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安倍総理の志は死なない!!

支配を強める中国、抗う香港…日本人が持つべき危機感とは

 世界中が新型コロナ禍で混乱に陥るなか、香港の「中国化」が急加速している。5月28日には中国の全国人民代表大会(全人代)が香港における言論の自由などを制限する「国家安全法制」の導入を決定。民主化を求める学生らが弾圧された天安門事件から31年目にあたる6月4日には、香港立法会(議会)で中国国歌への侮辱行為を禁じる国歌条例案が可決された。世界有数の経済都市・香港から「自由」が失われようとしている。
 とりわけ深刻な影響が懸念されるのは、早ければ6月中の施行が見込まれる国家安全法だ。同法が施行されると、中国が国家安全部門の出先機関を香港に設置し、国家分裂や政権転覆、破壊活動など「国家の安全」にかかわる案件を直接取り締まれるようになる。これにより中国政府が合法的に香港市民を監視できるようになり、香港政府や中国政府に異を唱えるデモや集会が禁じられて、香港返還(1997年)以来の一国二制度が有名無実化する怖れがある。
「こんなに早く香港が中国化するとは思いませんでした」と語るのは、東京大学大学院総合文化研究科の阿古智子教授。1996年から2000年まで香港大学に留学し、自由闊達な香港を体験した阿古教授が懸念するのは、民主活動家や知識人らがこれまで以上に弾圧されることだ。
「今後は『国家の安全』という曖昧な概念に基づいて、当局が恣意的に香港市民を逮捕し、身柄拘束できるようになる怖れがあります。実際に中国では、2015年7月に約300人の人権派弁護士や活動家が一斉に事情聴取を受けて連行され、そのうち30人以上が『国家政権転覆罪』『国家政権転覆扇動罪』などの容疑で勾留されて、有罪が確定しました。香港国家安全法が成立すれば、あっという間に香港は中国に飲み込まれて言論の自由がなくなり、民主活動家や知識人らの拘束が相次ぐはずです。生き延びるために人も資本も海外に流出し、煌びやかな香港はなくなってしまうでしょう」(阿古教授)
 2015年には、中国の習近平国家主席を批判する内容の発禁本を扱っていた銅羅湾書店の店主らが相次いで中国本土へ連行されて、治安当局に引き渡された。このまま香港国家安全法が成立すると、中国政府の意に沿わない香港市民が合法的に身柄を拘束されるばかりか、大陸に連行されて長期間勾留される可能性がある。
 香港民主活動のリーダーで、不屈の意志を持つ「民主の女神」として知られる周庭(アグネス・チョウ)氏は同法制定決定後のインタビューでこう恐怖感をあらわにした。
「先のことを考えると、本当に怖いです。国家安全法ができると、香港にいても中国の警察に逮捕され、中国に送られるかもしれない。そうしたら、もう終わりです」
 恐怖による支配こそが中国政府の常套手段である。中国の農村でフィールドワークの最中に公安当局に身柄を拘束された経験がある阿古教授はこう指摘する。
「『法律ができても大したはことない』という人もいますが、自由を奪われるという恐怖は、経験した者でないとわかりません。法律より政治が優先される中国では、市民活動を支援している弁護士や大学教授が次々と拘束され、発言の機会を奪われています。またインターネットや監視カメラなどを駆使して徹底した監視体制を敷き、恐怖政治を推し進めています。日本に留学している中国人学生は政治について語ることをためらい、日本の研究者やジャーナリストも『中国に逆らうと現地で拘束される』『発言に気をつけないとビザが下りない』などと忖度して、中国に批判的な発言を避ける傾向があります」(阿古教授)
 阿古教授が現地で経験した中国当局による取り締まりの恐怖を、“取り締まられる側”の視点から疑似体験できるのが、全国で順次公開中の映画『馬三家からの手紙』だ。映画は、法輪功の熱心な学習者である孫毅(スン・イ)氏が中国当局から監視・弾圧される様子を描くドキュメンタリーで、北京在住の孫毅氏とカナダに住む映画監督のレオン・リー氏が当局の目を盗んでスカイプで連絡を取り合い、孫毅氏自ら中国国内でカメラを回して撮影を進めた。中国当局による取り締まりの生々しい様子を隠し撮りした映像は、世界中で大きな反響を得た。
 孫毅氏の歩んだ人生はドラマチックだ。法輪功の活動で政治犯として捕らえられた彼は、2008年~2010年、中国東北部にある「馬三家労働教養所」(2013年に閉鎖)に収容されて強制労働に従事し、時には拷問や洗脳を受けた。その際、当局の人権弾圧を告発する手紙をひそかに書いて、労働で作成する輸出用の飾り物に忍ばせると、その後、手紙は8000キロ離れたオレゴンの主婦ジュリー・キースに届いた。この「馬三家からの手紙」は欧米メディアでセンセーショナルに報じられた。
 教養所から釈放されたのちにリー監督を知った孫毅氏は、前述のように中国の現状を世界に伝えるべく撮影を開始したが、その後、中国当局に逮捕された。体調悪化で釈放されたが、そのまま中国国内にとどまっては危ないと判断し、同年12月、孫毅氏は監視の目をかいくぐってインドネシアのジャカルタに脱出、亡命を果たした。
 映画のクライマックス、孫毅氏は手紙を見つけたオレゴンの主婦ジュリーとジャカルタで対面を果たす(2017年春)。初対面なのに長年連れ添った家族のように打ち解ける2人のやり取りが観客の心を打つが、直後のエンディングでは衝撃の事実が明かされる。映画の撮影終了後、孫毅氏がジャカルタで謎の急死を遂げたというのだ。
「孫毅さんの死について、私は強い疑念を抱いています」と指摘するのはリー監督だ。
「当地の病院は急性腎不全と診断しましたが、彼は腎臓病なんて患っていませんでした。孫毅さんは死の2か月前、ジャカルタで中国の公安当局の訪問を受けて『レオン・リーから離れるように』と忠告され、それを拒否した。私はその話を孫毅さん自身から聞いています。その後に彼が急に亡くなったのです」(リー監督)
 孫毅氏の死に、中国当局がかかわっているとの強い疑いをリー監督は持っている。孫毅氏の温厚な人柄に感銘していたリー監督のもとに「孫毅氏が入院した」との知らせが入ったのは、『馬三家からの手紙』の編集作業を進めていた最中だった。
「すぐに連絡を取りましたが、孫さんは意識が混濁して、私が誰であるかもわからない状態でした。彼は中国を抜け出て第三国に来て、未来の計画を立てていたのに、なぜこんなことになるのか。私自身もとても混乱しました。私は彼を尊敬していたし、彼の言動に勇気づけられたので、孫毅さんを失ったことを表現することは難しい。非常につらい体験で、受け入れるまでに長い時間がかかりました」(リー監督)
 中国・大連で生まれたリー監督は高校卒業後にカナダにわたり、デビュー作で中国の違法臓器売買の実態を暴いた。盟友である孫毅氏を失ったリー監督に「中国政府に言いたいことは」と尋ねると、表情を変えず「中国共産党に期待することは何もない」とつぶやいた。
「中国共産党に言いたいことは何もありません。なぜなら、私が何を言っても変わるものではないからです。もうかなり前から私は言葉を失っています。彼らに何を言っても意味がないんです」(リー監督)
 中国政府に拘束された数多くの人権派弁護士や大学教授らとの交流がある阿古教授は、恐怖に駆られながらも勇気を持って、中国政府の不当な振る舞いを告発する声をあげている。当局の動きを警戒して、「しばらくは中国に行く気はありません」と語る彼女が日本人に求めるのは、隣の大国の動向に危機感を持つことだ。
「新型コロナにおける世界保健機関(WHO)の動きや一帯一路構想を見てもわかるように、中国は大金を拠出することで国際社会での発言力を増しています。日本にとっても決して他人事ではなく、圧倒的な数の力を持つ中国を侮ってはいけません。恐怖政治によって自分の頭で考える能力を奪われたら、人間としての幸せが奪われます。日本人はもっと人権に関心を持って中国や香港で何が起きているかを知る必要があるし、日本政府もできる限り国際社会と協調し、必死の抵抗を続ける香港の若者を支援してほしい」(阿古教授)
 勇気をふり絞って中国政府を批判する人が次々と姿を消す。そんな連鎖を食い止めねばならない。
●取材・文/池田道大(フリーライター)、レオン・リー監督通訳/鶴田ゆかり