が自然環境や地域に悪影響を及ぼすと懸念されているケースが多い」と指摘。実際に環境アセス手続きの中で、厳しい環境大臣意見がついた24件のうち、3割以上にあたる7件は、出力5万キロワット未満だった。


 また、日本自然保護協会、日本野鳥の会などの環境団体は、「出力規模よりも立地が環境影響の有無を左右する。例えば渡り鳥の通り道や、繁殖地と採食地の間などは悪影響が起きやすい。こうした場所を避けることは、事業者にとってもメリットがある」として、あらかじめ立地場所について検討し配慮するゾーニングの重要性を強調。検討会では、専門家から「ゾーニングをより積極的に位置づけた制度が必要」との指摘があった。


 再生可能エネルギー導入をめぐる全国各地の紛争事例に詳しい錦澤滋雄・東京工業大学准教授は「事業者から事業計画の提示を受けてからチェックするのではどうしても後手に回る。事前に自治体がゾーニングをして、例えばここは風車の建設をしてはまずい場所である、あるいは適していると把握できていれば、事業計画のチェックをスムーズに進めていくことができる。事業者としても、計画段階で適地に促されるなど事業を進めやすい」と話している。


規模要件緩和で自治体の担う役割が増す
 風力発電についての国の環境アセス制度上の規模要件は緩和されることになった。ただし、都道府県など多くの自治体は国の制度を補完する形で環境アセス条例を設けており、自治体が担う役割は増えそうだ。


 検討会では環境アセス制度そのものの改善を求める声も上がった。事業者が環境への影響を予測し、評価する現在の制度では、事業者によっては、環境影響評価書などの文書のダウンロードやプリントアウトをできなくしていたり、縦覧期間が過ぎると非公開にしたりするケースがある。これに対し、「アセス関連の文書を縦覧期間後もホームページから削除しないでほしい」と求める声は根強い。


 また、事業者の努力義務となっている事業開始後の調査についても、「広く公開されれば、研究者、行政、住民が共有し、今後の環境への影響を減らすために活用していける」との指摘がある。検討会で複数の専門家がこの点を強調し、日本風力発電協会は「情報公開を進める方向で積極的に検討したい」と約束した。規制緩和をめぐる議論が制度の改善につながっていく可能性もある。