ネコウヨの散歩

ネコと憂国

コロナ禍の台湾で、「デマ情報」が拡散しなかった理由

感染症が発生した際に、最も恐れなければならないことは病気自体ではなく、ネットなどで噂やデマも含めた大量の情報が拡散することで国民の心理的不安を引き起こすインフォデミックだ。台湾は、コロナ戦において、いち早く情報開示を徹底させ、デマを取り締まり、国民を心理面でも安心させることに成功している。台湾はいかにしてインフォデミックを防いだのかを詳しく解説する。(アジア市場開発・富吉国際企業顧問有限公司代表 藤 重太)
9年前に作られた
パンデミックへの対応計画
 台湾が新型コロナ感染を封じ込められた理由は何か。
「国土が日本の10分の1と小さく、人口も日本の5分の1と少なかったから」や「たまたま優秀な人材がいたから」と言われたり、中には台湾の「ファクターX」を探る人もいる。だが筆者はそうは思わない。台湾にはコロナ戦に勝利するだけの準備と計画が立てられていた。
 2003年にSARS(重症急性呼吸器症候群)で甚大な被害を受けた台湾は、その失敗の経験と反省から国家としての感染症対策の見直しを繰り返し、同年に「伝染病防治法」を制定し「感染症予防治療ネットワーク」を構築。さらに2004年には「国家衛生指揮センター(NHCC)」を設置し、今回の「中央感染症指揮センター」の迅速な開設につなげている。
 筆者が最も驚いたのは、今回の防疫対応の基になっているとみられる「インフルエンザ パンデミック対応の行政部のための戦略計画」(台湾衛生署疾病管制局編)が、2011年8月にはすでにできていたことである。当時一般にも販売されたし、現在は誰でもダウンロードできる。
 この戦略計画の前書きには、(1)国際疫病情報の持続監視と国内準備、(2)海外からの流入と国内感染の抑制、(3)国民の健康と国家経済のへの損害の減少、(4)流行期終息後の社会の心理的および経済再生計画と、4つの総体目標が掲げてある。そして、感染前の準備から、感染終息後の経済復興まで考えられている。
 その内容は、今回の新型コロナでの事態を預言するかのようなことも詳しく書かれている。まずこの「戦略計画」の序章では、H1N1(A型インフルエンザ亜型)、H5N1(鳥インフルエンザ)、H7N7(A型インフルエンザ亜型)、H9N2(鳥インフルエンザAウイルス サブタイプ)、そして季節性インフルエンザが、変異型も含めて世界で近年頻繁に発生し、人類の健康に大きな脅威になると指摘。充分な準備と防疫の成功には国際協力が不可欠だと9年前の2011年の段階で述べている。
 台湾が今回のコロナ戦で最も迅速且つ的確に対応できた水際対策についても、この「戦略計画」の第5章「辺境管制(水際対策)」に14ステップで対応することが明確に記載されている。
 まず入境時、空港などでは下記の7ステップで対応する。
 1.旅行健康情報の提供 2.国際渡航警示の発布 3.渡航制限及び国境閉鎖 4.入境時の体温測定 5.入国の健康状況の声明書 6.航空船舶の病例通報 7.機内搭乗検疫
 入境後については下記の5ステップ。
 8.医学検査及び実験診断 9.医療機構隔離 10.在宅隔離 11.自主健康管理 12.機構検疫
 そして出国については下記の2ステップとなる。
 13.病例及び接触者の出国制限 14.出国時の体温測定と健康状況の声明書
 この「戦略計画」があったから2019年12月31日「武漢での原因不明の肺炎発生」の一報と同時に機内搭乗検疫や発生の告知通報などが迅速に行われたのだ。
 そして、「戦略計画」第11章には「リスクコミュニケーション」の重要性や方法についても15の策略が事細かに書かれている。「リスクコミュニケーション」とは社会を取り巻くリスクに関する正確な情報を、政府・地方自治体・専門家・企業・市民などで共有し、相互に意思疎通を図ることをいう。相互信頼の形成や合意形成のひとつとされ、災害時や今回のような感染症被害が拡大したときに、情報発信側に特に必要とされる能力だ。
 今回の新型コロナウイルスで世界各地の政府による「リスクコミュニケーション」の行政手腕と統制力が問われることになったが、台湾では早くからその重要性に気づき、機能する制度としてのシステム構築と準備ができていたのだろう。
 このように、台湾は感染症発生前にすでに勝者になる準備ができていたのだ。
SARSでの経験から
デマ拡散を防ぐ法整備
 新型コロナウイルスが「ヒトからヒト」へ感染することを、台湾はすでに2019年12月31日の時点で把握していたことは、今となっては有名な話だ。
 台湾側はWHO(世界保健機関)にその見解を報告したにもかかわらず、WHOは緊急事態宣言を1月31日まで行わなかったことで世界の怒りを買った。
 台湾はその間、ヒトからヒトへの感染リスクを防ぐためいろいろな措置を講じている。1月2日には新型コロナに関するデマを初めて取り締まり、その後、厳格な法的処罰をもってデマ封じを始めた。
 そして「リスクコミュニケーション」において注目したいのは1月22日の蔡英文総統の会見内容だ。
 蔡総統は、「政府のメンバーにSARSを経験した優秀な閣僚がそろっていること」や、「SARS以降の17年間で十分な計画と整備を行ってきた」とを伝えるとともに、政府は自信を持って感染症と戦うと宣言した。
 そして「国民の皆さんはまったく慌てることなく、普通の生活を続け、政府が提供する疫病情報に随時注意を払っていてください。政府は民間につながるメディア、SNS、ネットワークなどと協調して、正確な防疫情報を伝えます」と国民に語りかけている。
 この会見によって多くの台湾人は安心感を覚えたはずだ。
 さらに「私はここにいるすべてのメディアの皆さんに先に感謝を申し上げます。皆さんは私たちの今回の防疫活動の最も重要な『戦友』です」と述べた。政府と国民、そしてメディアまでもが感染症対策に一体となって進んでいく、きっかけはこのスピーチからではないかと筆者は考える。
 インフォデミックの恐ろしさとリスクコミュニケーションの重要性を熟知していた蔡総統だからこそ、発せられた言葉だろう。
 実際、SARSで悲惨な経験をした台湾は、感染症発生時のデマの発信・拡散や医療物資の買い占め・高値転売などの混乱が発生することを防止するため「伝染病防治法」「社会秩序維護法」「公平交易法」などの法整備をほぼ完了させていた。
 デマに関しては「伝染病防治法」63条で300万元(約1080万円)の罰金がある。また、そのデマをメディアなどで発表拡散し、修正に応じない者を「伝染病防治法」64-1条で10万元以上100万元(約360万円)以下の罰金を科することもできることになっている。
 買い占め・高値転売に関しては「伝染病防治法」第61条を適用するとして、「中央感染症指揮センターが成立している期間中、各行政機関が調達する防疫物資を買い占め、価格つり上げを行った場合、1年以上7年以下の禁錮刑か500万元(1800万円)の罰金もしくはその両方を科す」と非常に重い量刑がいろいろそろっている。
 しかも、全国の自治体にある「消費者保護会」と不正を取り締まる全国の「消費者保護官」が、実際に商店やインターネット上を常時監視していて、重大な摘発は発表される。法治国家としての厳格な法と罰則、そして実際に執行できる組織を持っていた台湾に大きなデマ被害や長引く買い占めや高値転売被害が少なかったことはすでに周知の事実だ。
ぶれない予防方針と
明確なガイドライン
 2011年にできていた「戦略計画」に基づき、2020年2月には新型コロナウイルスの予防方針が発表された。この方針原則は発表から一貫して今まで変わっていない。それだけ戦略がぶれていないことの証明だ。
 予防方針は下記の7項目である。
 (1) 中央感染症指揮センターの最新の防疫政策公告に民衆が注目し、協力を求めること
 (2) 手洗い習慣(特に食前とトイレ後)の徹底と持続および手洗い前の目鼻口を触らないこと
 (3) 人混みへの出入りを避ける、換気の悪い公共場所へ行かない、ソーシャルディスタンス(室外1メートル、室内1.5メートル)を保つ、それらができない場合はマスクを着用する
 (4) 交通機関を利用する場合は必ずマスクを着用し防疫措置に従う
 (5) お見舞いや緊急医療必要時以外の病院訪問を少なくする
 (6) 自宅検疫、自宅隔離、自主健康管理(いずれも台湾の隔離政策で14日間の外出禁止自宅待機命令&要請)の規則を順守する
 (7) 身体の具合が悪いときは、外出を避け、出勤、登校などをしないで、自宅で休息を取り、観察を行う。必要時には、自主的に衛生監督機関に連絡し、診察時には旅行渡航歴、接触歴、職業および家族や同僚近隣者に感染者がいないかなどを報告すること。
 また、予防方針の発表に先立ち、1月15日には、早々と新型コロナウイルスを「第5類法定伝染病」に指定している。
 そして、1月30日には、交通機関・教育機関・公衆集会の3カ所での感染防止のためのガイドラインを発表。その中では、感染予防のために関係者が何をすれば良いかが明確に記載されている。
 さらにガイドラインを発表した翌日1月30日には、マスクはもちろん、オフィスビル入り口での全員検温チェックと発熱者の入館拒否、そして体調が優れない社員などへの積極的な自宅待機措置などが実施されている。
 このようにデマへの厳格な取り締まりと明確なガイドラインの提示で不安を取り除き、国民全体で行動規範を作り上げてきたことが、台湾のリスクコミュニケーションを成功させ、結果、インフォデミックを防ぐことになった。
 台湾政府の国民に対するリスクコミュニケーションと比較すると、日本政府の対応には乱暴さが感じられる。例えば、店舗の営業自粛要請にしても、感染拡大の恐怖をあおるだけでは、国民が納得して従うだけの説得力も思いやりも欠けていたように思える。
 菅新政権が、国民の不安を希望に変えるようなリスクコミュニケーションを取って、ピンチをチャンスに変えるような政策を実施してくれることを期待するばかりである。