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安倍総理の志は死なない!!

APEC首脳会議で台風の目になる台湾問題

 11月20日、APEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議を初めてオンライン形式で開催する。
 APECは日米中ロを含むアジア太平洋地域の唯一の経済的枠組みであり、今回の首脳会議には、21か国・地域(東アジア、東南アジア、南米諸国など)が参加。3年ぶりとなる首脳宣言採択を目指している。
 2018年は中国の習近平国家主席と米国のマイク・ペンス副大統領の米中対立、2019年は南米諸国で最初に経済協力開発機構(OECD)に加盟した「南米の優等生」、チリの内政混乱による中止で、採択を断念せざるを得なかった。
 今年は、「域内貿易・投資の自由化」を掲げた1994年策定の「ボゴール宣言」(1994年11月にインドネシアのボゴールで開催されたAPECで採択)が期限を迎えるため、新規目標を採択する予定だ。
 デジタル化を柱とした経済成長、気候変動や環境を踏まえた持続可能な成長、さらには貿易投資の一層の自由化を目標に、「APECポスト2020ビジョン」の指針を掲げ、具体的なアクションプランを来年以降に決めることを目指している。
 そして、今回の会議で重要なのが台湾の動向である。
 米中対立が深刻になる中で台湾は中国による「一つの中国」構想から抜け出し、独立国としての地位を築きたいという強い思いがある。今回のAPEC首脳会議はその第一歩となる可能性があるからだ。
 当初、台湾は蔡英文総統の出席を狙っていたとされる。
 台湾の蘇貞昌行政院長(首相に相当)が「蔡英文総統はあらゆる機会で、世界にメッセージを発信し、台湾の存在感を高めたいと願っている」と発言。加盟後約30年ぶりに台湾の総統が出席するか注目されていた。
 これまでにも台湾はAPCE首脳会議への出席を虎視眈々と狙っていた。しかし、一つの中国を掲げる中国が、APEC主催国に対し「台湾の首脳に査証(ビザ)を発給するべきでない」と圧力をかけ、実現を阻止してきた経緯がある。
 ところが、今回のAPEC首脳会議はオンライン開催だ。ビザの発給が必要なくなる。台湾にとっては千載一遇のチャンスとなった。
 実際、10月末には、台湾の複数の民間団体が蔡総統の出席を認可するようAPECの議長国、マレーシア政府に訴えた。
 その中で、台湾の主権や経済の自立性を訴える「経済民主連合」の代表、頼中強氏は蔡総統のAPEC首脳会議参加の正当性を次のように訴えた。
「将来的に、域内の経済統合のカギとなるのは、知的財産権や人権問題など貿易摩擦に絡む紛争解決のメカニズムの構築にある。労働者や環境などの条項をカバーした経済協力協定をAPEC加盟国であるニュージーランドと締結した台湾には、APECに有益な知見と経験がある」
 一方、台湾のこうした動きをいち早く察知していた中国は迅速に対応した。10月中旬、王毅外相がマレーシアを訪問。
 コロナワクチンの優先供給、マレーシアの戦略的貿易品目のパーム油の巨額購入を取引材料に、APEC議長国マレーシアに台湾の参加阻止を求めたとされる。
 マレーシア政府関係者は筆者の取材に対して、「台湾側から打診があったのは事実」としながら、「これまでの慣例に従って台湾総統の首脳会議出席は見送った」と淡々と内情を明らかにした。
 APEC担当省の外務省トップのマレーシアのヒシャムディン外相は、マレーシアがASEANで中国と国交を樹立した最初の国となった当時の首相、ラザク氏の息子で親中だったナジブ元首相の従弟。
 同外相自身も中国とのビジネスで巨額の富を得ているといわれ、中国の意向を汲んだ当然の結果ともいえるだろう。
 結果、蔡英文総統の首脳会議初参加は水に流れてしまった。
 とはいえ、台湾に何も成果がなかったかと言えばそうでもない。
 台湾は、総統の特使として、「台湾の半導体の父」と称される半導体受託製造の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の創業者で前董事長(前会長)の張忠謀(モリス・チャン)氏を派遣することを決めたのだ。
 首脳会議に出席する張氏は、台湾を半導体産業で世界2位の地位に君臨させたアジアの経済界を代表する重鎮として尊敬される存在だ。
 張氏が台湾を代表し、APEC首脳会議に出席するのは今回が初めてではない。だが、中国のファーウェイが米国の制裁対象になっているように、米中のハイテク戦争が激化している中での張氏の派遣はこれまでにない意味がある。
 蔡総統は今回の首脳会議参加の意義と張氏の特使派遣の決定について、次のように明らかにした。
「台湾は第1に、APEC加盟国に台湾が医療エネルギーと防疫経験で貢献したいという意思があることを伝え、第2に、台湾と各国の連携強化を推進し、台湾が世界のサプライチェーンのカギとなる重要な地位を強固にしていく方針を示したい」
 さらにこう続ける。
「アジアの経済界の支柱である張氏は、デジタル産業とテクノロジーの未来において卓越したビジョンをもっている」
「今年は(米中貿易戦争などによる脱中国の現象など)サプライチェーンの再構築が進む節目の年である。張氏の知見を最大限に生かし、将来への提言や方向性をすべてのAPEC加盟国に伝えることは大変意義がある」
 蔡総統が、張氏を再び総統特使としてAPEC首脳会議に送り出した最大の狙いは米国とのFTA(自由貿易協定)締結への基盤づくりにある。
 今年の9月中旬には、米国のキース・クラック国務次官が訪台。蔡総統との会談には、TSMCの張氏も出席した。
 蔡総統が「近年、台米関係は大きな進展があり、今後も信頼関係をより強固にし、双方でさらなる強い基盤を構築することを望む」としたのに対し、同国務次官も「民主的な台湾の立場を支持し、さらなる関係強化を図りたい」と台湾への統一圧力を図る中国を牽制し、台米関係における緊密化を確認した。
 中国の軍事的脅威にさらされている台湾にとって、経済的な自由貿易連携は、国の安全保障の布石をも意味する。
「台湾の半導体の父」と称される張氏が創業した半導体受託製造の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)は、軍事兵器や次世代通信規格「5G」対応ブランド製品、スマートフォン、サーバーなどの最先端品に多く使用され、世界の強豪メーカーをも圧倒する存在感を示している。
 TSMCの売上高の約60%は米国市場、同20%が中国市場で占められているという。
「中国のファーウェイは、すべての先端的半導体でTSMCを使用しているだけでなく、多くの中国企業がTSMCの半導体に依存している現状がある」(米経済アナリスト)
 こうした背景から、中国はTSMCのエンジニアや幹部の多くをヘッドハンティングする一方、TSMCを巡り、米中両国は長年、工場誘致で競合してきた。
 しかし、米国は今年5月、TSMCの誘致をやっとのことで実現させ、TSMCの海外初の最新鋭工場の建設をアリゾナ州に決定。投資額は120億ドル(約1兆4000億円)に上り、米政府が巨額資金を補助する方向で、2024年の稼働を目指している。
 しかも、TSMCが同アリゾナ工場建設計画を発表したのは、米商務省がファーウェイへの半導体輸出規制強化案を発表する数時間前だった。
 マイク・ポンペオ国務長官は、TSMCのアリゾナ新工場が生産する半導体は、人工知能から5G移動通信基地局、さらには戦闘機まで動かすことが可能だと強調。
「米中関係の緊張を最大限利用し、そこから最大限の利益をどう得るか。世界最大手にのし上がったTSMCの企業戦略は、まさに台湾の行く末だけでなく、米中関係に大きな影響力を及ぼす政治的な力をも帯びてきた」(米経済アナリスト)
 日本と中国、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国など15カ国は、11月15日、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)協定に署名した。
 しかし、今回合意に至ったRCEPには、APEC加盟国の台湾や米国が含まれていない。
 こうした中で開かれるAPEC首脳会議に張氏が出席し、次世代通信機器のカギを握る半導体技術で米国との関係強化を他の参加国に見せつけることは、大きな意義がある。
 RCEP交渉で15カ国が合意したことについて、台湾の通商交渉官を務める行政院政務委員(無任所大臣に相当)の鄧振中氏は「台湾が15カ国に輸出している製品のうち、7割がゼロ関税の対象である電子部品などのICT製品で、台湾への影響は限定的だ」との見解を示した。
 その上で、「中国が参加していないTPPへの加入こそが蔡政権の目標だ」と語った。
 米次期大統領のバイデン氏も、RCEP誕生で中国への通商政策への対抗を示唆し、オバマ政権時代、副大統領としてTPPを推し進めた同氏の下、米国のTPP復帰が期待されている。
 台湾と米国が除外されたRCEPの合意に台湾は「大きな影響はない」とし、「日本が台湾のTPP参加を支持してほしい」とも訴えている。
 11月20日に開催されるAPEC首脳会議は台湾を中心に眺めることをお勧めしたい。