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もう一つの「安倍外交の成果」、4カ国の中国包囲網

山田 敏弘


2020/09/13 06:00


© JBpress 提供 2015年12月12日、ニューデリーで首脳会談を行ったインドのモディ首相と安倍晋三首相(写真:AP/アフロ)
(山田 敏弘:国際ジャーナリスト)
 8月28日に安倍晋三首相が辞意を表明した直後から、メディアでは史上最長の7年8カ月にわたって総理の座にいた安倍政権の総括に力を入れた。
 そこでの安倍政権の実績に対する評価は、メディアによって賛否が分かれたものが少なくなかった。国内で言えば、消費増税や共謀罪の成立などがそうだ。加えて、「森友・加計」や桜を見る会の問題については、「十分に説明責任を果たせていない」という批判が全般的に根強い。
 外交・安全保障にかかわる分野についても国内メディアの評価はさまざまだが、実は海外からの評価は極めて高い。
 日本版NSC(国家安全保障会議)の設立や集団的自衛権の行使容認、特定秘密保護法制定などについて国内では批判する向きもあるが、米国などからの評価は相当高い。また安倍首相は、世界が「扱いに困っている」ドナルド・トランプ大統領と良好な関係を築いたことで、その外交手腕は世界中から注目されていた。日本が米国との良好な関係なくして存在できない事実を踏まえれば、安倍首相の対トランプ外交は日本でももっと評価されるべきである。
 そして安倍政権には、もう一つ評価されてしかるべき「外交的なレガシー」がある。安倍政権がイニシアティブをとり関係国に声をかけてスタートさせた対中戦略が、ここにきて一気に活性化する兆しが見えているのだ。「QUAD(クアッド=日米豪印戦略対話)」である。
 この「QUAD」とはいったい何か――。


対中国の4カ国連携
 この戦略対話とは、日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4カ国の非公式の枠組みのことを指す。QUADは、2007年8月、第一次政権時の安倍首相が、インド国会で演説した際に提唱、日本とアメリカ、オーストラリア、そしてインドとの多角的な協力関係の構築を呼びかけたことに端を発している。
 安倍首相はその後、間もなく退陣してしまうことになるが、この方針は後を受けた麻生政権にも引き継がれ、そして民主党政権を経た後の第二次安倍政権でもこの4カ国の枠組みの維持が図られてきた。
 QUADは、自由で開かれたインド太平洋戦略のための「4カ国イニシアティブ」とも呼ばれ、安全保障における協力関係を強化することを目的にしており、これらの国による海軍合同演習も行なわれてきた。
 言うまでもないことだが、この枠組みは中国を意識した連携だ。そのため、これまで各国もそのときどきの政権によっては、この枠組みとの距離を置こうとする動きもあった。そのため本格的な連携関係にはなってこなかったのが実情だ。
 それが今、再び注目されている。きっかけは、8月31日の米印戦略フォーラムにおける、米国務省のスティーブン・ビーガン副長官によるQUADについての踏み込んだ言及だ。


ゆくゆくはNATOのような枠組みに
 ビーガン国務副長官の発言は以下のようなものだった。
「トランプ政権が続こうが、トランプ大統領が敗れようが、新しい大統領の新しい政権だろうが、QUADを4カ国ではじめることは非常に重要なきっかけになるだろうし、この連携の行方を探っていくのは非常に価値があることだ。ただこのイニシアティブを、中国に対する防衛のため、または、中国を封じ込めるためだけの目的にしないように気をつけるべきだ。それ以上のものにしたほうがいい」
 要するに、ビーガン国務副長官が米政府として今後のQUADの連携強化を求めたのである。
「中国を封じ込めるためだけではない」と言ったのは、参加国がそれぞれの事情で中国との関係性があることを踏まえたからだと考えられる。安倍首相が提唱してから現在まで、QUADと距離を置く国があった背景には、中国との2国間関係が作用したという経験がある。それはインドも同じであり、もともと同盟を重視しない非同盟主義を貫いてきたインドへのメッセージであるとも取れる。
 ビーガンはさらにこう続けた。
「同時に、あまりに野心的になりすぎないようにもしたほうがいいだろう。インド洋・西太平洋地域のNATO(北大西洋条約機構)なんて声も聞いている。だが忘れてはいけないのが、NATOですら、最初は比較的に期待感は大きくなかったし、第二次大戦後の欧州でNATO加盟について多くの国が中立を選んだ。NATOの加盟国は現在では27カ国だが、もともとは12カ国だけだった。つまり、少ない規模ではじめて、加盟国を増やしてゆくゆくは大きくなることができる」
 要は、NATOのような枠組みで結束して中国に対抗していこうという牽制でもある。米国には、対抗意識を隠そうとしない中国の姿を見て、インドも仲間に呼び込みたいという思惑が見える。
 一方の中国は今、ドナルド・トランプ再選よりもジョー・バイデン新大統領誕生をより警戒するようになっているという。というのも、7月にマイク・ポンペオ国務長官が中国共産党を厳しく牽制したスピーチによって、「大統領選でのトランプの勝敗にかかわらず米国の対中強硬路線は変わらない」と中国は確信したからだ。そうであるならば、孤立主義をとり一国で攻めてくるトランプの米国よりも、同盟国との協調路線を打ち出すバイデンの米国のほうが厄介である――。そう見るようになっている。
 もちろん米政府も中国のそうした考え方も察知している。だからこそQUADなどの協調路線で中国を牽制しようとしていると言われている。


将来的には、韓国、ベトナム、ニュージーランドも
 そしてこの動きはこの秋以降、一気に活性化することになりそうだ。関係筋によると、「マイク・ポンペオ国務長官は、9月と10月にこれら4カ国の外相らと立て続けに会談を行う予定でいる。またトランプ政権のロバート・オブライエン米国家安全保障担当大統領補佐官も、10月にはハワイでQUADの安全保障担当の高官らと会う予定のようだ」という。さらに年末には、QUADの本格化に向けた地ならしの意味で、インドが日本と米国と共に毎年行っている海上軍事演習「マラバル」に、オーストラリアが招待されると言われている。
 このQUADが、ビーガンが言うように、NATOのような軍事的同盟関係強化だけでなく、経済にもその範囲を広げれば、中国の広域経済圏構想「一帯一路」も牽制できるとの声も上がっている。
 では、日本にとってのメリットはあるのか。もちろん台頭する中国に対する戦略としてこうした連携は価値がある。日本は最近インドとの2国間関係も強化している。9月9日には、自衛隊とインド軍の物品や役務の相互提供を円滑に行う日・インド物品役務相互提供協定(日印ACSA)が締結されたばかりだし、11月には日印2プラス2が行われる予定だ。
 そこに橋渡し役として、QUAD4カ国からさらに参加国が増えることもいとわないはずだ。米国務省の関係者によれば、日米豪印に加えて、まずは韓国とベトナム、ニュージーランド(QUAD+3)を参加させるという目論見があるという。
 もともとインドは非同盟主義の国だ。そのインドがQUADに興味を示している理由の一つには、やはり国境問題などで中国との関係悪化がある。2020年6月、ヒマラヤ山脈地帯の中印国境沿いで、インド軍と中国軍が素手での殴り合いや投石という形で衝突し、死者まで出る事態になった。そしてその後にインド政府は2度に分けて、180近い中国製モバイルアプリの使用を禁止すると発表し、世界が両国関係の行方を固唾を呑んで見守った。
 余談だが、かつて筆者は、インド側のカシミール地方での取材中にラダック地方に入ったことがある。標高がおよそ3000メートル以上と高く、途中で高山病一歩手前になるほどだった。だが、インドと中国が衝突した国境地域は標高4200メートルと言われる。とんでもない過酷な中で乱闘を行なったということになる。考えただけで頭痛がする。
 そして、こうした動きを受け、中国もロシアを巻き込んだ「牽制」の動きを見せている。9月11日、ロシアが仲介するという形で、インドと中国が国境での紛争において、「信頼醸成措置を推進する」と合意したと発表。明らかにインドが西側と関係強化していることを意識した動きだ。
 現時点では、国境沿いの争いは小康状態が続いているが、一触即発の状態は変わらない。今後インドでは、前述のアプリ禁止措置のようにさらなる経済的な対中措置が取られる可能性もあり、中印関係はさらに悪化するという見方もある。
 そのインドも、中国の台頭を目の当たりにし、共闘する国が必要だと感じているということだろう。今後、さらにQUADとの連携強化を進めることになると見られる。
 QUADが4カ国に留まるにせよ、さらに参加国を増やしていくにせよ、この対中国の多国間に渡る共同戦線が実効性を備えてくれば、やはり「安倍首相の外交レガシー」がもう一つ増えることになるだろう。