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安倍総理の志は死なない!!

静岡リニア、県が黙認する東電「ダム取水」の謎

ダムから大井川の放流増量で解決するはずだが
小林 一哉 : 「静岡経済新聞」編集長
2020年10月15日


10月7日、菅首相批判が飛び出した川勝知事の記者会見(筆者撮影)
9月25日の県議会代表質問で川勝平太静岡県知事は「(リニア問題で)広く国論を巻き起こす」と宣言、10月7日の記者会見ではリニア関連で日本学術会議問題に触れ、「菅義偉という人物の教養レベルが露見した。学問立国に泥を塗るようなこと」などと厳しく批判した。だが、知事の県民に対する責務は高い教養レベルではなく、まっとうな解決へ導く政治力である。
JR東海がトンネル掘削で大井川の流量が「毎秒2立方メートル減少する」と予測したのに対して、2014年春、知事は「トンネル湧水の全量を戻せ」という意見を環境影響評価手続きに記した。
2018年10月、JR東海は「トンネル湧水の全量を戻す」としたが、1年近くたってから、先進坑が開通するまで、山梨県側に10カ月間毎秒0.08立方メートル(平均)、長野県側に7カ月間毎秒0.004立方メートル(同)流出すると発表、工事期間中は「全量戻しができない」ことを認めた。
田代ダムの放流条件変更が解決の近道
これに対して、知事は「水1滴たりとも県外流出は許可できない」とはねつけ、議論が続いている。
2019年8月20日、静岡県リニア地質構造・水資源専門部会が開かれ、委員の一人が現実的な解決策として、東京電力の田代ダムから富士川系の早川へ分岐して山梨県側に流れている水量の一部を大井川に戻せないのか、という意見を出した。JR東海は「取水の権利を有する東電に、当社から要請するのは難しい」と回答している。
8月29日大井川流域の利水団体による意見交換会でも、染谷絹代・島田市長が田代ダム問題を取り上げた。さらに、9月12日専門部会合同会議で再び、田代ダムが議題となったが、いまのところ、JR東海へ要請する筋合いのものではないとの見解で一致している。
田代ダムは1928年建設された大井川で最も古い発電所用のダム。1955年、従来の毎秒2.92立方メートルから4.99立方メートルに取水が増量されると、川枯れ問題の象徴となり、流域住民の「水返せ」運動が始まった。
1975年12月の水利権更新に当たり、当時の山本敬三郎知事は「4.99立方メートルのうち、2立方メートルを大井川に返してほしい」と要求したが、東電は「水利権は半永久的な既得権」とはねつけた。


山梨県側に大量の水が流出する東電の田代ダム(筆者撮影)
その後も「水返せ」運動は続き、静岡県は東電と粘り強く交渉、2005年12月、ようやく、0.43~1.49立方メートル(季節変動の数値)の放流を勝ち取った。
それでも山本知事の要求にはほど遠く、このため、それまで30年間だった水利権更新期限を10年間に短縮、次の更新時期となる2015年冬に向け交渉の余地を広げた。
川勝知事は2014年春にリニア工事による“命の水”のために立ち上がった。当然のことながら、2015年冬の交渉で山梨県に流れる“命の水”の返還についても期待が高まった。
ところが、県は東電の取水を黙認し、放流条件はそのままで更新された。現在、県内において水不足が常態化している要因のひとつが、田代ダムから山梨県側への流出であることは言うまでもない。
静岡県専門部会の役割は水問題の解決を探るのではなく、JR東海が提起する対策について議論することに尽きる。このため、委員や染谷市長の解決に向けた提案は封印された。
実際問題として、トンネル工事期間中、JR東海が東電に金銭的な代償を支払い、田代ダムから大井川への放流を増量すれば、今回の水問題は解決する。知事が声を大にして、“命の水”を取り戻すと東京電力とJR東海の両者に強く働き掛ければ、同じ大井川の水なのだから、現実的な解決策となり、流域県民の生命は守られる。
生物多様性にも「ダム問題」が影を落とす
一方、知事は「南アルプス」保全も宣言している。その議論の場である生物多様性専門部会では、在来種で絶滅危惧種「ヤマトイワナ」を守ることが最優先の課題だ。
静岡県水産・海洋技術研究所は、ヤマトイワナの減少理由について、渓流釣り人気による減少に伴い、県内に生息していなかった繁殖力の強いニッコウイワナを地元漁協が放流したからと説明する。さらにヤマトイワナとニッコウイワナの混雑種誕生で、ヤマトイワナは減少の一途をたどった。
生存競争の中で、環境に最も適した種が他を駆逐するのは「適者生存」の法則であり、JR東海の環境影響調査で、ヤマトイワナを発見できなかった理由のひとつでもある。
また、ヤマトイワナ減少の根本的な理由は、“命の水”同様に発電所ダムの影響である。
1995年、中部電力は大井川で最も新しい二軒小屋発電所を設置した。発電所から約7km離れた西俣川の堰堤(高さ15m以下のダムを堰堤と呼ぶ)と約10km離れた東俣川(大井川の西俣川合流地点から上流の呼び名)の堰堤から取水、2つの堰堤から導水管で発電所まで水を送っている。
二軒小屋発電所の最大使用水量は毎秒11立方メートルであり、河川の「維持流量」(動植物などの保護等総合的に考慮して、渇水時に維持すべきと定められた流量)を上回った水量を発電用に使うことができる。西俣川の維持流量は同0.12立方メートル、東俣川は同0.11立方メートルと少ないから、2つの堰堤からの取水量は非常に多くなる。


右側が中電の二軒小屋発電所。左側は西俣川、この上流で取水している(筆者撮影)
同発電所が稼働した当時、生物多様性保全の姿勢は希薄で、1997年に環境アセスメント法が施行されたが、生物環境を巡る調査等は行われていない。通常、この程度の流量しかないとすれば、そこに生息する水生昆虫や魚類は最低限の生活環境しか与えられない。
そんな水量減少の中、リニアトンネル工事によって、水枯れなどが懸念されるから、源流部のヤマトイワナ絶滅は避けられないという議論になってしまう。
2018年12月19日付静岡経済新聞は、国が二軒小屋発電所の水利権更新を認める際、静岡県の意見を聞く手続きを指摘、維持流量を大幅に増やすなどを提案する「ヤマトイワナを守れ」の記事を掲載した。リニア議論の最中であり、難波喬司副知事にもその取り組みを要請した。
ところが、県は何の対応も取らず、2019年4月、25年前の同発電所稼働時とまったく同じ条件で更新された。「南アルプスを守れ、ヤマトイワナを守れ」は単なる口先だけのようだ。
ヤマトイワナでも県は現実的解決策を封印
発電所ダムの影響、釣り人、漁協関係者らによって源流部で減少したヤマトイワナを、リニアトンネルを建設するJR東海に是が非でも守れ、ではあまりに荷が重い。それほど、ヤマトイワナが重要であるならば、もっと以前から静岡県が対策を取るべきだった。
中流域には、本州唯一つの大井川源流部原生自然環境保全地域が光岳のふもとに広がり、その地域は、釣り人はじめ、すべてが立入禁止で、もちろんヤマトイワナが生息する。また天竜川はじめ別の地域でもヤマトイワナは生息している。
専門部会委員の一人は、ヤマトイワナ絶滅の恐れを指摘、トンネル工事後に他の地域のヤマトイワナ移転放流などの代償措置を取るよう提案していたが、やはり、この現実的な解決策もいまのところ封印されている。
JR東海が地域貢献で地元の理解を得ようとする姿勢を示さないことから、知事は国論を巻き起こそうとしているのかもしれない。しかし、“命の水”を守ることはJR東海に求めるだけでなく、本来、県がやるべき重要な使命でもある。
知事の菅首相批判は、国の有識者会議の生物多様性を話し合う委員選定の質問で飛び出した。委員の資質にかかわらず、最終的な解決には政治力が必要となるのだが…。