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安倍総理の志は死なない!!

拡張工事の中国・渤海造船所、原潜の増産を加速か

(北村 淳:軍事社会学者)
 米国防総省は『中華人民共和国の軍事ならびに安全保障の進展に関する年次報告 2020年度版』などにも記しているように中国潜水艦戦力の増強を危惧している。そんな国防総省そしてアメリカ海軍にとって新たに嫌な情報がもたらされた。
 このほど、民間会社が撮影した衛星写真データの分析によって、中国遼寧省葫芦島の渤海船舶重工造船所(渤海造船所)で大規模な拡張工事が完成しつつあることが確認された。渤海造船所では原子力潜水艦が建造されている。造船所が拡張されることで、中国の原子力潜水艦の造艦スピードがますます早まるのではないかという危惧が強まっている。
米海軍艦艇を待ち伏せ攻撃する中国潜水艦
 アメリカが中国を軍事的に封じ込める場合、あるいは干戈(かんか)を交える場合、西太平洋から東シナ海や南シナ海を通って中国に接近するアメリカ海軍にとって最も恐るべき障害は何か。それは、本コラムでもしばしば指摘している中国軍の接近阻止用長射程ミサイルであるが、それらに勝るとも劣らない強敵が中国海軍潜水艦だ。
 中国海軍は、戦略型原子力潜水艦(戦略原潜:SSBN)と攻撃型原子力潜水艦(攻撃原潜:SSN)ならびに通常動力潜水艦(AIP潜水艦を含む:SSK)を運用している。
 戦略原潜はアメリカから核攻撃を受けた際に核報復攻撃をするための大陸間弾道ミサイルを搭載した潜水艦で、中国に接近してくるアメリカ海軍に対抗するためのものではない。
 対中国作戦に投入されるアメリカ海軍にとって目障りなのは、海中から人知れず米軍艦や米側船舶を攻撃してくる攻撃原潜とSSKである。対地攻撃用巡航ミサイルも搭載している攻撃原潜ならば、艦船だけでなく、グアム島アプラハーバー基地、横須賀基地や佐世保基地をはじめ日本の米軍基地などの地上施設をも攻撃することが可能だ。
 中国海軍は、西太平洋に進出して米海軍を迎え撃つための攻撃原潜(09III型)を6隻運用している。そして東シナ海や南シナ海で、場合によっては西太平洋においても、米海軍艦艇を待ち伏せ攻撃するためのSSK(039C型、039A型、039型、それにロシアから輸入したキロ型)を少なくとも48隻以上は運用中である。
© JBpress 提供 中国海軍の09III型攻撃原潜
© JBpress 提供 中国海軍の039C型と思われる潜水艦
米海軍の潜水艦戦力
 一方の米海軍はSSKは保有しておらず、戦略原潜と攻撃原潜しか運用していない。中国海軍の潜水艦(攻撃原潜ならびにSSK)と対決する攻撃原潜は、やや旧式になりつつあるロサンゼルス級攻撃原潜を28隻、史上最強と言われている(ただし高価すぎてすぐに建造が打ち切られた)シーウルフ級攻撃原潜を3隻、それに新鋭のヴァージニア級攻撃原潜を19隻の合計50隻を運用中である。
 ただし現在のアメリカ軍事戦略では、中国とロシアを主仮想敵に設定し、イランも副次的仮想敵に据えているため、アメリカ海軍は西太平洋や東シナ海、南シナ海といった中国近海方面にだけ戦力を集中させるわけにはいかない。なぜならば、米海軍は中国に対抗するだけでなく、復活を遂げつつあるロシア海軍にも対抗し、イランをはじめとする反米勢力を牽制するために大西洋、インド洋、そして北極海にも攻撃原潜を展開させなければならないからだ。
 米海軍が運用する50隻の攻撃原潜のなかで、現在、太平洋岸の潜水艦基地(ハワイのパールハーバー、グアムのアプラハーバー、ワシントン州ブレマートン、カリフォルニア州サンディエゴ)を拠点としている攻撃原潜は、ロサンゼルス級17隻、シーウルフ級3隻、ヴァージニア級4隻の計24隻である。それらの24隻を、西太平洋から東シナ海と南シナ海にかけて展開する中国海軍牽制用、空母艦隊護衛用(空母打撃群と呼ばれている1つの艦隊を1~2隻の攻撃原潜が護衛する)、北太平洋から北極海にかけての海域警戒用、そしてインド洋警戒用に振り分けなければならない。また24隻といっても、メンテナンス中あるいは修理中の艇は除かねばならないため、実際に作戦出動が可能なのは多くても18隻といったところだ。
技術的に大幅に進化したSSK
 これに対して現在中国海軍が西太平洋方面に展開できる攻撃原潜は6隻であり、米海軍に比べると著しく少数である。米海軍が対中牽制作戦専用に割り当てることができる攻撃原潜は最大でも12隻といったところである。そのため、現時点での中国近海域での攻撃原潜戦力の米中比率は「2対1」と米側が優勢ということとなる。
 しかし、アメリカ海軍はSSKを1隻も保有していない。それに対して、中国海軍は48隻以上を運用中だ。すなわち、SSK戦力の米中比率は「ゼロ対48」ということになる。
 攻撃原潜はSSKより“強い”と一般的には考えられがちであり、かつてそのように評価したアメリカ海軍はSSKを廃止し、全ての攻撃潜水艦を原潜にしてしまった。しかし、近年、SSKも技術的に大幅に進化したため、一概に優劣あるいは強弱を談ずることはできなくなっている。
 そもそも攻撃原潜とSSKの主たる使用目的にはズレがあるし、それぞれの長所と短所を異にしているため、使用目的に応じた数量の攻撃原潜とSSKの双方を運用するのが海軍にとっては理想ということになる。
 実際に過去数十年にわたってSSKを保有してこなかったアメリカ海軍は、最近の優秀な新鋭SSK(たとえば海上自衛隊「そうりゅう型」)を高く評価し、自らもSSKを手にしなければならないという動きも生じている。しかしながら、永らくSSKを建造してこなかったアメリカの潜水艦メーカーでは、原潜は建造できてもSSKは建造できないのが現状である。
エスパー長官の“夢物語”と中国の現実
 上記のように中国近海域での米中潜水艦戦力バランスは、米海軍が攻撃原潜ではかろうじて優位な現状であるが、SSKでは中国海軍が圧倒している。米海軍が日米同盟により海上自衛隊のSSKをすべて指揮下に組み入れることができたとしても、やはり「22対48」と中国側優勢である。
 このような状況を打開すべく、エスパー米国防長官はアメリカ海軍の攻撃原潜急増構想を口にしている(まだアイデアの段階であるが)。すなわち、ジェネラル・ダイナミックス・エレクトリック・ボート造船所とノースロップ・グラマン・ニューポート・ニューズ造船所での潜水艦建造能力を倍増もしくは3倍増させて、今後10年程度で30隻以上の攻撃原潜を生み出して80隻態勢を築かなければならない、というものだ。
 しかしながら、アメリカ連邦議会調査局や連邦会計検査院などの調査によると、アメリカ国内の潜水艦を含む軍艦の建造や修理を請け負っている民間造船所のパフォーマンスは低下しており、現時点でも納期遅れで海軍の行動にも大きな影響が出ている。したがって、エスパー長官の潜水艦建造計画は“夢物語”に近い話かもしれない。
 これに対して、中国海軍の潜水艦建造スピードは確実に加速することが、冒頭で紹介した渤海造船所の衛星写真で明らかになった。
 渤海造船所には、かつては原子力潜水艦建造用建屋が1棟だけ存在していたが、現在は古くからの建屋の倍以上の広大な原潜建造用と思われる建屋が2棟出現している。そのうちの1棟はいまだ屋根で覆われていないため内部構造がある程度判明しているが、明らかに2隻の潜水艦を同時に建造可能な構造になっている。したがって渤海造船所は、最大で同時に4隻あるいは5隻の原子力潜水艦の建造を推し進めるだけの容量を手にすることになる(SSKは武漢市にある武昌船舶重工で建造している)。
 中国海軍が西太平洋から南シナ海にかけての海域での攻撃原潜戦力においてもアメリカ海軍を圧倒する日は、そう遠くはないものと考えねばならない。