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安倍総理の志は死なない!!

川勝知事が追及しない「日本学術会議」選考の謎

静岡県にとってはリニア同様見過ごせない
小林 一哉 : 「静岡経済新聞」編集長
2020年10月22日


2015年1月21日、静岡県庁で川勝平太知事(左)から県民栄誉賞の盾を受け取る天野浩名古屋大教授。天野教授はノーベル賞受賞者だが日本学術会議の会員ではない(共同)


静岡県の川勝平太知事はリニア中央新幹線の静岡工区着工を認めない一連の発言で、全国的な存在感を発揮しているが、菅義偉首相を批判する発言でもメディアをにぎわしている。
川勝知事は10月7日の定例会見で、菅首相が日本学術会議の新会員候補6人の任命を拒否したことについて、「菅義偉という人物の教養レベルが露見した。学問立国に泥を塗るようなこと」など痛烈に批判した。川勝知事は「(リニア問題で)国論を巻き起こす」と宣言しているが、静岡県知事としては、単なる菅首相批判ではなく、日本学術会議の組織としての不透明さを明らかにしたうえで、同会議のあり方について問題提起すべきだった。なぜなら、静岡県出身で初のノーベル賞受賞者、天野浩・名古屋大学教授は日本学術会議の会員ではないからだ。静岡県にとっては見過ごせない問題だ。
会員選考過程も不透明
内外に向けて日本の科学者を代表する機関、日本学術会議は全国87万人の科学者の中から、人文・社会科学(70人)、生命科学(70人)、理学・工学(70人)の3分野210人の会員と約2000人の連携会員によって構成される。同会議は「政府に対する政策提言」、「国際的な活動」、「科学者間ネットワークの構築」、「科学の役割についての世論啓発」の4つの役割を担っている。会員はそれぞれのテーマごとに委員会、分科会を設けて議論、年2回、総会を開いて、会議としての方向を決める。連携会員は委員会、分科会へ出席して、職務の一部を担う補助的な役割を持つ。同会議は個別の学問、研究をする機関ではない。
本年度は政府から総額約10億円の予算があてられた。会員は任期6年で3年ごとに半数が交代していく。70歳定年。会員・連携会員の推薦に基づいて、会員は首相が、連携会員は会長が任命する。
会員候補の資格要件は「優れた研究又は業績がある科学者」。3年ごとの改選で1人の会員が2人まで候補者を推薦できる。会員からの推薦リストに基づいて、会長、3人の副会長、3分野の部長等の16人で構成する選考委員会が、新会員候補を決める。委員長は会長が務める。不透明なのは、推薦された候補者の選考過程である。推薦者も選考過程も公開されていないので、どのような判断で会員が決まったのかまったくわからない。
静岡県浜松市出身の天野教授は、2014年に青色発光ダイオードの発見で中村修二、赤崎勇の両氏とともにノーベル物理学賞、文化勲章を受章した。2015年には静岡県民栄誉賞を受賞しており、静岡県民にとって「優れた研究又は業績がある科学者」にこれほどふさわしい人物はいない。
ところが、天野教授を会員名簿で探したが、見当たらないのだ。ノーベル賞受賞者にもかかわらず「日本を代表する科学者」ではないことに驚いてしまった。ほかの会員はノーベル賞受賞者よりも「優れた研究又は業績」を持っているのだろうか。
一方、ニュートリノ振動の発見で2015年にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章・東京大学卓越教授は2017年10月に会員に就任、本年度からは日本学術会議会長に選ばれた。2人とも年齢はほぼ同じで、同じノーベル物理学賞を受賞しているのに、その違いは一体何なのか誰もわからないだろう。
もし、天野教授が推薦されていて菅首相が任命拒否したならば大きな問題となるに違いない。しかし、そもそも天野教授は会員リストに含まれていないのだ。菅首相もそのような選考過程に疑問を抱いたのだろう。
川勝知事の菅首相批判を県民の多くが問題視、1000件以上の批判が県に寄せられている。知事は「秋田に生まれ、東京に行って夜学に通い、学位を取られ、その後政治の道に入った。言い換えると学問をされたわけではない、学位を取るために大学を出られた」など学歴差別につながる発言をしたから、多くの県民が怒るのもやむをえない。
知事は選考過程の「全面公開」を求めるべきだ
10月16日、自民県議団が抗議に訪れると、知事は「学歴ではなく、学問を大切にしていないから批判した」と弁明し、「夜学に通った」は事実誤認で撤回したが、「学問の自由を保障されなければならない」として任命拒否を問題にする立場は変わっていない。
川勝知事は菅首相の学歴ではなく、日本学術会議の本質的な問題をきちんと調査すべきだ。そして、研究、学術部門では初となる県民栄誉賞を与え、最高の敬意を表した天野教授が会員になっていないのだから、知事は「優れた研究又は業績」の評価が不当であり、同会議の選考過程が公開されていないとして全面公開を求めるべきだ。川勝知事はリニア工事に伴う大井川の流量減少問題をめぐる国土交通省の有識者会議について、会議の全面公開を繰り返し求めているのだから、日本学術会議についても選考過程の公開を求めてほしい。
日本学術会議事務局は「推薦されたかどうかを含めて本人は知らないし、選考の過程や内容については答えられない」などとして、選考過程の公開に前向きではない。前述のとおり、現会員が推薦した候補のみが選考される仕組みであり、客観的に「優れた研究又は業績」に基づいて選ばれているわけではない。つまり、「優れた研究又は業績がある科学者」は建前にすぎず、学者同士の交際範囲や上、下関係など内輪の論理で推薦者を決めている可能性が高い。
10月から会員に就いた浜松医科大学医療情報部の木村通男教授は、「誰が誰を推薦したのか仕組みも含めて選考過程はまったくわからない。今回任命拒否された6人は人文・社会科学分野だが、天野教授のような自然科学分野と違い、業績の評価は難しい。誰が推薦して、会員にふさわしいと選んだのかまったく見えない」と話す。
そして任命拒否によって「学問の自由」が侵されているという見方については、「政府の組織なのだから、首相の任命拒否は問題ない。学問の自由を保障されている大学の自治が侵されているならば学術会議で議論すべきだが、学術会議は学問をする場ではないのだから、学問の自由とはまったく関係ない」と指摘する。
同会議事務局も「日本学術会議が菅首相に学問の自由を認めるように求めているわけではない。あくまで任命拒否した理由と拒否を撤回するよう要望している。会議に学問の自由を保障するような要項等はない」と説明する。
知事の役割は何か
会員名簿には、天野教授だけでなく、今年4月、数学の超難問「ABC予想」の解明を発表、世紀の大偉業と騒がれた望月新一京大教授も見当たらない。つまり、日本学術会議は日本を代表する科学者の機関にふさわしい人選が行われているのかどうか疑わしいのだ。もちろん、「政府組織」の一員となれば、時間を束縛されるため、望月教授のほうから「学問の自由」が侵されるとして、同会議に参加するのを断ったのかもしれない。だとしたら、安保法制や共謀罪など現政府に反対を表明する学者たちが、時間が束縛されて「学問の自由」が侵されるにもかかわらず、「政府組織」の一員に加わりたいと求めるのは自己矛盾に陥る。
川勝知事は、10月16日の記者会見で「私は権限や能力を持った人が間違っているならはっきりと言う。そのスタンスは変わらない」と述べたが、その言葉をそのまま川勝知事にお返ししたい。リニア静岡問題で絶対の権限を有するのは知事であることを忘れているようだ。静岡県知事の役割は県民をあおりたてることではなく、県民のためにリニア問題を早期に解決することである。