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安倍総理の志は死なない!!

中国外相来日「国名なき共同声明」となったわけ

中国政府の対日接近はいつまでも続かない
薬師寺 克行 : 東洋大学教授
2020年12月02日
トランプ大統領のアメリカを例外とすれば、ほとんどの国が中国との付き合い方に神経を使う。一筋縄ではいかない中国相手に硬軟織り交ぜて対応し、余計な摩擦を避けつつ国益を実現しようとしているためで、もちろん日本も例外ではない。
コロナウイルスの感染拡大が深刻化する11月24日、中国の王毅外相が来日し、菅義偉首相や茂木敏充外相と会談した。外務省のホームページを見ると、外相会談の内容は「日中両国が共に責任ある大国として、地域・国際社会の諸課題に取り組み、貢献していくことが日中関係の更なる強化につながることを確認した」などと紹介されている。そして、日中間のビジネスパースンの往来再開や東京五輪成功への協力などで合意した。
懸案の尖閣諸島問題については、茂木外相が「我が国の懸念を伝達し、海洋・安全保障分野について、中国側の前向きな行動を強く求めた」とだけ紹介されており、王毅外相の回答は記されていない。これだけを見ると極めて友好的な雰囲気の会談だったように読めるが、実態はそれほど単純ではない。


日豪会談は国名をぼかして非難
王毅外相来日の1週間前の11月17日、オーストラリアのスコット・モリソン首相が来日して菅首相と会談した。その際に公表された日豪首脳共同声明の内容は、日中外相会談とはかなり雰囲気が異なる。
まず、中国が次々とサンゴ礁を埋め立てて軍事基地化している南シナ海について、少々長いが次のように記している。
「両首脳は、南シナ海における状況に関する深刻な懸念を表明し、現状を変更し、よって地域における緊張を高めるいかなる威圧的な又は一方的な試みに対する強い反対を再確認した。両首脳は、また、係争のある地形の継続的な軍事化、沿岸警備船及び「海上民兵」の危険かつ威圧的な使用、弾道ミサイルの発射、並びに他国の資源開発活動を妨害する試み等を含む、南シナ海における最近の否定的な動き及び深刻な事案に関する深刻な懸念を共有した」
「海上民兵」や「弾道ミサイル」など、非常に具体的に、かつ強い非難のトーンとなっている。上記の引用部分は、南シナ海について書かれている部分の3分の1にすぎず、この先も延々と南シナ海問題が続く。そして、別の項目で東シナ海や香港をめぐる状況への「重大な懸念」なども列挙されている。
いずれも中国を非難していることは言うまでもないのだが、よく読むと共同声明には「中国」という国名が一度も登場していない。南シナ海で起きていることは詳しく書かれているが、非難の対象国はぼかすという不思議な文章になっている。
これは外交文書では珍しくない手法だ、明らかに特定の国を非難していることは読めばわかるのだが、国名を書かないことで、必要以上の対立や摩擦を煽らないという目的が込められている。
だからといって中国政府が黙っているわけもない。直ちに「中国を理由なく非難し、乱暴に内政干渉した」(外交部)と反発した。しかし、国名が盛り込まれなかったことの意味をくみ取ったせいか、中国のその後の対応は日本とオーストラリアとで対照的だった。


経済力を使った手段で豪州に圧力
オーストラリアに対しては2日後の11月19日、駐豪中国大使館がオーストラリア政府にではなく、同国の主要メディアに14項目にわたってオーストラリアに対する非難を列挙した文書を渡した。その内容は「オーストラリアがアメリカの反中キャンペーンに加担している」など、中国がこれまで批判してきたことをまとめたもので目新しいものはなかった。
オーストラリアはもともと、貿易の4分の1が中国相手で、日本以上に中国との経済関係は深い。安全保障面では日本と同じようにアメリカとの間で同盟関係を結び、経済では中国との関係を重視してきた。政権与党が保守の自由党であろうが、左派の労働党であろうが、最近までこうした基本的枠組みに大きな変化はなかった。
ところが2018年に中国系の団体から長年にわたって与野党に多額の献金が渡されていたことや、献金を受け取った一部議員が南シナ海問題で中国寄りの発言を繰り返していたことが発覚し、中国に対する警戒感や反発が一気に広がった。ここからオーストラリアと中国の間で非難の応酬などが続き、2020年4月にオーストラリアが中国発の新型コロナについて中国政府の初期対応などに関する国際的な調査を呼びかけたことで対立が決定的となった。
そうなると例によって中国の「オーストラリアいじめ」は徹底している。オーストラリア産牛肉の輸入停止や大麦などへ高い関税をかけるなど、「エコノミック・ステイトクラフト」と呼ばれる経済力を使った手段を次々と講じ、圧力をかけ続けている。
対するオーストラリアは日米政府が積極的に進めている「インド・太平洋構想」に積極的姿勢を見せ、10月に日本で開かれた「日米豪印」4カ国の外相会談に参加。11月にはインド洋で行われた日米印の共同軍事演習「マラバール」に久しぶりに参加した。いずれも中国に対する強い姿勢を見せるためのものだ。
新型コロナ感染拡大期にモリソン首相がわざわざ訪日し、対面形式の首脳会談に臨んだのも、中国との決定的な対立を前に日本との連携を確認するためだった。それだけに中国の14項目の非難は、中国がオーストラリアに対する強硬姿勢を変えるつもりがないという強い意志を示したことになる。
それとは対照的に、日本に対しては王毅外相が来日し、笑顔を振りまいて帰国していった。中国の狙いは明確だ。米中対立は中国政府にとって頭の痛い問題で、日本への接近は事態打開の糸口になりうるとみているのだ。特にトランプ大統領からバイデン新大統領への移行期は中国が動く好機でもある。日本の外務省幹部によると、「日本側は王毅外相の来日についてあまり乗り気ではなかったのだが、中国側が繰り返し熱心に要求してきた」という。


王毅外相来日を控えていた日本
では日本政府の対応はどうだったのか。日本は伝統的に日米同盟関係を維持しつつ、中国とは経済を中心とする関係を進め、決定的な対立を避けるという方針で臨んできており、それは今も変わっていない。日本が直接関係する尖閣諸島問題などは強い姿勢で臨むが、中国国内の人権問題や香港問題などには深入りせず、それによって決定的対立を避けてきた。
2020年7月に行われたアメリカとオーストラリアの外務・防衛閣僚会議(2プラス2)の際の共同声明では、香港やウイグル問題で中国を名指しして批判している。今回の日豪首脳会談でも、おそらくオーストラリアとしては「中国」という名前を共同声明に入れても問題はなかったが、日本側は王毅外相来日を直後に控えており、直接的な言及は避けたかっただろう。それが国名なき共同声明になったと推測される。