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安倍総理の志は死なない!!

県とは対照的、静岡市は「JRリニア工事」許可へ

河川法管理権限を市に移せば問題は解決する
小林 一哉 : 「静岡経済新聞」編集長
2020年10月09日
JR東海のリニア静岡工区着工は赤信号が灯ったまま、解決の糸口さえ見えない。
静岡県反対の“武器”は、1級河川・大井川の河川法許可権限である。地下約400mという大深度のトンネルにもかかわらず、河川占用の許可が必要だが、川勝平太静岡県知事は中下流域の「利水上の支障」を盾に認めない。
国に河川占用の許可権限を戻すのではなく、政令指定都市・静岡市が権限移譲に手を挙げれば、万事うまくいくはず。リニア「静岡問題」解決の最強策となるわけだが、問題は、川勝氏から“小僧っ子”扱いされている田辺信宏市長を国がどう支援できるかにかかっている。
川勝知事と田辺市長の関係は最悪
2人とも早稲田大学政治経済学部の同窓生だが、川勝氏は田辺氏を一方的に嫌う。静岡県民、特に静岡市民は、川勝氏が田辺氏の政治手腕をことごとく否定し、「自民市議の傀儡(かいらい)にすぎない」など強烈に罵倒する場面をしばしば見てきた。
冷え切った2人の関係を象徴するのは、2019年4月に行われた静岡市長選。当初、川勝知事は自治体の首長選挙に一切関わらないと明言していたが、難波喬司副知事の擁立に動いた。
難波氏が立候補を断念すると、最終的に立候補した77歳の前県議の支援に回り、投票日前日には街頭演説にまで繰り出し、「副知事を市長特別補佐官として派遣する」とまで約束して大応援した。
そんな逆風にめげず、3万票余差で大勝した田辺氏は当選翌日、「ノーサイドで未来志向の関係を築きたい」と知事を訪問したが、川勝氏は「市民の2人に1人が批判的な『嵐の船出』だ。場合によってはリコールもありうる」などかたくなな態度で拒み、関係修復はほぼ不可能の状態になった。その後も、事あるごとに、田辺氏は批判され、貶められている。
2017年6月の県知事選では、川勝氏は「県庁所在地に2人の船頭は不要」など静岡市を廃止する独自の“県都構想”を唱え、「静岡市葵区は広く、南アルプスのふもとの井川地区はほったらかしだ」などと田辺氏を批判した。
知事の言う通り、葵区は南アルプスの3000m級の山々を含む広大な地域。リニア静岡工区のすべてが行政区域に当たり、河川法と自然環境保全条例を除き、井川地区をはじめとする南アルプス全体を守る役割すべてを静岡市が担う。


リニア路線図(編集部作成)
路線計画図を見てわかる通り、リニアのトンネルは静岡県に入ると、建設予定地の西俣川、大井川(分岐点から東俣川と呼ぶ)の2カ所(斜坑、導水路を含めると6カ所)を通過する。JRのリニア工事を妨げているのは、河川法に基づく河川占用の許可権限。1級河川の大井川168kmのうち、駿河湾から上流26kmを国、そこから源流部までの約142kmを県が管理している。リニアトンネル建設予定地の西俣川、東俣川は県管理であり、河川に工作物を新設する場合、JR東海は知事の許可を得なければならない。
ただ、河川は1級河川だけではない。西俣川支流の小西俣川、蛇抜沢、西小石沢のなどの普通河川も通過する。普通河川は県ではなく、静岡市が管理、市条例が適用されるから、こちらはすべて市長の許可が必要となる。
リニア工事で河川が枯れる影響をにらみ、絶滅危惧種のヤマトイワナ保全などを県生物多様性専門部会で議論しているが、ヤマトイワナが生息するのは、市管理の普通河川であり、モニターを河川内に設置するなどJR東海が対応策を講じる場合にも市の許可が必要となる。
市はトンネル工事の許可を出す方針
驚くことに、市は県と違い、JRとの協議をすでに終えて、河川占用の許可を出す方針であることがわかった。同じ河川にもかかわらず大きな違いである。考えてみれば、源流の水は普通河川から1級河川に流れ込むから、普通河川の管理が重要であることは言うまでもない。
静岡市が普通河川だけでなく、1級河川まで管理すればリニア「静岡問題」は一挙に解決の方向に進む。河川法では、政令指定市の長が1級河川を管理できるとしているから、静岡市の行政範囲である井川地区から源流部までなら法的にも問題はない。
また、河川法施行規則では、貴重な自然環境の保全を河川管理と一体化することを求めている。川勝氏が問題にする南アルプスエコパークは、その指定から保全計画策定などすべては静岡市が行っている。
トンネル本体とは無関係の「準備工事」については、県が自然環境保全条例を拡大解釈して認めなかったが、同条例も県から市へ移譲することに問題はない。むしろ市が運用したほうが南アルプスエコパーク保全をスムーズに推進できる。
県は市町への権限移譲を推進してきた。リニア工事に関する権限のうち、土壌汚染対策法、県立自然公園条例、森林法、県土採取等規制条例などすべて静岡市に移している。1級河川でもすでに市内5カ所で移譲されている。市が手を挙げれば、県は反対しないはずだ。大井川の権限移譲について、県幹部は「まったく問題ない。大賛成」と答えた。
静岡市をみくびっている?
静岡県には、全国20ある政令市のうち、唯一、人口70万人を切り、若い女性の流出が止まらない不振の静岡市だけでなく、スズキ、ヤマハに代表される地場工業集積を持つ元気な浜松市がある。遠州方言で積極的に挑戦してみようを意味する「やらまいか」精神が息づく浜松市に比べて、何でも「やめまいか」と消極的で逃げる静岡市役所の気質をよく知る県幹部は「まず、無理だろう」と鼻で笑っている。そう考えると、県幹部の「大賛成」という回答の真意は、静岡市が手を挙げることなどまずありえない、とみくびっているからかもしれない。
だが、静岡市も「やらまいか」に動き出している。


田辺氏は2018年6月、「井川地区はほったらかしだ」という知事批判に発奮したのか、県や流域市町の頭越しに、金子慎JR東海社長とリニア建設と地域振興に関する基本合意書を結び、井川地区の住民たちが長年、熱望してきた市内を結ぶ県道トンネル4kmをJR東海の全額負担で新設することにこぎつけた。リニア工事には欠かせない約27kmの林道東俣線の通行許可などを認める代わりに、トンネル建設費用140億円の負担をJR東海にのませたのだ。
田辺氏は「当初、140億円のうち、100億円負担するよう求められた。最後はトップ会談で全額負担させた」と自らの政治力を誇示した。
リニア問題を議論する中、田辺氏の抜け駆けに、川勝氏らは激怒。だが田辺氏は、「政治とは利害調整。それができるのが政治家」と、どこ吹く風だ。
県とJR東海とのリニア議論で、蚊帳の外に置かれている田辺氏がはたして、問題解決のために乗り出すかどうかは、国の支援とJR東海の対応にかかっている。
大井川の管理権限を静岡市に移す場合、市の財政面、人的面の負担が最大のネックとなる。国については同じ国土交通省でも、リニア工事を推進する立場の鉄道局ではなく、河川担当部局の全面的な支援が不可欠だ。
国交省は一枚岩になれるか
国交省は旧建設省、旧運輸省の寄り合い所帯であり、事務次官ポストなどを巡る対立だけでなく、地方組織もまったく違う。旧建設省の河川担当部局は鉄道局のリニア工事を冷ややかに見ているというのが現実だ。田辺氏が決断するには、国交省が一枚岩となって支援できるかがカギとなる。
また、JR東海は中下流域の不信感を払拭するために地域振興策を打ち出すべきだ。難波副知事は10月2日の日本記者クラブでの会見で、県のメリットが何かを話すのは時期尚早と述べていたが、JR東海が積極的に地域に寄り添う姿勢を示せば、流域市町の対応も変わる。
当初、JR東海が提案していた静岡市道閑蔵線トンネル建設に打って出れば、川根本町はじめ中下流域と南アルプスを結ぶ観光のシンボルともなり、田辺氏の政治決断への強い後押しにもなる。
来夏の知事選に川勝氏が出馬し、再選されるかどうかも焦点となるが、いまのところ自民の有力な候補は見当たらない。難局を打開するには、国は、静岡市にリニア担当の「市長特別補佐官」を派遣することが最良の解決策となるかもしれない。