Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

菅政権には携帯値下げよりやるべき政策がある

規制緩和は大事だが、経済への効果は限定的だ
村上 尚己 : エコノミスト
2020年11月03日


確かに携帯電話料金の引き下げなどは国民にアピール度が高いかもしれない。だが「菅政権はもっと優先順位の高い政策を実行すべき」と筆者は言う(写真:UPI/アフロ)(写真:UPI/アフロ)
菅義偉政権が誕生してから、はや1カ月以上が経過した。政権発足直後から支持率はやや低下したが、依然高い水準を保っている。
菅政権が最も力を入れている政策の一つは、規制緩和(改革)や行政手続きデジタル化など公的部門の改革である。行政の関与が大きい携帯電話の料金引き下げも同様の政策であり、これらは政治家の手で、さまざまな規制をコントロールしている官僚機構を改革することで国民生活を向上させる政策と位置付けられる。「お役所仕事」への不満が大きいのか、これらの取り組みへの国民の期待は高そうだ。
時代遅れで不要な規制が緩和されれば、民間企業のビジネスの足かせが小さくなるケースは確かにありそうだ。政府や霞が関が取り組むべき成長戦略は「有望産業」などのお題目を作り、特定産業に権益を作ることではない。民間企業の創意工夫を邪魔せず、公正なルールを踏まえた市場競争を通じて企業のダイナミズムを引き出して、経済成長をサポートする。その意味で、規制緩和政策はいつの時代も政府の重要な役割である。
ルール見直しによる規制改革の経済効果はわずか
だが、規制緩和がどの程度必要なのかを、客観的かつ定量的に計測することは困難である。そして規制緩和によってどの程度国内総生産(GDP)成長率を高めて、国民経済が豊かになるのかを客観的に示すことも難しい。実際に、個々のルール見直しである規制改革の経済効果はわずかである。
そもそも、規制緩和は、短期的な日本経済の成長率や国民の豊かさには影響しない政策手段で、長期的な経済成長率を規定する供給側に作用する政策である。
通常、1人当たり所得が低い多くの新興国は、政治権力によって企業活動や私的権利が制限されており、規制緩和などの「改革」の効果はかなり大きくなる。一方、すでに市場原理が浸透して、政府による市場への介入が限定的な多くの国は、1人当たり所得が高まり先進国となっている。つまり日本を含めた多くの先進国は、そもそも規制緩和などの経済的な効果は限られる。そして米欧諸国において、規制緩和などの政策が重要な経済政策として掲げられる例は少ない。
ところで、安倍晋三政権が誕生した当初、アベノミクスの3本の矢が掲げられ、成長戦略は3番目の矢に位置付けられた。筆者は政府が成長分野を定める産業政策に対してはかなり懐疑的だが、規制緩和や法人税減税などで経済の供給側を高める政策は妥当だと考える。
そして、「3本目の矢」として成長戦略が位置付けられたのも妥当で、安倍政権は経済政策の優先順位を理解しており、第1、第2の矢である金融財政政策を重視した。総需要不足を解消して2%インフレと完全雇用が定着してから、ようやく供給側を高める規制緩和などの効果が顕在化するからである。
安倍政権は、第1の矢である金融緩和徹底に事実上初めて取り組んだ政権であり、それが原動力となり憲政史上最長の政権が実現した。ただ、2014年以降は第2の矢である財政政策が逆噴射的に作用した。そして、第3の矢の効果が顕在化する「2%インフレと完全雇用」という経済状況が定着するには至らなかった、と筆者は総括している。第3の矢が放たれなかったというよりも、そもそも効果を実感できる経済環境に至らなかった、ことが大きな問題だったのではないか。
TPP推進は成長戦略として高く評価できる
「安倍政権では、成長戦略が不十分だった」という評価が一般的だ。だが実際は「どの程度規制緩和などが不十分だったのか」に関して、説得力がある見解を、筆者はほとんど知らない。
実際には、安倍政権は、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)推進に力を入れたが、これは貿易活動の障害を低下させた意味で、規制緩和と同様の成長戦略として高く評価できる。
また、内閣府が主導して構造改革特区が定められたことで、限定的だが規制緩和が実現した。一方で規制緩和に関しては、権益者への配慮から規制されていた獣医学部新設の経緯が、安倍政権時に政治問題化した。長期政権であっても政治主導で規制緩和を進めることは、大きな政治資源を消費するということだろう。
では安倍政権の経験を、菅政権はどう生かすのか。菅首相自身が、官僚組織を動かすことに長けているならば、規制緩和や市場競争を促す方向に官僚組織を動かす実務能力が高いので、安倍政権より期待できるかもしれない。
ただ、規制改革や官庁のデジタル化を進めて、どの程度経済成長率が高まりわれわれの生活が豊かになるのか。経済的な効果が全くないわけではないが、現在、菅政権が掲げる具体策が実現しても、経済成長率に及ぼす効果は極めて小さいと筆者は評価している。「官庁のデジタル化」や「はんこの廃止」は、時代遅れの官僚組織をようやく他の先進国並みに改善するだけの政策ではないか。
むしろ、菅政権が、規制緩和などを改革の旗印にするのは、分かり易い成功例を作り国民に対してアピールするという、政治的な意味合いの方が大きいのかもしれない。かつて小泉純一郎政権は道路公団や郵便局などを抵抗勢力に見立てたが、こうした意味で規制緩和を進める政治的な動機や効果があるのだろう。
金融財政政策の徹底こそ最重要
FRB(米連邦準備制度理事会)の前議長であるジャネット・イエレン氏は金融財政緩和政策によって経済が過熱気味の状況になる「高圧経済」に関して、2016年に講演した。これは、金融財政政策の有効性に関する重要な論点で、金融緩和によって労働市場が逼迫する経済状況において、効率的な資源配分や企業の生産性向上を後押しするなど、経済の供給側にも好影響を及ぼす経路がある。
筆者は総需要の変動が供給側に及ぼす影響が大きいと考えている。そして、日本のように長期デフレつまり総需要不足が続いた国は、「超低圧経済」となり、それが民間部門の創意工夫を妨げて経済全体の生産性低下を招いた側面がかなり大きいと考える。この供給側への悪影響は、日本のいわゆる岩盤規制の悪影響よりも大きかったとみている。
筆者のこの見方が正しければ、現在再びデフレリスクに直面している日本では、金融財政政策を徹底することが最重要政策になる。これが徹底されてこそ実現する「完全雇用」と「2%インフレ」が定着して、企業の生産性が高まり易くなり、規制緩和による供給側を高める効果が顕在化するだろう。
コロナ禍によって日本経済は厳しい景気後退に陥り失業率が上昇、肝心のインフレ率が再びマイナスに至っている。この状況で何が最重要政策なのか。規制緩和政策などの効果を国民が豊かとして感じることができる経済環境とは言い難いのだから、金融財政政策を徹底かつ強化する余地は大きい。
これを実現させてこそ、菅政権が重視している規制緩和の効果や恩恵を我々国民が実感できるだろう。規制緩和を旗印とする菅政権が、現在の経済環境において金融財政政策を徹底することが優先順位が高い政策であり、そして最終的に旗印である規制緩和によって国民生活を豊かにするために必要なステップだと考えている。