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「ドル安」で高騰したスイスフラン、円はかつての「安全通貨」仲間とどこで命運が分かれたのか?日本は貿易赤字転落、スイスが黒字維持のワケ

ネコウヨ

トランプ政権の相互関税発表以降、米金利急騰とドル相場急落が併存する、さしずめ「ドル凋落相場」とも言える状況が続いている。この中で従前の円安基調も反転したかのように見受けられるが、結局は「ドル売りの割り振りがどの通貨にどの程度、分配されるか」という視点が重要である。

現状に関してアメリカから欧州への資金のローテーションが進んでいるとの評価は多くみられる。実際、為替市場ではスイスフランとユーロが騰勢を強めており、特に過去3年間のパフォーマンスを見るとスイスフランがず抜けていることも明らかである。

確かに、年初来で円は買われているが、かつて安全通貨の2トップと言われていたスイスフランと彼我の差は非常に大きい。



何が2つの「安全通貨」の命運を分けたのか


例えば、今起きているショックと重ねて表現されることが多いリーマンショックを挟んだ金融危機後の局面と比較してみよう。2007 ~2012年の推移をみると、当時の円はスイスフランよりも強い騰勢を誇っていた。

もちろん、ここから政治的要因に駆動される格好で円相場の騰勢が巻き返してくる可能性がないとは言えない。しかし、過去20年余りにおいて安全資産としての円の地位が弱まり、その分、スイスフランに需要が集まりやすくなったという側面は多分に認められるだろう。

少なくとも、ドルの実質実効為替相場(REER)がプラザ合意以来の高水準で推移する状況でもスイスフランスは堅調を維持し、円は下落を強いられたという事実は押さえておきたい。

当然、その差をもたらした要因は何かという議論になる。

日銀とスイス国立銀行(SNB)の政策金利は同水準であるから、金利差の議論はあまり意味を持たない。とすると、需給、物価、政府債務、地政学リスクといった各論に注目することになる。端的には貿易収支の存在を指摘するのが最も分かりやすい。

過去20年程度でスイスの貿易黒字は漸増傾向にある一方、日本は貿易黒字国から貿易赤字国へ転落した。通貨の強弱を比較する上でこの差はあまりにも大きい話である。

自国通貨の急騰があったとしても、時計や医薬品のような高付加価値財を稼ぎ頭としているため、容易に価格転嫁が可能だった経緯が推測される。

なお、スイスの貿易収支に関してはこうした輸出側からその強さを論じられるケースが多いものの、輸入側でも日本との大きな差がある。これは両通貨の物価を比較する中で見えてくる議論でもある。

両国の消費者物価指数(CPI)の推移をみると、例えば2000年代以降を振り返ったとき、日本ほどではなかったものの、スイスも欧州の中ではディスインフレ傾向の強い国ではあった。パンデミック以降に発生したグローバルインフレの局面ではスイスも日本も大きく押し上げられたものの、2022年以降に目をやれば、日本の高止まりに対してスイスは収束が顕著である。

この理由は1つではないだろうが、日本の場合、CPIが押し上げられるときは往々にして資源価格が騰勢を強めていた時期と一致する。



資源価格が上がっても貿易収支が悪化しない理由


この点、両国では輸入における鉱物性燃料比率に大きな違いがあることは見逃せない。

例えば、2024年の輸入に占める鉱物性燃料の比率は日本の20%超に対し、スイスは5%前後と大きく異なる。この点、「資源価格上昇を通じて貿易収支が悪化する」という日本では定番の経路はスイスでは発動しにくい。

そこでスイス国内の電源構成に目をやると同国特有の地形を生かした水力発電が60%程度、原子力発電が30%程度を占めていることが分かる。これに対し、2022年度実績で日本は火力が70%程度、原子力が5%程度、再生エネルギーが20%程度である。火力発電への大きな依存がそのまま石油や天然ガスといった鉱物性燃料依存を高めていることは明らかである。

もっとも、そのスイスとて国全体のエネルギー自給率は30%程度であり、海外からのエネルギー調達に依存している部分が大きいという意味では日本と共通するが、日本の約13%(2022年度)と比較すれば随分ましである。資源小国ながら、自前の地形を生かしつつ、原発も組み合わせることでうまくエネルギー面での輸入依存度を抑制できているという現実が見て取れる。

高付加価値品を主軸としているため、通貨高に直面しても輸出価格引き上げで吸収しやすかったという事実に加え、日本に比べればエネルギー輸入依存度が抑制されているという輸入面の強みもスイスの貿易黒字の増勢を支え、輸入インフレを抑制してきたと総括できるだろう。

そのほか日本の脆弱性として、政府債務の持続可能性は頻繁に指摘されるところである。この点に関するスイスとの差は図を一瞥すればあまりにも明確であり、多くの説明を要しないだろう。

スイスは慢性的な通貨高と上述のような電源構成も相まってディスインフレ気味の状況が続き、だからこそ政策金利は低め誘導が許されてきた。

これに対し、日本は賃金や価格の上昇を抑制するノルム(社会規範)が寄与してきたというのが一般的な理解として流布しつつあるが、一部に「巨大な政府債務残高ゆえに利上げしたくてもできないのでは」という市場参加者の猜疑心があることも否めない。

となれば、中銀の抑制が効いている債券市場はともかく、為替市場にそのストレスが集中して円売り意欲を招きやすいという側面があった可能性は否めない。

また近年、日本に関しては地政学リスクを指摘する向きもある。この点も永世中立国としての緩衝的な地位を貫いてきたスイスに対し、台湾有事というアメリカにとって最大の関心事と言える地政学リスクの当事者にもなりかねない日本という構図にある。

そもそも島国ゆえに有事の際の陸送が使えないため、資源の調達で難渋するという局面も想定される。この論点は上述の電源構成と絡めてやはり円相場を押し下げる材料として作用するように思える。

日本がスイスにならう場合、方策は複数考えられ、紙幅の関係上、ここで描き切ることはできない。しかし、やはり「エネルギー輸入依存度を下げる」という一手について優先順位は高いだろう。

もちろん、スイスの時計や医薬品に相当するような高付加価値財の輸出品を持つ越したことはないが、一朝一夕に実現するような話ではない。短期的な時間軸でスイスから現実的な教訓を引き出すとすれば原子力発電所の再稼働や再生可能エネルギーの導入拡大により原油や天然ガスの輸入をどれほど代替できるかという話にならざるを得ないのではないか。

日本のエネルギー自給率は2022年度でわずか12.6%という先進国でも極めて低い水準にあり、これはOECDでは下から2番目となる。この点、今年2月に政府は、2040年度を念頭に置いたエネルギー政策の基本方針として「第7次エネルギー基本計画」を公表している。

端的に言えば、再生可能エネルギーの導入拡大、原子力発電の活用、火力発電の効率化などを通じてエネルギーの安定供給と脱炭素化の両立を目指す計画とされる。



「強い円」を取り戻す道とは逆方向へ


数字だけを見れば原発再稼働が耳目を引きやすいが、再生可能エネルギー比率を大幅に高め、電力由来の化石燃料消費を削減するロードマップからは「電源構成を多様化せよ」というメッセージが見て取れる。これ自体、至極真っ当な主張であろう。

ちなみにスイスは脱原発政策を採用してきたものの、エネルギー供給の安定性などの観点から、その方針を見直す動きが進んでいる。よりエネルギー自給率が低い日本で原発利用の余地を探るのは必然的な流れである。

より短期的な時間軸に目を戻せば、安全性が確認された既存の原子力発電所の再稼働を政治的にクリアした上で、次世代型原子炉の開発・導入を進めるというのが鉱物性燃料輸入を抑制する効果的な初手になるだろう。燃料に限ったことではないが、まず「海外から購入する財・サービスを減らす」ことで通貨の需給は改善するし、それ自体が通貨の強さを担保する地道な一手となる。

しかし、現実はそうして「強い円」を取り戻す道とは逆の方向に進んでいる。

日米首脳会談の合意に基づき、決してコスト競争力の高くないアラスカ産LNGを調達するための開発プロジェクトに出資を強いられる状況に直面しているのは、関税交渉を軟着陸させるという意味では不可避の選択だとしても、長い目で見れば「弱い円」への道である。これはアメリカからの防衛装備品や農産品の購入を増やす行為も同様である。

現状は「ドル相場の凋落」に賭ける格好でドル売りが進んでいるため、こうした合意事項を円売り材料と解釈する向きは多くない。だが、為替は最終的には需給で決まることは間違いない。日本にとって対米貿易黒字は貴重な外貨獲得源であり、これが関税交渉を経て圧縮されるのだとすれば、スイスフランとの差はさらに開くことになる。