ネコウヨの散歩

ネコと憂国

どんな政権になっても中国は変わらない理由

(川島 博之:ベトナム・ビングループ、Martial Research & Management 主席経済顧問)
 香港の民主化運動の象徴ともされる周庭(アグネス・チョウ)さんが国家安全維持法違反で逮捕された。23歳の若い女性逮捕のニュースは全世界を駆け巡り、世界中で抗議の声が上がった。民主化運動への弾圧に沈黙を守ることが多い日本の官邸でさえ、菅官房長官が重大な懸念を表明した。
 このような世界の反応に中国政府が驚いたのか、周庭さんは1日で釈放された。今回の周庭さんの逮捕劇は中国外交のセンスの悪さを露呈したものと言ってよい。それは周庭さんが香港の民主化運動の中心人物とは思えないからだ。もちろん彼女が活動家であることは事実だが、民主化運動の中心人物とは思えない。彼女は若く、かつ海外メディアのインタビューに積極的に応じたことから、いつのまにか民主化運動の象徴になってしまった。いわばメデイアが作り出した偶像である。
 そんな人物を逮捕すれば、中国共産党が独裁的で強権的な存在であることを世界の人々に知らしめることになるだけであろう。逮捕によって香港の学生がデモを行うことを躊躇するようになるかもしれないが、若者を怯えさせるのならもっと他の方法がある。若い女性を逮捕しても、若者が反抗心を失うことはない。
 中国共産党は宣伝が上手いと言われることがあるが、そのような見方は皮層的である。共産党は自国民を力で押さえつけることは得意だが、世界を相手に宣伝戦を繰り広げることは苦手である。あまりに露骨に行うために、すぐにその意図がばれてしまう。米国は孔子学院を危険な存在と認識し始めたようだが、文化を広めるべき組織にスパイ活動のようなことをさせれば、どの国だって警戒心を抱く。中国は、ソフトパワーを使用して世界の世論を操作する術には長けていない。


政権が変わっても中国は中国
 中国が国際ルールを破ってまで米国の覇権に挑戦してくる原因を、米国は中国共産党にあると考え始めた。米国が共産党政権の転覆を決意したとも報じられている。だが、中国の歴史を見る時、それは間違いである。中国共産党政権を打倒したところで、米国は中国とうまくやっていくことはできない。歴史の中で常に東洋の大国であった中国は、西欧とは違ったメカニズムで動いており、その発想を変えることができないからだ。政権を変えたところで中国は中国であり、その行動は西欧とぶつかり続ける。
 戦後の日本人は米国を偉大な存在だと思うために、なにかにつけて米国の政府やシンクタンクの分析を尊重するきらいがあるが、米国の中国分析は往々にして間違っている。
 そもそも中国を米国のライバルに育て上げてしまったのは、稀代の戦略家とされたキッシンジャーだ。彼は中国が西欧とは異なり、独自の歴史と文化を持つことを軽視した。彼は中国を、ベトナム戦争を終わらせるためのパワーゲームの駒と考えたが、それから50年ほどの時を経ると、巨大な人口を有する中国は米国を以てしても制御することができない怪物に育ってしまった。
 一方、日本人は中国を分析することが得意と言ってよい。朝鮮半島に住む人々の方が中国文明について詳しいかもしれないが、半島に住む人々は中国の脅威を直接感じ続けてきたために冷静な分析ができない。その点、海によって隔てられているために直接の脅威を感じなかった日本人は、中国を冷静に分析することができる。また日本人は史記や三国志、唐詩などに親しんできた。中国の歴史や古典に精通し、深く浸透していることは、米国との大きな違いだ。
 日本からそうした目で今回の周庭さんの逮捕劇を見ると、中国の伝統的な王朝の発想から行われたものと言うことができる。中国の王朝は反対意見を容認しない。中国には民主主義がないので少数意見が尊重されないとも言われるが、長い王朝の歴史を誇る中国では権力に逆らうこと自体が罪である。
 欧米の政治思想は、中世ヨーロッパ以降に形作られた。特に外交の基礎にはドイツ30年戦争の結果生まれたウェストファリア条約がある。互恵平等、少数意見の尊重などは、中小の国が乱立する状況でどのようにしたら平和を維持することができるかを考えた末に作り出された概念である。
 中小の国が乱立する状況で周辺の国と付き合っていくには、不用意で拙速な行動は禁物だ。たとえば海外に名前が売れている人物を政治的な理由で捕まえることは、周辺国から非難されかねないので、よほど慎重に行う必要がある。著名だがさして力のない女子学生を見せしめのために捕まえるなどもっての他である。
 しかし、東洋で唯一の大国だった中国にはそのような発想がない。“権力に逆らう小娘”が癇に触ったので、少々手荒なことを行っただけであろう。
 もう1つの要因もある。1000年も前の宋の時代に中央集権的な国家を完成させてしまった中国では、村落共同体の力が弱くなり、一地方で起こった反乱が全国に波及しやすい状況が作り出された。村落共同体が強かったために百姓一揆が周辺に広がらなかった日本とは真逆の世界が広がっている。
 中国は人口が多いこともあって、反乱が広がると政府はその鎮圧に苦労する。そんな歴史を有してきただけに、政府は反乱に敏感であり、小さな反乱でも有無を言わせず抑えにかかる。逆らう人間は問答無用で逮捕して重罰を科す。これが中国の伝統である。


序章が始まったに過ぎない中国と西欧の衝突
 今回の香港に対する国家安全維持法の制定や周庭さんの逮捕劇は、中国人の自然な発想から出たものである。
 中国と米国を中心とした西欧との衝突は序章が始まったに過ぎない。今後も中国人には当然と思われる発想や行為が西欧と衝突することになろう。だが経済発展によって自信を深めた中国は、いくら西欧が非難してもその伝統的な発想や行為を改めることはない。
 国家安全維持法の制定と周庭さんの逮捕は小さな事件だが、未来の教科書は、中国というシステムが西欧と本格的に衝突し始めた最初の事件として記すことになろう。