Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

トランプ大統領の中東外交を、あえて評価したい理由

オバマ前大統領が
先導したイラン核合意

 2018年5月、トランプ大統領がイラン核合意からの離脱を宣言したとき、アメリカ政府は世界中の批判を浴びた。だが、各社の論調を見る限り、その意味を正確に把握できていたメディアは少なかった。
 イラン核合意は2015年に、イランとアメリカ・イギリス・ドイツ・フランス・中国の6カ国で結ばれた核開発に関する合意のことだ。イランがウラン濃縮用の遠心分離機を大幅に削減して、兵器使用が可能な高濃縮ウランやプルトニウムを15年間生産しないと決めた。その代償に、それまでイランに科されていた金融制裁や原油取引制限などが緩和された。
 イラン核合意でリーダーシップをとったのが、アメリカのオマバ前大統領である。オバマ氏は大統領に就任した2009年に、プラハにおける演説で示した「核なき世界」でノーベル平和賞を受賞しているが、それ以後、核廃絶について特に目立った行動は取っていなかった。その焦りから、2015年のイラン核合意と2016年の広島訪問でなんとかつじつまを合わせようとしたのではないか。
 イラン核合意によって、それまでアメリカを中心とした経済制裁でダメージを受けていたイラン経済は立ち直りを見せ始めた。ヨーロッパ諸国や日本などとの経済関係も復活して、海外投資も集まり始めた。
 また、中東を代表する産油国であり大消費地であるイランは、歴史的に見ても日本との関係が深く、この動きは日本にとっても歓迎すべきことである。それだけに、トランプ大統領がイラン核合意から離脱したことは、日本はもちろん、世界中にとってもショッキングな出来事だった。
 大統領選からオバマ前大統領のレガシーを次々と否定していたトランプ大統領だったが、イラン核合意の離脱については当初、さほど優先順位が高いとは考えられていなかった。
 実際、トランプ大統領は、当初はISIS(イスラム国)の征伐を優先して、次に北朝鮮の核武装問題に着手した。さらに中国との貿易問題は中長期的な課題として早期に取り組むことは確実視されていたが、イラン核合意からの離脱とイラン包囲網の形成を優先させたのである。


なぜトランプ大統領は
イラン核合意から離脱したのか

 合意成立後、イラン政府はイラン核合意を忠実に守った。だが、イランがシーア派革命の拡大を止めることはなかった。イラン革命防衛隊は近隣国でシーア派拡大の運動を続けており、イスラム過激派組織であるヒズボラなどに援助を続けて、中東各地で反スンニ派の活動を維持させていた。
 言い換えると、いくらイラン政府が欧米と協調路線をとろうが、革命防衛隊の動きにはいささかも影響を与えなかったのである。イランと対立するアラブ諸国から見れば、イラン核合意はあくまで欧米や中ロなどの都合で作られたものにすぎず、イランのシーア派拡大主義がそれで止まったわけではない。
 日本のマスコミは、あたかも「オバマ前大統領の平和主義が中東でも実を結んだ」「そのオバマ前大統領の平和主義を、オバマが嫌いだというだけで壊すトランプ」といった印象で報じたが、実態とはかなり食い違っている。むしろ、イラン核合意によって革命防衛隊は中東各地における行動の自由を保証されたようなものだったのである。
 トランプ大統領がイラン核合意を離脱したのは、イラン包囲網を作ってイラン経済を干上がらせて、拡大政策を止めるためだった。ただし、包囲しているのはイラン政府ではなく、革命防衛隊である。
 革命防衛隊はイラン国軍とは別組織であり、最高指導者ハメネイ師を頂点とする軍組織で、約10万人の兵士を擁するといわれている。革命防衛隊の国内外の作戦を指揮するのが精鋭部隊であるコッヅ軍(ゴドス軍)だ。
 レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ、イラク・シリア・アフガニスタンなどのシーア派民兵組織、パレスチナのハマスなどを支援している。コッヅ軍トップが米軍に殺害されたガーセム・ソレイマーニー司令官である。
 なお、サルマン・ラシュディ著『悪魔の詩』を翻訳した五十嵐一氏を殺害したのもコッヅ軍の暗殺部隊ではないかともいわれている。
 革命防衛隊はいくつかの大企業を抱える大コンツェルンを所有しており、アンサル銀行を中心に、建設企業、ネットバンキング、自動車リース、総合ショッピング施設などを運営して高い収益を上げてきた。それが革命防衛隊の活動資金になってきたわけである。端的にいえば、自分たちで稼いでいるので、イラン政府からも独立して運営できるともいえる。
 トランプ大統領がイラン核合意を離脱して新たに科した経済制裁は、革命防衛隊の資金源を断って、シーア派の拡張路線を抑え込むためのものである。
 革命防衛隊も当初は、フランスやイギリスなどが撤退した大型投資案件を引き継いでなんとかしのいだが、徐々に行き詰まり、現在はイランの国家財政が投入されていると考えられる。イラン国民としては、血税を使ってまでの対外活動に内心は反発があるはずだが、革命防衛隊が最高指導者ハメネイ師の軍隊であることから、表だって批判しにくい状態にある。
 2019年6月に安倍晋三前首相がイランを訪問してロウハニ大統領とハメネイ師と会談して、アメリカとイランの和平を働きかけている。
 だが、ホルムズ湾において日本企業が派遣したタンカー2隻が攻撃を受けたことで、安倍前首相の努力も水泡に帰した。
 このタンカー攻撃は、ハメネイ師が革命防衛隊をコントロールできていない根拠となった。これがトランプ大統領に革命防衛隊の封じ込め強化を決意させて、スレイマニー司令官殺害の呼び水になったことは間違いない。


トランプ大統領の
イスラエル政策

 トランプ大統領がイスラエルに有利な政策を次々打ち出したときも、批判が集中した。
その典型が2017年12月に発表したアメリカ大使館のテルアビブからエルサレムへの移転だろう。
 これはトランプ大統領の独断だと勘違いされていることがあるが、ブッシュJr.大統領のときに議会で決議されていたもので、それまでは大統領令で延期されていたにすぎない。つまり、トランプ大統領は移転の延期をしなかっただけのことである。
 この措置については「パレスチナ情勢が不安定化する」とトランプたたきが起こり、反米デモの様子が映し出されたが、その後は大きな混乱は起きていない。
 また、2019年3月にトランプ大統領がイスラエルのゴラン高原領有を追認すると発表したときも、ほぼ同じような反応だった。
 アメリカによる一連の親イスラエル政策が大きな混乱を招かなかったのは、トランプ大統領が批判を浴びながらも革命防衛隊包囲網を強化し続けて、ひそかに湾岸諸国の信頼を得ていたからにほかならない。
 そもそもパレスチナ防衛を建前とするハマスは、イランからの支援を受けるシーア派組織であり、湾岸諸国から見れば必ずしも好ましい対象とは言いがたい。革命防衛隊の力が弱まれば、それだけパレスチナ側の反発力も弱まる。
 一見大胆に見えるトランプ大統領の親イスラエル政策だが、実は綿密な計算のうえで進められてきたのである。


原油価格下落がもたらした
対イスラエル国交正常化

 湾岸諸国は、原油価格の大幅下落によって早急な産業転換を迫られている。UAE(アラブ首長国連邦)では韓国企業が建設した原子力発電所の第1号機が今年から稼働しており、「脱原油」への歩みを進めている。
 湾岸諸国が自らの産業転換をはかるとすれば、アメリカの支援を受けたいと考えるのが当然だろう。また、イスラエルは湾岸諸国が欲しいITや先端技術を保持しており、いずれの面からもイスラエルとの国交正常化は必須に近い。要は、「建前としてのパレスチナ問題」に対応するかに集約されていたのである。
 それにくさびを打ったのが、2020年1月に発表されたイスラエルとパレスチナ和平案だった。
 この案は、イスラエルとパレスチナの国境を画定して、その代わりにアメリカがパレスチナ建設を援助するものである。
 これまでイスラエルが併合してきた地域について多くをイスラエル領土であると認めるため、ハマスはもちろん、パレスチナ暫定政府もただちに拒否して、イランやトルコからも批判声明が出されている。
 ただ、パレスチナ独立のロードマップが示されたことで、湾岸諸国はイスラエルと国交正常化を果たし、アメリカから技術援助や経済援助を受ける環境が整ったともいえる。この和平案によって、イスラエルとUAE、そしてバーレーンとの国交正常化が果たされることになった。
 今後も湾岸諸国とイスラエルの国交正常化が進む公算が大きい。革命防衛隊封じ込めが成功して最終的にイスラエルとサウジアラビアが国交を結び、湾岸諸国とアメリカ=イスラエルの関係がさらに強化されれば、中東和平に向けて大きな前進となるはずだ。
 トランプ大統領の中東外交については批判のみが目立つが、その全体像を見れば、かなり合理的にことが進められていることがわかるはずだ。
(国際政治評論家・翻訳家 白川 司)