与野党の対立が深刻化する台湾、2025年の展望
米中対立下で来年の選挙へ世論の動向がカギ
小笠原 欣幸 : 台湾・清華大学教授、東京外国語大学名誉教授
2025年01月09日

台湾の頼清徳総統が就任して8カ月。政権支持率は堅調だが、与野党の対立は根深くなっている(写真:Bloomberg)
昨年1月「世界の選挙イヤー」の先陣を切って行われた台湾総統選挙で民進党の頼清徳氏が当選して1年になる。民進党政権が3期目に入ったものの、内政では国会にあたる立法院で与党が過半数割れし、行政と立法がねじれた状態となった。与野党の対立はかえって深まり、世論の支持もほぼ与野党半々に割れ膠着している。
他方、中国の台湾に対する圧力は高まっているが、すぐにでも「台湾有事」にいたるという状況ではない。中国にとって与野党対立で台湾社会が紛糾しているのは浸透工作を進めるのに好都合である。習近平指導部は、まずトランプ政権の出方を見極めて外交舞台でアメリカを牽制しながら、水面下で台湾を追い込むやり方を継続していきそうだ。
頼政権は、米中の動向をにらみながら内政で野党の攻勢に対処しなければならない。2025年は台湾内部の主導権争いが焦点になる。主導権を握った方が2026年11月の統一地方選挙を有利に進め,2028年総統選挙の勝利に近づく。台湾政局は与野党の対立がさらに深刻化しそうだ。
少数与党だが政権支持率は安定
頼政権がスタートした昨年5月からまもなく8カ月が経つ。台湾は韓国と異なり、行政院長(首相)を総統が任命し、国会の同意は必要ない。行政院(内閣)は民進党が引き続き単独で組閣し運営している。
しかし、立法院は最大野党の国民党が攻勢に出て主導権を握った。当初8議席を得てキャスティングボートを握った民衆党に注目が集まったが、同党は国民党と共闘する道を選び、重要採決で国民党に同調している。野党勢力は62議席で与党の51議席を上回る。
野党提出の法案が行政院の反対にもかかわらず次々と可決されている。直近でも中央政府の財源を地方政府に配分する財政の地方分権化法が可決され、行政院は予算のやり繰りに苦慮している。また最高裁判事の指名も立法院で全部否決された。
頼氏の政権運営は厳しい状況が続く。だが、押し込まれて何もできない状況でもない。打たれ強い卓栄泰氏を行政院長に任命したことが功を奏し、経済政策など日々の行政は正常に進んでいる。頼氏の党内基盤は安定し、国営企業トップなどの政府関連人事では強気の姿勢を見せている。
政権支持率も安定している。12月の世論調査で頼総統の支持率は53.4%、不支持は39.2%だった(美麗島電子報)。台湾では総統の支持率は就任半年で下落するのが通例なので悪くない推移だ。
頼氏の得票率が40%だったことを考えれば、むしろ健闘しているとさえいえる。安定した支持率の背景は、野党連合が立法院を主導していることに危機感を持った民進党支持者と一部中間派が政権支持に結集しているからだ。
一方、政党支持率は12月時点で民進党35.8%、国民党22.3%、民衆党11.9%だった(台湾民意基金会)。与党が確かにリードしているが、圧倒的優勢でもない。野党2党を合計した支持率は34.2%で与野党が拮抗。対決法案への世論もほぼ半々に割れている。与野党ともに「民意はわが方にあり」と主張している。
野党は連合、リコールや死刑制度めぐり場外戦も
台湾では藍緑二大陣営(それぞれ国民党と民進党が中心)の対立が20年も続いている。その対立構造の超越を掲げて台頭してきたのが第三勢力の民衆党だ。しかし、いまや同党は国民党と連携し政権与党と敵対関係にある。
党主席だった柯文哲氏が、台北市長時代の汚職容疑で逮捕・起訴されたことも対立に拍車をかけた。民衆党は政権による「政治迫害」だと主張。世論調査を分析すると同党支持者の意識構造は国民党支持者とかなり近い。つまり政権与党への反感を共有し、支持者レベルで野党連合(藍白合)が成立している。
1月1日には柯文哲氏が党主席を辞任。立法委員(国会議員)の黄国昌氏(同党議員団長)が代理主席となった。柯文哲氏は民衆党の「創業者」で象徴的意味は大きいが、同党の野党連合路線は変わらないだろう。同党の支持率は昨年1年間でほぼ半減したが、残っているのは熱心な支持者で支持率は底を打った。今後も10%前後を維持していく可能性が高い。
3年後の2028年総統選挙は再選を目指す現職の頼清徳氏に対し、野党が統一候補を立て1対1の戦いになる可能性が高い。国民党の総統候補を民衆党が支援する形になるであろう。国民党にとってはこの「10%」の民衆党支持者を抱えておく意味は非常に大きい。国民党は民衆党がつぶれないよう側面サポートしている。
昨年1年間で立法院を舞台とする与野党の対立が過熱した。これがさらに燃え盛り、戦いが「場外」に広がる可能性がある。それは罷免投票(リコール)と公民投票(国民投票)だ。
民進党内では、選挙区の基盤が弱い国民党の立法委員に対して罷免投票を仕掛ける作戦が囁かれている。罷免成立後の補欠選挙で6議席を取れば過半数を回復できるという考えだ。この動きが出てきた場合、このままでは野党の行動によって台湾の憲法体制が破壊されるのでそれを防ぐためのやむを得ない手段と見るか、民進党が強引な方法で国会の過半数を回復しようとする党利党略と見るか台湾世論は半々に割れるだろう。
国民党も罷免投票のほか「死刑廃止に反対」の公民投票を持ち出して対抗する可能性がある。台湾では専門家の間で死刑廃止の議論が行われているが、世論は「死刑廃止の流れに圧倒的に反対」だ。国民党は死刑廃止反対でまとまっているが、民進党内は死刑制度を支持する保守的意見と同制度の漸進的廃止ないし形骸化を主張するリベラル意見が混在する。
死刑を多用する中国との差異化を図り、台湾の進歩的価値を強調したいという考えもある。国民党はそこに焦点を合わせる作戦だ。この議題は国民党に有利に展開する可能性がある。
両党ともこうした極端な手段を水面下で検討している。立法委員の任期は保障されているのだから正当な理由なく罷免投票に持ち込むのは禁じ手だ。同様に、死刑を含む刑罰の議論は専門家の議論を踏まえて慎重に検討すべきであり、有権者の感情を煽って公民投票にかけるのも禁じ手だ。
日本であれば、多くの識者・専門家がこのように考えるだろう。いずれも請求の活動をするのは市民団体であるが、政党が動かずには成立しない。両党とも相手に打撃を与えようと必死で禁じ手を打ちかねない状況だ。
頼総統による中華民国強調の影響は?
頼氏は民主化した中華民国の現状を守るという蔡英文路線を引き継いだ。「中華民国と中華人民共和国は相互に隷属しない」と繰り返し述べている。一方、強気の姿勢から変化球も投げる頼氏のカラーも見える。
中国が頼氏を「独立派」と決めつけているので日米の一部に頼氏が台湾独立に向けた動きをするのではないかという見方があったが、頼氏は逆に従来の台湾独立派が打倒すべき対象としていた中華民国を強調する動きを見せている。昨年10月の国慶節関連演説では「中華民国祖国論」という変化球を見せた。
これは国民党の拠り所である中華民国を民進党が抱き込む議論で台湾世論の支持が大きい現状維持に沿って民進党の支持基盤を広げようとする政権戦略である。中国は頼氏の中華民国シフトに対しても「台湾独立の動きだ」として中華民国の国家性を全面否定。それは国民党の議論の空間を狭めることになる。与野党のイデオロギーの陣地争いも注目しておきたい。
中国は昨年、頼氏の総統就任と中華民国(台湾)の国慶節に合わせて大規模軍事演習を2回行った。筆者は2回目の軍事演習時に台湾の新竹市に住んでいた。学生や市民の反応は「またか」というもので大学も街もいつもと変わらない生活であった。
中国は台湾が実行支配する金門島周辺で海警の活動を活発化させたが頼政権は挑発に乗らないよう冷静に対応し、世論も目立った反応はない。軍事的威嚇によって台湾の世論を変えようという中国の狙いは成功していない。
他方で台湾内部への浸透工作は活発に行われている。台湾の国家安全局(情報機関)によると中国が台湾のネット空間に対して意図的に発信したメッセージは昨年1年間で215万件に上るという。それらはFacebookへの書き込みやTikTok、Instagramなどを通じて加工した動画や画像を流して中国の宣伝を台湾に広め、米台関係に打撃を与えようとするものだと分析されている。
また台湾のYouTubeインフルエンサーらを取り込む動きも活発だ。その工作の一端は、中国共産党に協力してきた台湾のインフルエンサーがその後転向して内幕を暴露したことで生々しい実態が明らかになった。中国共産党は台湾で信仰されている媽祖廟の交流や青年交流、町内会交流など各種の民間交流を通じて中国大陸と台湾が「つながっている」意識を台湾で広げようとしている。それが広がることは国民党にプラスだ。
トランプ政権と中国の圧力、台湾世論の動きが焦点
ここで大きな変数になるのがトランプ政権だ。バイデン政権の対中抑止政策と米台関係強化は一定の効果をあげ、中国の統一促進は掛け声だけで実質は進展していない。それがどうなるのか、中国も警戒感をもってアメリカ新政権の出方を見極めるだろう。日本にとっても大きな関心事だ。
中国にとって昨年頼氏が当選したことは非常に腹立たしいが、その後の台湾政治の展開は悪くはない。2028年に民進党を下野させる展望を抱いているだろう。台湾内部の取り込みを図るほうが武力行使よりはるかに安上がりだし、政権交代を起こした後に統一を迫る方が効果的だ。
習近平政権が2027年に4期目に入ればトランプ政権の方が先に終わる。中国は焦る必要はない。2025年も軍事的威嚇と台湾取り込みの「北風と太陽」に水面下での浸透工作を組み合わせた動きになるであろう。
台湾でもトランプ2.0に懸念が広がる。頼政権は先手を打った。昨年末、台湾政府がアメリカから150億ドル相当の大規模な軍備調達を計画していると『フィナンシャル・タイムズ』が報じた。
これに対してアメリカ国防総省の次官に指名されることが決まったエルブリッジ・コルビー氏が「X」で評価するコメントをした。コルビー氏は台湾の防衛努力が足りないと声高に主張してきた人物である。トランプ政権からの防衛費増額圧力がこれで和らぐわけではないが言われる前に動いたことは悪くない。
頼政権としては国民党が防衛予算増額を阻むならトランプ政権の圧力が国民党に向かうように仕向けたいと思うだろう。国民党としてはトランプ政権から「反米」とレッテルを貼られることは避けたい。この攻防も注目だ。
結論としては日本が今年注視しておくべきは台湾世論の動向だ。台湾で親中世論が突然拡大することはない。あり得るのは中国をめぐる論争に疲れて目を背けてしまうこととアメリカへの信頼感が揺らいで中国に妥協するのもやむを得ないという空気が広がることだ。与野党の攻防で世論はどちらに振れるのか、米中関係の影響はどう出るのか、微妙な変化を感度を上げて観察する必要がある。
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