Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

トランプが劣勢の「フロリダ」で大逆転した真因

アメリカを南下して見えてきた知られざる現実
村山 祐介 : ジャーナリスト
2020年11月07日


フロリダ州マイアミの集会で、トランプ大統領を写そうとスマホを掲げる支持者(写真:筆者撮影)
11月3日に投開票されたアメリカ大統領選で共和党のドナルド・トランプ大統領は、世論調査で劣勢が伝えられていた大票田フロリダ州で民主党のジョー・バイデン候補を下し、接戦に持ち込んだ。世論調査が軒並み外れた2016年を彷彿とさせる展開だが、なぜトランプ氏は劣勢予想を跳ね返すことができたのか。アメリカの移民問題に迫った『エクソダス: アメリカ国境の狂気と祈り』の著者で、2019年にボーン・上田記念国際記者賞を受賞したジャーナリストの村山祐介氏が現地からリポートする。
2000年は「法廷闘争」の舞台に
フロリダ州は前回の大統領選で、トランプ氏が11万票(1.2ポイント)の僅差で獲得した激戦区だ。投票日前日の11月2日時点で、政治サイト「リアル・クリア・ポリティクス」が集計した世論調査平均では、バイデン氏に0.9ポイントのリードを許していたが、開票結果では約38万票(3.4ポイント)上回って連勝した。
2000年に共和ブッシュ、民主ゴア両候補が数百票差でせめぎ合い、法廷闘争に持ち込まれたこともある接戦続きのフロリダ州では「圧勝」(地元紙マイアミ・ヘラルド)と受け止められた。フロリダ州を落とすと後がなかったトランプ氏は踏みとどまり、その後の一方的な「勝利宣言」への地ならしになった。
この票差はどこから来たのか。
トランプ、バイデン両氏の得票傾向を67ある郡ごとに2016年と比べてみると、大きな差はほとんどない。そのなかで突出しているのが、最南端の大都市マイアミの南半分をカバーするマイアミ・デイド郡だ。


大群衆に向かって拳を振り上げるトランプ大統領=11月1日、マイアミ(写真:筆者撮影)
この地で前回29.4ポイントも水をあけられたトランプ氏は今回、約20万票も上積みしてバイデン氏に7.3ポイント差まで迫った。この上積み分が票差の大半を占めたことになる。
カギを握ったのは、フロリダ州では4人に1人を占めるヒスパニック票だった。
CNNの出口調査によると、トランプ氏が2016年はフロリダ州で35%にとどまっていたヒスパニック系の得票は今回、50%近くに急伸している。ヒスパニック系の支持が拡大した背景にあるキーワードは「反社会主義」だ。
フロリダ半島南端に位置し、メキシコ湾を挟んでキューバと向き合うマイアミ・デイド郡は、キューバから逃れてきた移民が人口の3割近くに達する。一般に民主党支持傾向が強いヒスパニックにあって、キューバ系は、ニカラグア系・ベネズエラ系などとともに、社会主義国により厳しい姿勢で臨む共和党寄りだった。だが、2016年のときは、移民への敵意をむき出しにしたトランプ氏はキューバ系らの支持を取りこぼしていた。
トランプ氏は、キューバ系を最重要のフロリダ州で支持拡大の余地が残る数少ないフロンティアととらえ、政権発足直後から重視してきた。キューバと国交回復を果たしたオバマ前政権を批判して制裁を強化し、今年9月にも、旅行者によるたばこの持ち帰りを禁止するなど新たな制裁を打ち出した。
一方、昨年10月には、豪華リゾートやゴルフ場を所有するマイアミ近郊のパームビーチにニューヨークから住所を移すと表明し、選挙戦中も「フロリダは私のホームステートだ」とアピール。息子エリック氏、その妻で義理の娘ララ氏ら、トランプファミリー総出で手分けして州内を駆け回った。
「アメリカが社会主義になってほしくない」
ペンシルベニア州から車で約1カ月かけて、大陸を縦断する形で約5000キロを南下してきた私は、フロリダ州タンパに入ってすぐに強烈な違和感を覚えた。
トランプ氏の集会場の外で「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」(MAGA)帽子をかぶった女性4人組に声をかけると、元教師ジニー・サラゴサ(64)は「共産主義のキューバから逃げて45年です。私は1人の男性にではなく、自由と正義のために投票します」。傍らのベネズエラ系女性(45)も「アメリカが社会主義になってほしくない」と、冷戦期を思わせるような口ぶりだったのだ。


トランプの旗を誇らしげに見せる支持者=11月1日、マイアミ(写真:筆者撮影)
支持者のスマホには、トランプ陣営から「投票日の選択肢は2つだ。自由主義世界の誇り高きリーダーであり続けるか、それとも急進的社会主義に転落してアメリカンドリームが破壊されるか」と、政治体制の選択を訴えるメールが連日届く。街角でのインタビューでも、社会主義という言葉が次々に出てきた。
フロリダ国際大のマイケル・ブスタマンテ助教(キューバ現代史)は「キューバ系移民に極めて劇的なトランプシフトが起きている」と語る。「社会主義への恐怖をあおるレトリックが蔓延し、東西冷戦の最悪期を見ているようだ」。
反社会主義という争点は決して目新しいものではない。キューバ系移民たちにしても、バイデン政権になるといきなり社会主義国化すると本気で考えているわけではない。
それでも危機感を募らせるのは、民主党の候補者指名争いで敗れた革新派のバーニー・サンダース上院議員に象徴される急進左派の伸長を感じているためだ。トランプ氏はそこに黒人差別反対運動ブラック・ライブズ・マター(BLM)を機に起きた略奪・暴動、反ファシスト集団「アンティファ」を重ね合わせるイメージづくりを繰り返す。
10月22日の最後の大統領討論会でも、トランプ氏はサンダース氏の名を3回連呼した。バイデン氏は「戦っている相手はジョー・バイデンだ」と切り返したが、サンダース氏の影を印象づける意図は明らかだった。
マイアミ市内のリトルハバナ地区で葉巻店を営むキューバ系メル・ゴンザレス(62)は「バイデン氏はサンダース氏にたくさん譲歩している。私はアメリカがキューバのような道を歩むのを見たくない」と語気を強めた。


「アメリカがキューバのような道を歩むのを見たくない」と語るゴンザレス(写真:筆者撮影)
前回は独立系候補に入れたが、アメリカの社会主義化を阻止するための「極めて大事な選挙」と思い直し、いまでは熱烈なトランプ支持者だ。「キューバ人はみんなトランプに入れるさ。95%だ。BLMやアンティファがアメリカに火をつけ、民主党は社会主義を語っている。狂ってるよ」。
1959年のキューバ革命後に逃れてきた人が築き上げたキューバ系移民社会では、商店やレストランを苦労して経営してきた人が多い。マイアミでも新型コロナで観光客が急減して苦境が続くなか、社会主義の統制経済を連想させるロックダウンを批判し、経済再開を訴えるトランプ氏の主張は響きやすい。
まるで反社会主義の決起集会
投票を2日後に控えた11月1日、深夜の午後11時半にマイアミで開かれたトランプ氏の選挙集会も、まるで反社会主義の決起集会のようだった。前座として登壇したキューバ系のマルコ・ルビオ上院議員が数千人を前に、「ボートに乗って命懸けで社会主義から逃げてきたみなさん。民主党から社会主義が始まるんです」と拳を振り上げた。地元キューバ人バンドが軽快なサルサ調の応援曲「I WILL VOTE FOR DONALD TRUMP」を生演奏してみんなで踊る場面もあった。


コロナ禍でリトルハバナの人通りも少ない=11月2日、マイアミ(写真:筆者撮影)
場が温まったところで、愛国心を高揚させる定番曲「ゴッド・ブレス・ザ・USA」をBGMに、MAGA帽子をかぶったトランプ氏が大統領専用機から姿を見せると興奮は最高潮に。赤い帽子をかぶった群衆が「ウィー・ラブ・ユー」「フォー・モア・イアーズ」(もう4年)と大歓声で迎えた。
トランプ氏は「アメリカを共産主義のキューバや社会主義のベネズエラに変えてしまおうとしているが、そうはさせない」と宣言。「私は自由を求めて戦う誇り高きキューバ、ベネズエラ、ニカラグアの人たちとともにある」と呼び掛けた。
選挙集会に来るのはもともと熱心な支持者なので、集会だけで支持者が増えるわけではない。だが、鼓舞された支持者は家族や知人、近隣に投票を働きかけて票を掘り起こす原動力になる。
コロナ感染から回復したトランプ氏がフロリダ州オーランドで集会を再開した10月12日時点で、「リアル・クリア・ポリティクス」の激戦6州の世論調査平均は4.9ポイント開いていた。だが、集会を重ねるとともに右肩上がりに差を縮め、11月1日には3・1ポイント差までにじり寄った。
それでもこのペースでは逆転には届かないかと思っていたら、2日に2.7ポイント差、投票日の3日には2.3ポイント差まで一気に縮め、猛烈な追い込みを感じさせた。フロリダ州でも、12日時点で3.5ポイントあった差は一時逆転。すぐに再逆転されたものの、2日段階で0.9ポイント差につけていた。
バイデン陣営は「存在感がなかった」
一方、バイデン氏はコロナ禍で活動自粛が続いたうえ、BLMに象徴される黒人問題に視線が向いていたこともあり、フロリダ州での選挙活動は出遅れた。前出のブスタマンテ氏は「トランプ陣営はかなり早い時期からペンス副大統領らがマイアミを何度も訪問し、キューバ系に『大切にされている』と感じさせていた。それに比べて、バイデン陣営はほとんど存在感がなかった」と指摘する。


『エクソダス: アメリカ国境の狂気と祈り』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトへジャンプします)
フロリダ入りしても、コロナ対策を重視して集会をドライブイン方式で開き、事前に招待した支持者しか会場に入れず、場所を知って応援しようと駆け付けた支持者は門前払いになった。
トランプ氏の集会と比べて、支持者に伝わる熱量の差は明らかで、民主党寄りのプエルトリコ系の間ですら熱が高まらないまま選挙戦が終わった。その結果、オーランド近郊でプエルトリコ系が3人に1人に上るオセオラ郡では、2016年と比べてトランプ氏に11ポイント近く差を縮められた。
アメリカでここ数年、移民取材をしてきた実感として、移民には政治的なインタビューを避けたがる人が少なくない。英語を話さない人も多いうえ、マイノリティとして社会的に嫌がらせを受けやすく、滞在資格に不安を抱える人が知り合いにいる場合もあり、目立つのを避けたがる心理が働きやすいためだ。支持者が集まる選挙集会では口が軽くなっても、普段の街角や投票所などで声をかけてもなかなか答えてくれる人が見つからず、苦労することが多い。
物言わぬ「サイレントマイノリティー」の移民たちを突き動かした危機感。それが世論調査泣かせの逆転劇を生んだと思えてならない。