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「中国のトランプ」に鉄槌、習近平文革の始まりか

(福島 香織:ジャーナリスト)
「中国のトランプ」といわれるほどの遠慮のない発言、放言で知られる、紅二代(親が革命の功労者)の実業家・任志強(じん・しきょう)は、今年(2020年)2月に習近平を「裸の皇帝」「道化」などと激しく批判し、宮廷クーデターを煽ったともとれる署名原稿を米国発の華字論文サイトに寄稿したことで、およそ半年にわたって身柄拘束されていた。9月22日、その任志強に、懲役18年という重い判決が言い渡された。
 任志強は元中央規律検査委員会書記の王岐山の親友という極めて強い政治的バックがあり、これまでは習近平に批判的な態度をとっても党籍剥奪を免れていた。だが、ついに党籍剥奪どころか、懲役18年という69歳の老身にとっては無期懲役ともいえる重い判決を受けたのである。
 中国政治の人治性を知る人間からすれば、これは相当激しい権力闘争が背景にあったと想像せざるを得ない。この任志強の判決によって、習近平は党内の紅二代グループと完全に対立したともいえるし、また実業界にも激震が走ったことだろう。
© JBpress 提供 「紅二代」の実業家・任志強(出所:Wikipedia)
罪の重さは“宮廷クーデター”未遂に匹敵?
 任志強が問われた罪状は4つ、汚職、収賄、公金横領、国有企業人員としての職権乱用である。
 通告によれば、任志強は2003年から2017年にわたり4974万元以上の汚職を働き、125万元以上の賄賂を受け取り、6120万元以上の公金を横領し、職権の乱用によって1.167億元以上の損失を招き、うち国家が株主の華遠集団が被った損失額は5378万元以上、任志強が着服した利益は1941万元以上、という。
 判決を下した北京市第二中級人民法院(地裁)によれば、任志強はこれら全部の犯罪事実を認め、判決を受け入れることを望んだという。また、違法所得はすべて返納され、懲役18年のほか、罰金420万元の支払いにも応じ、上訴はしないという。
 裁判は9月11日から非公開に行われていた。任志強の家族は弁護士を雇おうとしたが、任志強自身がそれを拒否したという。この裁判に伴い、任志強の息子も身柄拘束されたほか、ビジネス界の少なくとも2人以上が、この件に絡んで身柄拘束されていた。
 任志強の習近平批判論文は2月に発表され、3月に、身柄拘束が伝えられた。4月末には任志強が絶食して尋問に抵抗したといった噂が流れた。7月になって党籍剥奪の決定が発表され、起訴され裁判で罪が問われることになった。
 任志強の周辺の友人らによれば、任志強裁判のために、王滬寧(中央政治局常務委員、宣伝・イデオロギー担当)は専門のタスクチームを立ち上げ、“反党的”な任志強の自白をとり、重罪判決方針を決めた。中国では単純に裁判で罪が決まるわけではないことは当然といえば当然だが、このやり方は、まるで文革時代の江青林彪集団を模倣したかのように見える。
 一時、習近平にその忠誠を疑われた王滬寧だが、任志強への重罪判決を主導し、習近平の機嫌をとり、次の党大会の副主席職を狙っている、などといわれている。
 習近平がこれまで粛清してきた人物で思い出すのは、元重慶市書記の薄熙来、元政治局常務委員の周永康、胡錦涛の腹心でもあった令計画らで、いずれも無期懲役の判決だった。だが彼らは党内のハイレベル政治家であり、習近平から権力奪取する陰謀を企てたと噂されていた。
 ほかには、中国の政治体制の変革を訴える「零八憲章」の起草人の1人で、2010年に中国の獄中でノーベル平和賞を受賞した劉暁波が、「国家政権転覆煽動罪」で懲役11年の判決を下された。また、中国の人権問題を啓発するインターネットサイト「六四天網」の創始者・黄琦は、国家機密漏洩罪と外国に不法に国家秘密を適用した罪で、昨年、懲役12年を言い渡されている。
 つまり任志強の“経済犯罪”は、国家政権転覆煽動や国家機密漏洩よりも重罪で、党中央ハイレベル政治家の“宮廷クーデター”未遂に近い罪だということになる。
なぜ再び習近平を攻撃し始めたのか
 任志強が身柄を拘束されたのは、2月に発表した習近平を激しく批判する文章が直接的なきっかけであろうが、彼の体制批判、政権批判の発言はそれ以前から物議を醸していた。
 2016年2月に習近平がCCTV、新華社、人民日報などの政府系メディア各社を視察したときに、CCTVが「CCTVの姓は党、絶対忠誠を誓います。どうぞ検閲してください」と卑屈な標語を社内に掲げたことに対して、任志強が「人民の政府はいつ党の政府になった?」といった批判をSNSの「微博」上でつぶやいた事件があった。この批判がきっかけで、習近平が中央メディアを使って、自分を毛沢東のように神格化すべくキャンペーンを張ろうとした「個人崇拝路線」は挫折した。一部ではこの事件を、習近平が仕掛けた“プチ文革”が任志強によって10日で挫折したという意味で、「十日文革」事件とも呼ばれた。
 任志強は、中国メディアで「反党的」と一斉にバッシングされ、そのバッシングは任志強の親友である王岐山にも及んだ。だが、それでもその時は任志強の党籍は剥奪されなかった。北京市西城区の共産党委員会は任志強を「党の政治規律に違反した」として1年の観察処分に処しただけった。
 それから4年、任志強は表舞台から身を引いていた。なぜ任志強は再び、習近平を攻撃し始めたのだろうか。十日文革のときには、党籍剥奪こそされなかったが、かなり激しいバッシングに遭っていたし、後ろ盾の王岐山もすでに現役ではなくなっている。
 考えられるのは、党内で任志強に同調し、新型コロナ肺炎の蔓延や、中国の国際社会における孤立、経済悪化の責任を習近平に取らせたいと考える勢力が実は想像以上に存在するということ、そしてその勢力には、王岐山以上のかなりの上層権力者が含まれているのではないか、ということである。
 中国内政に詳しい元香港民主党創始者の林和立はアメリカの政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア」の取材にこんな見方を寄せていた。
「任志強がこれほど重い判決を受けたのは、党内の“反習近平派”に対して、“鶏を殺して猿に脅す”(見せしめ)的効果をねらったものだろう。たとえ紅二代であっても、(習近平に逆らえば)罪を逃れられない、と思い知らせる効果を狙ったのだろう」
「習近平はこの1~2年の間、自分に対する批判を行った人間に対し厳しい懲罰を与え続けてきた。彼にとっては劉暁波よりも任志強への懲罰の方が重要だった。これほど判決が重いということは、任志強の書いた一つ二つの批判文章だけが理由ではないと思う。習近平は、彼を党内の反習近平派のメンバーの1人とみなしたのだろう」
内部から続々とあがる体制批判の声
 実際、この1年、習近平を公開で批判する体制内人士が続出している。
 中央党校の定年教授の蔡霞は「共産党はゾンビ」「習近平はマフィアのボス」と批判し、党籍をはく奪された。彼女はすでに米国に亡命している。米国のヒューストン総領事館が「スパイの拠点」として閉鎖されたのは、内部の中国人職員が米国に亡命した際に持ち出した証拠があったからだといわれている。
 また、現在進行形の内モンゴル自治区での第二類双語教学導入(学校での漢語教育強化)への抵抗運動には多くの共産党員、公務員も反対の声を上げている。その中には革命家で政治協商会議副主席も務めたことのある馬文瑞の娘の馬暁力、つまり紅二代も含まれているという。馬文瑞と習近平の父親の習仲勲は親友であり、習近平と馬暁力も幼馴染の関係だ。
 9月10日、米国に亡命している元中央党校教授の蔡霞はボイス・オブ・アメリカの取材に「数年前から中国共産党内の紅二代が集まる会食の席では、みな今の共産党政治への反省の話になる。その中には共産党体制に疑問を持つ声もあった」と証言していた。紅二代は、中国共産党内の特権階級、いわば貴族のような扱いであったが、その中から中共の合法性についての疑問が語られるようになったということは、もやは、共産党の寿命が尽きている、ということに他ならない。
紅二代勢力を極度に恐れる習近平
 元清華大学政治学部講師の評論家・呉強は「過去の同様の事件と比較すると、任志強はCCTVのカメラの前で罪を認めることはしていない。彼をテレビ上で見せしめにすることはできなかったのだろう」と指摘する。もともと微博で「大V」(大VIP=インフルエンサーとして重要と認定されたアカウント)だった任志強の判決が民間で議論されることを中共中央は避けたかったのではないだろうか。世論も、おそらくは任志強が汚職したとは信じておらず、むしろ同情する声があがるのではないかと習近平側は危惧しているのだ。
 任志強の父親は商業部副部長を務めたこともある任泉生だ。王岐山と親密な関係にあり、不動産企業・北京市華遠集団元会長でもある大富豪だが、彼の歯に衣着せぬ発言は大衆に支持されていた。2013年の北京大学での講演会では、彼はこう語っている。「今の中国の現状で、我々の唯一の社会的責任は、ここにいるみんなが、努力して立ち上がり、目の前の壁を倒して、社会民主制度を打ち立てることだ」。
 習近平はこうした紅二代勢力によって、自分が権力の座から追い落されることを極度に恐れている。だからこそ、王滬寧らに命じて任志強を何としても重い判決に処し、紅二代勢力全体に対する委縮効果を狙ったのだろう。
 だが、任志強一人を牢獄に閉じ込めても、紅二代の反感は抑えむことができるだろうか。紅二代勢力は、実業界、学者知識人界、官僚界、そして解放軍内に幅広くネットワークをもっており資金力もある。
 習近平の性格を思えば、こうした実業家や学者、知識人、官僚らを次々と、それこそ文革時代のように粛清していかねば安心できない、ということになる。
 今回の任志強事件は、十日では済まない長い“習近平文革”の始まりを告げるものになるかもしれない。