中国で「廃墟ビルばかり」新興企業はなぜ消えた?

中国のスタートアップ投資は「もう終わった」のか
梶谷 懐 : 神戸大学大学院教授 / 高口 康太 : ジャーナリスト
2025年02月28日
今、中国で何が起こっているのか。
過去20年にわたって、世界経済を牽引する存在だった中国経済。特に日本経済にとって、中国は製造拠点としても市場としてもきわめて重要な存在でした。しかし、不動産価格の低迷によって顕在化されてきた、中国経済の悪化。市民の中で不満や閉塞感が広がってきています。
「コロナ禍以降、かつては盛り上がっていた卸売市場に「廃墟ビル」が続出している」と、『ピークアウトする中国 「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界』を執筆した梶谷懐氏と高口康太氏は指摘します。
本記事は、同書より一部を抜粋、加筆・編集してお届けします。
真っ暗なビルの中はほぼ空っぽ
ポストコロナの中国を訪問した際、ダメージがわかりやすい形で可視化されていたのが卸売市場だった。
上海市の七浦路服飾商業街。華東地方最大の衣料品卸売市場で、この場所から中国全土の個人店舗やネットショップに出荷される。
従業員らの仕事は来店した客との商談よりも、宣伝用の写真撮影や梱包発送といったネット販売業務が中心だ。市場を歩くと、女性店員が下着姿をあらわにしつつ、服をとっかえひっかえ着替えながらモデルとして写真を撮っている姿も目にする。
中国紙『文匯報』によると、2018年時点で6500以上のショップがひしめき、日に200~300トンもの衣料品を出荷していたという。大きな袋にパンパンに詰められた衣料品が道端に積まれ、宅配業者の配送を待っている光景は壮観だった。
市場を久々に訪れると、道路に面した部分だけは変わらぬ盛況だったが、ビルの中には全く異なる光景が広がっていた。
2階、3階と上っていくと空きテナントの数が増えていき、ついには一店舗も営業せず電気が落とされているフロアもあった。目抜き通りから少し外れた場所だと、一棟まるまる営業停止したビルもあった。真っ暗なビルの中はほぼ空っぽ、荷物を運び出す時に落とした服がぽつんぽつんと転がっている。まさに廃墟だ。
市場の空きテナントが埋まらない理由
ショップ経営者らは、上海ロックダウンのダメージが大きいと話す。ロックダウン期間中は仕事はできないが、その間も市場のテナント料、従業員の給与は払わなくてはならない。せめてテナント料を減免して欲しいと抗議したが、要求は通らなかった。
国有企業や大手民間企業が運営する市場やモールで、入居企業と直接契約したケースでは減免されたケースもあるようだが、この市場ではテナントの権利が転売されていたり、あるいは半年や1年の契約で借りた後に又貸しされていたりと、貸し手も中小零細個人事業者であることが多い。
大企業ならば中国共産党の要請に渋々従って減免する余裕があるかもしれないが、中小事業者は減免すれば自分たちが破綻しかねない。
テナントが歯抜け状態になった結果、市場運営者はこれではイメージが悪いと、残った店舗を目立つところに集めた。だから上階ほど空きが多かったのだ。中国ではさまざまな業種で、大型ビルの中に卸売店を集めたビル型マーケットが存在している。上海市以外では深圳、重慶、貴陽の各種卸売市場も回ったが、程度の差こそあれ、おおむね似たような状況だった。
これまでならば、テナントに空きがでればすぐに代わりの店が入っていた。商売が上手くいかずに諦めた人も、前払いで借りているテナントを又貸しすれば少しは金になる。なにより、商売をやりたい起業家スピリッツにあふれた人は“無限”にいるため、潰れても潰れてもすぐ次の借り手が出てくる。
海の波のごとく次から次に現れる新規参入者の群れが中国経済のダイナミズムを生み出していたのだが、なぜ今回は市場の空きテナントが埋まらないのか。
ショップ経営者の一人は、零細起業家たちの元手がないからではないかと話していた。コロナ禍における中国の企業支援策は、社会保険料の納付減免や延期、金融緩和と銀行融資の奨励、政府や国有企業の物件に入居していた場合のテナント料減免などだが、零細事業者や個人事業主はほとんど恩恵にあずかれなかった。
この卸売市場では借り手も貸し手も個人で、政府の救済スキームの外側にいるケースが多い。救済を受けられずに資金を使い果たしてしまったため、再起の野心は残っていても今すぐにはどうにもできないのではないか、と。
日本ではお店など中小事業者の起業を促すための政府系融資機関などの制度が整っているが、中国では自己資金でやるか、それとも親戚や友人知人から金を借りるかしかない。
かくして無限に現れるかのように思われてきた、新規参入者がついに枯渇したのである。2024年の民間固定資産投資は前年比0.1%減とマイナスに落ち込んだ。
ユニコーンはどこへ消えた?
大企業も先行きが見えず、投資を躊躇せざるを得ない状況が続いている。2024年1~10月の民間固定資産投資は前年比0.3%減とマイナスに落ち込んだ。今はアクセルを踏めないとの判断が広がっているわけだ。
中国経済のダイナミズムを代表していたスタートアップ投資にも変調が見られる。
2010年代の中国経済が輝いて見えたのは、GDPや所得の成長もさることながら、飛躍的な成長を遂げるスタートアップ企業が数多く誕生したからだ。動画サービスのティックトック、ドローンのDJIなど世界的に有名なブランドも誕生し、ユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場企業)の数は米国に次ぐ世界2位となった。ただ、それは過去の話だ。
大川龍郎「中国ユニコーン企業の伸び悩み」(独立行政法人経済産業研究所公式サイト、2024年)によると、中国のユニコーン企業数は2021年は169社、2022年と2023年は172社とほとんど増えていない。
「中国のスタートアップ投資はもう終わった」と、筆者の友人である中国ベンチャー企業創業者は嘆く。
彼は、誰でも簡単にギターやピアノを習得できる、IoT(モノのインターネット)楽器で起業した。大手IT企業の投資も獲得し、中国のみならず米国や日本にも事業を拡大。以前は世界的な楽器メーカーを目指すと鼻息も荒かったが、再会すると、「中国経済ヤバい、うちの会社の経営もしんどい、どっか買収してくれないかな」と愚痴ばかりこぼしている。
実際、統計を見てもスタートアップ投資は激減している(図5─3)。2021年はコロナを受けてのバイオ医薬品投資ブーム、米国の規制を受けての半導体投資ブームがあったので突出しているが、それを例外とすれば、2017年をピークに減少したことがわかる。
奇想天外なビジネスが生まれにくくなった
しかし、投資金額の減少以上に危機的なのは、投資先となるビジネスが限定されはじめていることだ。どういうことか。
民間ファンドが縮小する一方で、政府引導基金と呼ばれる地方政府が中心となり設立したベンチャーファンドは肥大化した。2023年に新設されたベンチャーファンドでは、出資額ベースで40.6%が政府系ファンドによって占められているほどだ。
企業からすると、資金調達のためには国が定めた重要産業分野にあわせなければならず、事業の自由度が失われる傾向にある。
スタートアップ企業は一か八かの奇想天外なビジネスが多いが、政府系ファンドは公金を浪費したとの批判を恐れ、こうしたビジネスには出資しない傾向が強い。シェアサイクルなどはその典型だろう。
シェアサイクルとはつまるところ、街中に大量の放置自転車を置いて回るようなビジネスだ。通行の邪魔になるとの社会的な面から見ても、大量の自転車という資産を用意しなければならないとの財務的な面から見ても、きわめてリスクの高いビジネスであった。
実際、中国でも先行した大手企業が潰れるなどの混乱が生じたが、今やそのビジネスモデルは世界に広がり、定着している。日本でもシェアサイクルや電動スクーターのシェアリングサービスはすでに定着した感がある。奇想天外なビジネスへの出資を控えると、こうした大きなチャンスを逃しかねない。
悲観論の蔓延は経済低迷の要因
以前は、中国からは面白いビジネスアイデアが生まれると評価し、実際に現地を視察し、そのアイデアを模倣しようという起業家も少なくなかった。
孫正義は米国のインターネットビジネスを真っ先に日本に持ち込んだ経験から、海外で成功したビジネスモデルを日本でいち早く展開せよという「タイムマシン経営」を唱えた。一時期は中国から日本への「タイムマシン経営」が試みられていたが、そうしたダイナミズムは今や見る影もない。
「不動産危機を境に中国社会はまるで別の姿へ」と変わってしまったかのようだ。悲観論は人間の心理や社会のムードに属するが、その蔓延は経済低迷の要因となる。今後も景気はよくならないとの予想のもとに人々が行動し、投資や消費を抑制することで、本当に景気が悪化してしまう。
中国経済の先行きは暗い、その悲観的な予測が実際の未来となる予言の自己成就を招きかねないわけだ。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。