Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

香港を完全支配して締め付ける中国のコワモテ組織

黒井 文太郎


2020/10/25 06:00


© JBpress 提供 中国本土で拘束されている「香港12」支持を訴える朱凱迪(エディー・チュー)、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)ら香港の活動家たち(2020年10月20日、写真:ロイター/アフロ)
(黒井 文太郎:軍事ジャーナリスト)
 10月17日、一人の中国人の民主化運動家が香港で記者会見した。香港に隣接する広東省深圳に住む64歳のアレクサンドラ・ウォンさんだ。彼女は2019年8月、香港での抗議行動を咎められて逮捕された経験があった。保釈されてから1年間は香港入りが認められなかったが、それが過ぎたので香港に入り、今回、14カ月ぶりに公の場に登場した。今後も香港に留まり、抗議行動を続けるとのことである。
 しかし、香港ではすっかり中国の支配が強化され、抗議活動はかなり下火になっている。8月23日に香港からスピードボートで台湾に亡命しようとし、海上で中国の海警局に逮捕された12人の若者たちがまだ拘留されており、「香港12」と呼ばれて解放が訴えられているが、中国側に応じる気配はない。
 香港では10月1日にも「香港12」救出を訴える小規模なデモが行われたが、香港警察が拘束・排除に動いた。香港は、もはや中国の完全な統制下におかれ、人々の政治的自由は失われたといっていいだろう。ちなみに、10月17日にはスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんが香港12の解放を訴えるツイートをしたところ、中国外交部副報道官が「干渉する権利はない」と強く反発する事態にもなっている。


中国政府が送り込んだ治安維持のトップ
 中国は香港を支配するにあたって、いちおう彼らなりの法的な手順を踏んでいる。とくに6月30日に、中国支配に反する言動を取り締まる「国家安全維持法」を施行したことが、決定的な転換点になった。その後、民主派勢力をそれまで以上に、徹底的に弾圧する方針を強化したのだ。
 8月10日には、民主派新聞「蘋果日報(アップルデイリー)」社主の黎智英氏、民主派組織「香港衆志(デモシスト)」指導者の周庭氏ら11人の民主派リーダーが国安法違反容疑で逮捕された(後、保釈)。その後も、たとえば9月6日には、その日に予定されていた立法会選挙の延期に抗議する数千人規模のデモが行われたが、うち約300人もが拘束された。民主派の有力議員も逮捕されている。
 こうした香港当局の強権ぶりは、もちろん中国側の意思によるものだ。中国の香港支配の仕組みの詳細は、これまで水面下であまりはっきり見えなかったが、6月末の「国家安全維持法」施行で、より明確になった。
 7月3日、同法に基づき、「国家安全維持公署」と「香港国家安全維持委員会」が設置されるとともに、「国家安全事務顧問」が任命された。


© JBpress 提供 「国家安全維持法」施行によって香港で新しく任命、設置された役職と組織
 国家安全維持公署は、組織上は中国政府・国務院の隷下になる。香港の警察活動の実務は香港政府に指示してやらせるが、その全体を監督する絶対的な権限が与えられている。国家安全維持公署そのものにも捜査権限が与えられている。
 要員は中国の各公安関係機関から集められるが、その主力となるのは公安部で、香港では最上位のコワモテな警察権力組織といえる。
 同署のトップは鄭雁雄だ。共青団出身の党高官で、党広東省委員会秘書長からの転任である。広東省での市長時代に農民の抗議デモに強く対応した経験もある。
 この国家安全維持公署と連携しつつ、実際に香港の警察活動を指揮するのが、香港国家安全維持委員会だ。こちらは議長が林鄭月娥・香港行政長官で、ここが香港の司法・警察部門を指揮することになる。
 ただし、香港国家安全維持委員会には、中国政府から国家安全事務顧問が送り込まれる。つまり香港国家安全維持委員会の名目上のトップは行政長官だが、事実上、その上位にこの国家安全事務顧問が君臨することになるのだ。
 この国家安全事務顧問には、中国政府の香港出先機関である「香港連絡弁公室」の駱恵寧・主席が兼任で就いた。彼はもともと経済官僚から党高官になった人物で、現在は中国政府の国務院香港マカオ事務弁公室副主任、党中央香港工作委員会書記も兼任している。事実上、林鄭月娥・香港行政長官の上位になり、最高位の権力者ということになる。
 なお、香港国家安全維持委員会で実務を取り仕切る「秘書長」も、香港行政長官の推薦によって中国政府が任命する。香港出身の陳国基が任じられているが、彼は香港入境事務処長(入局管理局長)を経ての転身で、同時に香港行政長官弁公室主任にも就任している。彼は中国政府による香港司法・警察支配の事実上の実務統括者となる。
 7月31日、これらの関係者による会議が開かれた。出席したのは林鄭月娥・香港行政長官、駱恵寧・国家安全事務顧問、鄭雁雄・国家安全維持公署長および2名の国家安全維持公署副署長などである。今後もおそらく定期的にこうした会議が開催され、中国当局から香港当局に指示が行われることになるのだろう。
もはや政治運動では覆せない
 ところで、中国側のこうした反民主化の動きに対し、8月7日、米財務省が11人に制裁措置をとった。この11人こそが香港で人々を弾圧している張本人だが、以下のメンバーである。
・夏宝龍 国務院香港マカオ事務弁公室主任
・張暁明 国務院香港マカオ事務弁公室副主任(主任から降格)
・駱恵寧 国家安全事務顧問
・鄭雁雄 国家安全維持公署長
・陳國基 香港国家安全維持委員会秘書長
・林鄭月娥 香港行政長官
・鄭若驊 香港律政司司長(司法長官)
・李家超 香港保安局局長
・鄧炳強 香港警務処長(警察長官)
・盧偉聰 香港警務処前処長
・曽国衛 香港政制及内地事務局長
 このうち最上位は、もちろん中国政府の香港関係の最高責任者である夏宝龍・国務院香港マカオ事務弁公室主任だ。この人物は北京側の統括者である。
 中国の香港支配の権力チャートとしては、まずはこの国務院香港マカオ事務弁公室主任が最上位で、その指揮下で香港連絡弁公室主席兼国家安全事務顧問が現地のトップとして君臨し、香港政府を監督する。公安機関としても、香港警察の上位に国家安全維持公署が置かれ、睨みを効かせる。
 こうした力関係の下で、香港政府の司法・保安機構は完全に統制され、香港市民を抑圧する。中国政府の香港支配の権力構造は、このようになっている。もはや香港の民主派が政治運動でそれを覆すことは難しいだろう。なかでも力で抑えつける主体は国家安全維持公署だが、いわば中国政府の国民監視機関である公安部の、香港出先機関的な役割になる。
 もっとも、公安部は国家安全維持公署が設置される以前から、香港警察をコントロールしていた。公安部で中国国民の監視・統制を担当する「国内安全保衛局」(公安部1局)の管轄で「公安部香港マカオ台湾事務弁公室」が置かれ、その主力が香港に派遣されていた。統括者である主任は、香港警察本部内にオフィスを構えてしばしば滞在し、香港警察を事実上、監督していた。
 2019年に香港警察が民主派デモを暴力的に弾圧した構図は、この中国政府から送り込まれていた公安部香港マカオ台湾事務弁公室主任が、現地当局の香港保安局局長や香港警務処長に指示して行わせていたということだ。こうして降りてくる指示を、林鄭月娥・香港行政長官も拒否することはできないのだ。
 ちなみに、当時の公安部香港マカオ台湾事務弁公室主任は孫力軍である。彼は公安部副部長でもあり、その後、2020年2月から武漢市で新型コロナウイルスのパンデミックへの対応にあたっていたが、4月に突然逮捕され、失脚している。
 孫力軍は公安部の要職を歴任した実力者だが、習近平・国家主席が最近、また公安部の粛清に乗り出している形跡がある。


香港で行われている情報工作
 それはさておき、中国当局が香港に派遣していた実力組織は公安部だけではない。たとえば、人民解放軍の駐香港部隊がある。人民解放軍駐香港部隊は一連の民主化運動に対する弾圧には直接投入されていないが、香港行政長官の要請があれば、いつでも投入が可能となっている。もはや香港行政長官に実権はないので、事実上、中国当局の判断でいつでも投入が可能ということだ。
 人民解放軍駐香港部隊は、党中央軍事委員会の直轄である。同委員会のトップはもちろん習近平・同委員会主席だ。
 駐香港部隊は1997年、イギリスからの香港返還と同時に香港に駐留した。駐香港部隊の司令部は香港島北部にある。数千人が駐留しているが、深圳にも基地があり、いざとなれば香港での増強が可能である。陸軍のほか、小規模ながら海軍と空軍も香港内に置かれている。


© JBpress 提供 香港の民主化運動を弾圧する組織
 もっとも、駐香港部隊そのものは正規の軍隊なので、前述したように民主派弾圧には投入されていない。しかし、中国の軍部が一切、香港の民主派潰しに関与していないかというと、そんなことはあるまい。まず間違いなく軍の情報工作機関が、香港の民主派勢力の内部事情を探ったり、反・民主派勢力を扇動したりといった工作に従事しているはずだ。
 中国軍でこうした裏の工作を担当するのは、党中央軍事委員会の下で軍の活動を統括する参謀組織である「連合参謀部」内の「情報局」というセクションだろう。軍のいわゆるスパイ組織であり、駐香港部隊などとはまったく別のラインで秘密裏に動く。秘密活動だから、もちろん香港でどのような活動をしているか詳細は不明である。
 連合参謀部情報局は、民主派勢力にスパイを獲得するといった工作をおそらく行っている。内部情報をとるだけではなく、たとえば民主派勢力の分断を煽ったり、民主派勢力が香港市民から嫌われるような行動をとるように仕向けたりする工作を行っている可能性が高い。また、民主派デモ潰しに黒社会「三合会」が動いたこともあったが、そうしたダーティな工作に関与している可能性もある。
 香港で裏の活動を行っている中国の秘密機関としては、政府のスパイ組織である「国家安全部」もある。国家安全部は情報工作の専門機関だが、内部部局の「香港マカオ台湾地区情報局」(4局)が、もともと香港に情報網を敷いていた。その秘密のネットワークは当然、民主化運動潰しの過程でも暗躍していたはずである。
 さらに、香港の民主化運動を弾圧する側としては、インターネットでの人々の言論を監視する工作も間違いなく行われている。中国公安部はこの分野では世界最高峰の技術とシステムを持っており、それを香港で応用するなど造作もない。このネット言論を監視・統制するシステムは、まさに自由を弾圧する核心の工作であり、すでにかなり大規模な導入が進められているはずである。


密かに香港に派遣された準軍事組織
 なお、人民解放軍はまだ民主派デモ弾圧に投入されていないと前述したが、他の“治安部隊”がまったく投入されなかったわけではない。「人民武装警察部隊」だ。
 人民武装警察部隊は人民解放軍と公安部の中間のような準軍事組織で、まさにデモ鎮圧や反体制暴動鎮圧を主な任務とする治安部隊である。2019年の香港のデモでは、人民武装警察部隊広東省総隊の一部が深圳支部に集結し、テロ鎮圧の訓練などを盛んに繰り返して香港の人々を脅した。
 それだけではない。実は人民武装警察部隊の一部は、密かに香港行政区内にも派遣され、香港警察の背後でデモ監視も行っていた。今後、人民武装警察部隊から数百人が香港警察に派遣され、常駐することが検討されている。彼らは当然、香港警察より発言力が強く、より厳しい弾圧への圧力となるだろう。
 以上、中国がどのように香港を支配しているかを見てきたが、人々を支配するその手法は、基本的には中国本土で中国当局が国民を支配する手法の延長である。後編では、中国本土での国民強権支配の仕組みについてみていきたい。