ネコウヨの散歩

ネコと憂国

ワクチン阻む「陰謀説」仏国民が信じる根深い訳

3度目都市封鎖も効果見えず、打つ手ない政府
安部 雅延 : 国際ジャーナリスト(フランス在住)
2021年04月01日

3月20日から一部地域で3度目のロックダウンに踏み切ったフランス(写真:AP/アフロ)


新型コロナウイルスの第3波の最中にあるフランスでは、イギリス型変異株のウイルスが猛威を振るっています。3月24日の直近24時間の新型コロナウイルスの新規感染者は6万5000人を超えています。
政府は3月20日から16の県でロックダウンを実施し、その後、3県が追加されました。昨年3月の最初のロックダウンから1年の経験を踏まえ、市民の経済活動の抑制は最小限にし、散歩や運動のための外出の行動範囲を1キロから10キロに広げ、時間も無制限としています。そのうえで、会社にはリモートワークの徹底をいわば強制的に行っています。
ですが、今のところ効果は見られず、医療体制の逼迫でパリ首都圏の病院の集中治療室(ICU)は限界にあります。すでに患者の誰を優先して救うかという「命の選択段階」に入りつつあるという医療関係者の警告にフランス人は耳を傾けてはいるものの、外出禁止、マスク着用、密状態を回避することと感染を抑制する効果の関連性を疑問視する声も聞かれます。
同時に最後の切り札といわれるワクチン接種に対しても欧州で最も急速にワクチン陰謀説が流布され、政府は困惑状態にあります。感染拡大防止へさらに厳しい対策に踏み切る方針です。
マクロン大統領「私の決定に間違いはない」
ロックダウンが始まった3月20日、16の対象県には入っていない南フランスのマルセイユで6000人を超える若者たちが無届け、無許可のカーニバルを強行し、ニュースになりました。目的は政府の対策への抗議だったともいわれています。
昨年12月末から感染が再度拡大し始め、専門家は今年1月初めに3度目のロックダウンの必要性を政府に訴えましたが、マクロン大統領は応じませんでした。3月に入り事態が深刻化し、マクロン氏の判断ミスだという批判の声が高まりました。
ところが、マクロン氏はロックダウンを拒否したことは「後悔していない」「私の判断は正しかった」と公の場で明言し、欧州連合(EU)首脳会議でも「すべてのモデルが予測した規模の爆発的な感染増加にはならなかった」と自身の判断の正当性を主張し、「失敗という批判は認めない」と不快感を示しました。
この発言にはコロナで亡くなった人の遺族たちから、SNS上で「傲慢だ」「誰も対策が完璧だったなどというべきではない」という意見が飛び交っています。マクロン流の「決めるのは私だ」という意思決定者のいつもの権限の主張ですが、不快に思う人は少なくありません。
フランスにはトップリーダーが謝罪する文化はなく、とくにかつて投資銀行のマネジングディレクターだったマクロン氏のリーダーシップは、大統領になっても典型的なフランス式中央集権スタイルで民意を軽視していると批判されています。実際、マクロン政権に抗議する「黄色いベスト運動」の長期化も弱者を無視した経済政策から生まれたものでした。
マクロン大統領の強弁について、筆者の友人の事務機メーカーの営業部長を務めるブノワ氏に聞いてみたところ、「マクロンはコロナも数学的に処理できると勘違いしている。自分の頭脳への過信だ」と批判的でした。
内心では不安と恐怖でいっぱい
筆者のフランス人妻の弟もめい夫婦もコロナに感染しました。無症状だったものの、感染は身近に迫っています。義弟は「免疫ができて最強だ」、めいも「大したことじゃなかった。平気だ」などと強がっていますが、フランス人も内心では不安と恐怖でいっぱいです。ヴェラン保健相は昨年「18~24歳の若年層や、経済的に困窮している人々の間で特にうつ傾向が見られる」と指摘しました。
大学生は授業がリモートで孤立感と学業継続への不安を感じているだけでなく、アルバイトもできず経済的に困窮する、留学や企業研修(フランスでは多くの大学で企業研修が必須)のキャンセルを余儀なくされる、などさまざまな問題が噴出しています。
昨年10月の7万人の学生を対象とした調査では、11.4%が自殺を考えたことがあり、27.5%は深刻な不安障害を抱えていると回答しています。SNS上では学習意欲の喪失、不安を訴える投稿が増加する一方です。
不安解消のために昨年大晦日の夜から正月2日にかけて、フランス西部ブルターニュ地方の空き倉庫で2500人規模の違法な音楽ダンスパーティーが強行されたり、3月20日のマルセイユのカーニバルが強行されたりしています。政府内には国民の不満のガス抜き方法を見つけなければ、厳しい対策は続けられないという意見も出ている状況です。
イギリスのBBCは、ワクチン陰謀説が欧州ではイギリスよりフランスで、はるかに広がっていると指摘しています。ワクチン陰謀説とは、「ワクチン開発が異常に早かったのは、巨大資本が莫大な収益を見込んで科学的治験を大幅に省いて実用化しており、非常にリスクが高いからだ」「ワクチンはDNAを改変してしまう」「ワクチンには追跡カプセルが入っている」といったたぐいのものです。
とくにフランス語のSNS上では、陰謀説の拡大は科学的根拠を欠くものや完全に誤報と思われるものも含めて拡散を続けています。BBCの独自調査によれば、フランス語で極端なワクチン忌避内容を共有するページのフォロワー数は、2020年に約320万人だったのが、3月には約410万人に増加したといいます。
事実、陰謀説を信じる人は私の身近にも少なからずいて、驚かされることはたびたびです。例えば、ワクチン接種拒否者の中にはベジタリアンや徹底的菜食主義のビーガンも含まれています。筆者のビーガンの友人、フランソワ氏は「ワクチンにはわれわれが接種を禁じている内容物が含まれる。それも公表されていない」とまことしやかに話しています。
ノーベル賞学者が唱えた「コロナは武漢で作られた」説
振り返れば、新型コロナウイルスのパンデミックが本格化した昨年4月、「Pourquoi Docteur(お医者様教えて)」というフランスのウェブサイトにおいて、感染症の専門家で2008年にノーベル生理学・医学賞を受賞したフランス人のリュック・モンタニエ博士が、中国・武漢感染症研究所でウイルスが動物由来でなく、人工的に作られたという説を述べ、大騒ぎになりました。
ノーベル賞学者の前代未聞の指摘は、アメリカのトランプ政権が主張する感染症研究所からの流出事故という指摘とも重なり、中国がウイルスを意図的か単なる不手際でばらまき、パンデミックを起したというストーリーにもつながりました。
その後、驚くほど速く主要メディアが火消ししたため、モンタニエ説は消されました。が、フランスでは今でも、西洋人の人口を減らすための中国陰謀説などが根深くあり、それが昨年来のアジア人襲撃事件の急増にもつながっているわけです。
フランス政府は2009年、豚インフルエンザ(H1N1)のワクチンについて、すべての国民に接種するのに十分な量を6億ユーロ以上費やして入手しました。ただ感染者数は少なく、死亡者数も数百人。ワクチンの大半が使用されず大量廃棄され、莫大な国費を無駄にした後味の悪い経験をしています。そのためワクチンへのイメージは良くありません。
調査会社Ifopがフランス陰謀説監視研究所(OCW)のために2018年に行った調査によると、「エイズウイルスは実験室で作成され、世界中に広がる前にアフリカでテストされた」という主張は、フランス人の32%が今も信じ続けており、フランス人の60%以上が「ワクチン開発で政府と製薬会社が共謀している」という説を信じていると指摘しています。
政府やメディアへの不信感が強いフランス国民
陰謀説に耳を傾けてしまう背景には、政府や既存メディアへのフランス国民の不信感の強さもあります。東日本大震災で福島第一原子力発電所の事故が発生したとき、パリの自宅で一緒に食事していたフランス人の友人、マルセル氏に「あなたは日本政府の発表を信じるのか? そうであれば、あなたはだまされている」と言われたことを鮮明に覚えています。
OCWは、マスメディアに対するフランス人の信頼度が低いことを指摘し「全体として、マスメディアは情報を正しく報じ、間違いを犯した時は正直に訂正している」と答えたのはわずか25%しかいなかったとしています。政府もマスメディアも信じないフランス人がSNS上の陰謀説に吸い寄せられている実態は理解できます。
一方、ワクチン接種推進派は、SNS上で陰謀説を批判する動きに出ていますが、あるサイトの運営者は陰謀説を流すグループから殺害予告を受けたといっています。ワクチン接種を積極的に受けたい、あるいは受けてもいいと思っている人が、世論調査で59%から伸び悩んでいるのは、ワクチンに対する警戒感の強さによるものだと筆者は感じています。
OCWの関係者の話では、オンラインのワクチン反対運動は、既存の権威や製薬会社への懐疑論に基づいている場合が多く、とくにフランスでさかんだと指摘しています。国民の間に広まる先行き不安やストレスで、ワクチン陰謀説は拡散する一方です。政府はワクチン接種の拡大に意欲を示していますが、一部の国民は陰謀説を信じており、集団免疫を作る次元までワクチン接種を進めるのは遠い道のりといえそうです。