Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

対中包囲網の鍵握るベトナムが日本に送るラブコール

(川島 博之:ベトナム・ビングループ、Martial Research & Management 主席経済顧問)
 中国の地図を逆さまにしてみよう(下の図)。これを見ると中国の“腹”の部分に東南アジア大陸部が隣接していることがよく分かる。中国は古来よりこの地域を“南蛮”と呼んで見下してきた。


© JBpress 提供
 中国の歴代の王朝は何度も東南アジアへの侵略を試みたが、ラオス、ミャンマーとの国境は山岳地帯にあり大軍を動かすことができない。それゆえに中国はベトナムの海岸沿いからのルートで侵略を試みた。しかし、その度にベトナムの激しい抵抗によって退けられている。それだけではない。900年ほど前には、ベトナムの英雄である李常傑が大軍を率いて広東省に攻め込んだこともある。中国にとってベトナムはなんとも厄介な相手なのだ。
中国の生命線は「貿易」
 米中対立が激化する中で、バイデン政権は中国封じ込めに力を入れ始めた。それは米国が日米豪印の連携を強化する「クワッド」を提唱したことからも明らかである。
 14億人もの人口を抱え、貿易を通して世界と密接に関係している中国は米国にとっても難敵である。中国の2019年の輸出額は2.5兆億ドル。それは日本の3倍にもなる。輸出額が多いことは中国の強みと言えるが、その一方で弱みと見ることもできる。すなわち、中国経済が交易によって支えられていることを意味するからだ。貿易が縮小すると中国経済は崩壊する恐れすらある。
 貿易が生命線である中国は、ヨーロッパ、中近東、アフリカと交易する上で重要なルートである南シナ海の制海権確保に躍起になってきた。そのために南砂諸島、西沙諸島の島々を占領し埋め立てて軍事基地を建設している。
 ここで逆さにした中国の地図をもう一度見てみよう。南シナ海の制海権を確保する上でベトナムが重要な地位を占めていることが分かろう。中国がいくら南砂諸島や西沙諸島に軍事基地を造っても、離島の基地は補給の点において脆弱である。長期戦になった時に、ベトナムの海岸線に造られた基地から反撃されれば、中国が南シナ海の制海権を維持することは難しい。
東南アジア諸国が見守る米中対立の行方
 中国経済の弱点は貿易にあると述べたが、軍事力による封鎖は最後の手段であり、米国はよりソフトな方法で中国を追い込もうとしている。それが日豪印と協力した中国包囲網である。
 その包囲網をより実効性を持ったものにする上で、東南アジアは重要な位置を占めている。
 現在、東南アジア全体のGDPは日本の6割程度にまで成長し、ロシアの1.8倍にもなっている。そんな東南アジアの経済は中国と密接な関係を有している。しかし、中国と密接な関係になっていることを、東南アジア諸国が諸手をあげて歓迎しているわけではない。なぜなら、南シナ海の問題からも分かるように、中国が東南アジアの国々を“南蛮”と見下して、なにごとにつけても強引に自国の国益だけを追求するからだ。中国は東南アジア諸国を属国のように扱いたいと考えている。そんな中国に対して東南アジア諸国が不満を持つことは当然と言えよう。
 東南アジア諸国は米中対立の行方を固唾を呑んで見守っている。内心は対立によって中国の力が弱まることを願っているが、自分から中国包囲網への参加を申し出ることはない。中国から目をつけられることが恐ろしいからだ。
 そのような気持ちは、中国と国境を接するベトナムとミャンマーにおいて特に顕著である。
 ミャンマーは軍事政権のクーデターに揺れている。一方、ベトナムではこの4月に安定的に政権首脳が交代した。次の5年間は新しいメンバーが政権を担当する。ベトナムは社会主義国であるが、その内情は中国や北朝鮮とは異なる。権力がトップに集中することなく、分掌されている。ベトナムでは共産党書記長、国家主席、首相、国会議長の4つのポストが重要とされる。今回の改選では書記長以外のポストが入れ替わったが、国家主席にはこれまで首相を務めていたグエン・スアン・フック氏が、また首相にはファン・ミン・チン氏が就任した。
 この人事はなかなか意味深長である。書記長は中国寄りと言われるが、国家主席になったフック氏は天皇即位の式典に参加しただけでなく、その在任期間中に何度も訪日した親日家である。また首相に就任したチン氏は日越友好議員連盟の会長を務めている。この人事には、中国との関係を荒立てることなく、日本との関係を強化したいとの思いが滲み出ている。それは日本にとって歓迎すべきものである。
日本とベトナムの関係を強化するには
 各国が団結して中国包囲網を作り上げる上でベトナムは地政学上の重要な位置を占めている。だが米国はベトナム戦争の後遺症もあって、ベトナムとの関係の強化を持ちかけづらい。そんな米国は心の中では、中国包囲網を築くために日本がベトナムとの関係を強化することを望んでいると思われる。
 タイやミャンマーとは異なり、ベトナムの政治は安定している。新型コロナウイルスをうまく抑え込んだこともあり、2020年もプラス成長を維持した。経済は伸び盛りにあり、日本の企業にとっても魅力ある進出先になっている。ベトナムは、中国の輸出産業が集中する広東省のすぐ近くにあり、かつ人口も約1億人と広東省と同程度である。中国からの工場の移転を考える際の最有力国と言ってよいだろう。
 日本とベトナムの関係を強化する上で、いくつかの方法が考えられる。自衛艦はこれまでもベトナムを訪問しているが、南シナ海の要衝であるカムラン湾により頻繁に寄港することになれば、それは南シナ海を手中に収めたい中国にとって大きな脅威になる。また、中国は自国の輸出減少に直結するために、ベトナムが輸出大国になることを強く恐れている。それゆえに、日本がベトナムとの経済関係を強化することは、日本企業の繁栄と共に、中国包囲網を作る上でも効果的な戦略になっている。
 今回の人事からも分かるように、ベトナムは中国を刺激しない形で日本との関係強化を望んでいる。ベトナムとの関係強化は政治、経済、軍事の3つの面で日本の国益に合致している。