Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

リニア資料リーク犯、静岡副知事「わからない」

条件付きながら水利用への影響「極めて小さい」
大坂 直樹 : 東洋経済 記者
2020年11月02日


リニア中央新幹線「L0系」の改良型試験車(撮影:尾形文繁)
ようやく事態が一歩前進したようだ。リニア中央新幹線の静岡工区をめぐる国の有識者会議の第6回会議が10月27日に開催され、条件付きながらトンネル掘削工事による大井川中下流域の地下水量への影響は「極めて小さい」ということが確認された。ここまで達するのに半年もの時間が費やされた。
第1回会議は4月27日に開催された。当初は1〜2週間に1度のペースで集中的に会議を行い、早期に結論を出す予定だった。第3回会議まではほぼ2週間サイクルで会議が行われていたが、その後開催ペースは遅れがちになり、8月25日の第5回会議から10月27日の第6回会議までは実に2カ月以上の間隔が空いた。
なぜ会議開催に時間がかかったのか
第6回会議終了後、有識者会議の事務局を務める国土交通省の江口秀二技術審議官は、会議の間隔が空いた理由について、「委員のみなさんはその分野の一線級の方々なので日程調整が大変だったということもあるが、資料作りに非常に時間がかかった。JR東海から本日の説明用資料が提出されたのは昨日の夜だった」と明かした。
会議の開催に時間がかかった原因はJR東海にあったわけだ。JR東海は今年の春には「リニアを2027年に開業させるためには準備工事だけでも6月中に先に始めたい」と県に要望していた。それを県にはねつけられて、旗印としていた2027年開業が事実上不可能になり、有識者会議の結論を急ぐ必要がなくなったということはないだろうが、リニアの少しでも早い開業を望んでいる他地域の住民のためにも、会議のペースを早めるべきではないだろうか。
この点について江口審議官は「早期開業を実現するためにも、科学的・工学的な議論をしっかりと行って静岡県の利水者のみなさんにご理解いただく必要がある」として、結論を急ぐことは禁物、急がば回れという立場を示した。
とはいえ、2カ月の空白期間をむだに費やす必要はない。JR東海はこの間を利用して自ら大井川の中下流域に足を運んで、地域住民や利水者に説明するという選択肢もあったはずだ。しかし、それをしなかった。その理由をJR東海の宇野護副社長に尋ねると、「流域市町や利水団体にお話しをしたいと思っているが、県から直接話をすることはやめるようにと言われている」という回答があった。
県は、JR東海に地元の理解を求めることが必要と言っておきながら、直接対話を禁じている。この点について難波喬司副知事に尋ねると、「県が(JR東海は)勝手に対話すべきではないと決めたわけではない。流域市町の首長さんたちから“今JR東海に個別に会うのは困る。県が話を聞いてほしい”と要請があったので、それをJR東海に伝えた」という回答があった。


10月27日に開かれた国の有識者会議。前回開催から約2カ月の間隔が空いた(記者撮影)
しかし、流域市町の首長の中には、JR東海に直接会って話を聞きたいという意向を示した人もいたはずだ。この点について難波副知事に再度確認すると、「そうした発言はあったが、あらためて確認すると、今までの方針でやってほしいということだった」と回答した。
思い出されるのは昨年11月のやりとりだ。国交省が流域市町を訪問してヒアリングしていることに対して、川勝平太知事は、「5年前に当時の国交大臣がJR東海に“地元の理解と協力を得ることを確実に実施するように”と求めたのにやらなかったから、今国交省の担当者が回られている。JR東海は反省すべき」と発言、JR東海が地元に足を運んでいないと批判した。
JR東海の金子慎社長は、「知事がそうおっしゃるなら、流域の市町に個別にご説明にお伺いしようと思います」と、流域8市2町に面談を申し込んだが拒否された。これに対して、川勝知事は「8市2町、全会一致というのはすごいことです。僕は正直感動しました」とコメントした。
しかし、流域市町が面談を拒否したのは、JR東海との対話の窓口を県に一本化するという取り決めに基づいたからにすぎない。この状態からまったく変化していない。
非公表資料の出所は?
今年9月10日、静岡新聞は「JR東海の非公表資料が存在することが、9日までにわかった」と報じた。本件の顛末は10月2日付記事(静岡リニア「JR非公表資料」リークしたのは誰だ)に詳しいが、JR東海も本件をめぐる県との文書でのやりとりを10月20日に公開している。
それによれば、JR東海は当該資料を第三者に譲渡、提供しないという条件で県に貸し出したという。なぜ第三者である静岡新聞がコピーを持っているのか。JR東海は9月30日付で県に対し、「当該資料が静岡新聞に掲載された経緯について、ご存じのことはないか」と問い合わせたが、県からの返答はなかった。
宇野副社長は、記者の質問に対して「非公表資料がJR東海から流出したものではないことは確認済みである」と明言している。
では、リークしたのは誰なのだろうか。記者が難波副知事に「静岡県が知っていることはないか」と尋ねたところ、「わかりません」と答えた。「県の専門部会で掲示された資料だ。それを誰かが見たり、写真で撮影したりすることが可能な状況にあった。入手した人がどういう経緯で入手したかは承知していない」。
ただ、専門部会の状況に詳しいある関係者は、「専門部会のホワイトボードに掲示された資料の細かい注記を写真で撮影してはっきりと見えるのだろうか」と首をひねる。また、難波副知事は「JR東海が掲示した資料だ」と説明したが、後日、JR東海に確認したところ「当社が専門部会で掲示したという事実はない」としており、両者の主張は食い違う。
さらに、難波副知事に「本件について調査するつもりはないか」と尋ねたところ、「証人喚問でもするということか。そのようなことまでする問題ではないと思っている」と答えた。県はこの問題について調査する気がないようだが、当のJR東海も深く追及するつもりはなさそうだ。
焦点は犯人探しではなく、資料の公表の方法に移っていた。JR東海は未発表資料は外部に委託した調査の成果物であり、専門性が高く第三者がその一部を抜き出して使用することは、逆に流域住民の不安をあおることにつながるとして、そのままの形での発表には慎重な姿勢を取る。
そこで、難波副知事はJR東海に対して「公表のあり方や方法等についてご再考いただきたい」と説明し、全面公開にはこだわらない姿勢を示した。
結局、JR東海は10月27日の有識者会議で、資料の一部を提出し、説明した。このやりとりから、両者は対立をできるだけ回避し、歩み寄りによる解決の道を探ろうとしているようにも見えた。
地下水量への影響、条件付きで「小さい」
さて、その有識者会議では大きな進展があった。この会議では、トンネル工事による大井川中下流域の地下水の影響について議論が行われた。
県が主催する中央新幹線環境保全連絡会議の専門部会の部会長も務める森下祐一委員(静岡大学客員教授)が、JR東海の説明に対して「説得力がない」と批判する局面もあったが、会議終了後に福岡捷二座長(中央大学研究開発機構教授)は、「中下流域の河川流量が維持されれば、トンネル掘削による大井川中下流域の地下水量への影響は極めて小さいと考えられることが科学的・工学的な見地から確認された」というコメントを文書で発表した。
第5回会議から会議後の座長ブリーフィングに代わって文書での座長コメントが発表されるようになり、文書は委員全員の同意を得て発表されたものだという。第4回会議までは、座長の発言を、後で一部の委員が否定した例があったが、「今回はそういうことはない」と、江口技術審議官が胸を張った。
では、地下水量への影響が極めて小さいことが確認されたことで、工事開始に向け大きく前進となるのか。事態はそう甘くはない。あくまで「中下流域の河川流量が維持されれば」という条件付きだからである。
次回以降の有識者会議でトンネル掘削に伴い発生する湧水の戻し方が本格的に議論されることになっているが、もし湧水の戻し方に難があり中下流域の河川流量が維持されないということになれば、今回の会議は無に帰すことになる。
JR東海の現状の計画では、県境付近のトンネル工事では、先進坑が完成するまでの間は山梨、長野両県にトンネル湧水が流出する。JR東海は「工事期間中に湧水の一部が県外に流出しても、大井川中下流域の河川流量は減少しない」と主張するが、川勝知事は「大井川の水は1滴たりとも他県には渡さない」と譲らない。


記者会見する静岡県の難波喬司副知事=10月2日(記者撮影)
本当に1滴でも他県に水が流れたら、静岡県は工事を認めないのだろうか。「他県に流れる水がこの程度ならOK」という許容範囲はあるのか。この点について10月2日に行われた難波副知事の会見で記者が質問したところ、難波副知事は「最終的にはそういう話もありうる」と述べたあと、こう話した。
「ゼロリスクということはありえない。“1滴たりとも流さない”という確約はありえない。それはゼロリスクだから。では、どの程度だったらいいのかというのは次の段階。今はどの程度の湧水が出るのかが明確ではない。全量戻しなのか、そうではないのかを議論する前に、まずどんなリスクがあるのか、どのくらい水が出るのかを詰めるのが先だ。それを見たうえで次にどうするかを考えないと、“落とし所”は探れない」
難波副知事の発言は、県とJR東海の見解の隔たりの間に「落とし所」があることを示唆している点で、非常に現実的なものだった。しかし、川勝知事は10月7日の定例会見で「金子社長が全量戻すと発言された。これは守っていただく」と、従来の主張を繰り返した。
結論までにどれだけ時間がかかるのか
国がリニアの工事計画を認可したのは2014年10月だ。その前段階で、沿線各地で環境影響評価法に基づく環境アセスメントが行われ、静岡県を含む各都県の知事意見を踏まえたうえで環境影響評価報告書がまとめられている。静岡県はこの時点ですでに大井川の河川流量確保や流域生物生態系の保全を求めていた。JR東海は可能な限り影響を低減すると回答し、工事認可に至った。
だが、本来であれば、現在有識者会議で行われているような議論は環境影響評価の段階で行うべきものではなかったか。もしそこで議論が尽くされていれば、工事認可後に話がここまでこじれることはなかったはずだ。
有識者会議が最近のように2カ月ごとに会議を開催するようでは、結論が出るまでにどのくらい時間がかかるかは見通せない。リニア開業の遅れによって迷惑を被るのは、東京から名古屋まで2027年開業を前提としたプロジェクトの修正を余儀なくされる沿線各地の住民や関係者たちだ。