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安倍総理の志は死なない!!

森永卓郎さん(享年67)が最期にたどり着いた「日本人が生き抜くための"答え"」は《さらば!グローバル資本主義》だった

ネコウヨ

森永 卓郎 : 経済アナリスト、獨協大学経済学部教授

2025年05月01日

森永氏が生前行った「一人社会実験」は、「グローバル資本主義」から訣別するためのものだった。

余命宣告を受けてから、「忖度なしの活動」を続け、今年1月28日に享年67で逝去した森永卓郎氏。

氏の最期の書き下ろし原稿と、亡くなる1カ月前に行ったインタビューによる“資本主義の闇”に切り込んだ遺作『さらば!グローバル資本主義――「東京一極集中経済」からの決別』が刊行された。同書は発売前に大増刷が決まるなど、早くも話題を呼んでいる。

森永氏が最期に到達した「日本人が生き抜くための"答え"」とは――。

今回は、新刊の「まえがきに」を再編集のうえ、全文を特別公開する。



これまでの私の日常─ステージ4の宣告を受けるまで


早朝5時─。

私はいつものようにひとりベッドからおき出して、寝息をたてる家人をおこさないように作業着に着替えて家を出ます。

2023年の12月にステージ4のがん宣告を受ける前までの私は、季節によってはまだ真っ暗なこの時間に家を出て、近くに借りている畑で汗まみれになりながら畑仕事をしていました。

着古したシャツによれよれのズボンと野球帽、首にまいたタオル。

もともとタヌキ型の体型でしたから、誰が見てもどこから見ても田舎の農夫に見えていたはずです。自分でもそれでいいと思っていました。

畑の傍らに置いたママチャリに下げた袋には、ペットボトルが約10本。畑には水道がきていないので、家から重い水を持ってこないといけないのです。

快適な畑仕事にあって、唯一これだけが私の重労働でした。

畑のある場所は、西武池袋線の池袋から急行に乗って約30分、下車した小手指(こてさし)駅からは車で約10分、歩けば約30分。

いまは周囲に住宅が建ち並ぶようになりましたが、私がここに越してきた1985年には見渡す限りの畑だった田舎です。

2020年にコロナ禍になって以降、それまで群馬県内に借りていた畑に通えなくなったので、ここに1アール(100平方メートル)の畑を2つ借りて、講演やテレビ出演が減って暇になった時間を使って、毎日農作業に励んできました。

このあたりは、いわゆる「トカイナカ」と呼ばれるエリアです。

都心から車でも電車でも1時間から1時間半。コロナ禍でリモートワークが主流だったときには、週に1~2回は都心のオフィスに出社するけれど、あとは自宅でリモートワーク。大学の授業もゼミも、リモート中心でした。

この生活スタイルなら自宅菜園で野菜もつくれるし、周囲の野山で自然を満喫できる。トカイナカエリアには、そんなサラリーマンや自営業の人たちが多く生活しています。



「一人社会実験」を決行


私はこの畑でスイカ、トマト、ミニトマト、キュウリ、ピーマン、サヤインゲンなどなんでもつくり、親子4人家族で野菜はほぼ自給自足していました。

そもそもここで畑を始めたのは、「どのくらいの広さの畑を耕せば自給自足できるのか?」という「一人社会実験」のつもりでした。

その答えは家族4人ならば1アール。それだけ耕せば、豊富な野菜が手に入る。もちろん備蓄もできますから、大規模な自然災害が発生しても、当面は食べることには困りません。

食料だけでなく、電力も社会実験しました。

自宅の屋上にソーラーパネルを貼って、どれだけの電力が稼げるか。これもほぼ再生可能エネルギーで自給できる、という確証を得たのです。

その結果、家族4人が生きていくために必要な最低限の現金は約10万円で足りることがわかりました。これだけを稼ぐなら、一般の人でもリモートワークでも十分。

あるいは政府がベーシックインカム(基本生活保障制度)を導入して 1人5万円を支給したら、家族4人で20万円になる。6万円支給したら24万円!

トカイナカで自給自足に近い生活をするには、これだけあれば十分です。

そして国民の多くがトカイナカ生活を展開するメリットは、計り知れません。

本書では、その素晴らしいメリットも縷々(るる)展開します。

本書執筆中の2024年12月現在、私は「余命4カ月、次の桜は見られない」とがん宣告されて以降、1年以上生き延びています。

なぜ余命が延びたのか?

医学的な理由はわかりませんが、自分では免疫力が高まったからだと思っています。



ストレスなき、免疫力を高める生活


好きなカラオケも大観衆の前で歌う。2024年11月4日、文化放送主催の「浜松町ハーベストフェスタ─浜祭─」では、芝の増上寺で3000人の前で髙橋真梨子さんの「ごめんね…」を歌い、審査員の伊東四朗さんから「あなたは恥を知らない」というお褒めの言葉をいただきました。

真っ赤な衣装も万全でしたし、声も完璧に出ていました。

あまりにうれしかったので、この調子ならと、来年は松田聖子さんのバラードを歌うと決めて、もう衣装も用意しています。

がん宣告を受けて以降、私はやりたくない仕事は一切やっていません。

言いたいことは誰にも忖度せずに言う。書きたいものは書く。書いておかなければ死ねないものから書く。

前から書きたかった、イソップに対抗する大人向けの寓話も書いて出版する。

日本の最大のタブーである財務省に対しても、しっかりと持論をぶつける。財務省のエリートの天下りの実態もズバズバ言う。

普通だったら闇に葬られていたかもしれません。

かつて財務省に敵対的な姿勢をとった中川昭一さんは、泥酔記者会見をやらされたあげく不審死を遂げました。元財務官僚で消費税減税を訴えた国民民主党の玉木雄一郎さんは、ある日突然不倫報道をおこされて、「党役職停止3カ月」の処分を受けました。

けれど私のところへは、いまのところヒットマンは現れていません。なぜなら私には、強烈な切り札があるからです。

それは「いまにも死にそうなこと」。

元気なやつは殺しに来るけど、いまにも死にそうなやつは誰も殺しに来ない。

だから本書も書けて、この国の喫緊の課題でありながらちっとも進まない「地方創生のまやかし」を訴えることもできる!

本書で私は、すべての都市生活者に訴えます。

生き方と働き方をリセットしよう!

グローバル資本主義に搾取されている「つまらない仕事」から逃れて「真の労働の悦び」を取り戻そう!

自分で生き方を選択できるトカイナカで生きよう!


 
それができるか否かに、「都市生活者の幸せがかかっている」からです。

そう書きながら、私の全身にとりついた末期がんは、表現しきれないほどの痛みを与えながら転移を繰り返しているようです。



満身創痍、末期がんの苦しみとともに


本書執筆中の2025年1月現在、私は所沢駅から週に2回、夕方の電車に乗って都内へ向かいます。

その夜は八丁堀にある仕事場マンションのソファーに寝て、翌朝6時からラジオの生放送に3本出演。TBS、文化放送、ニッポン放送を回って、その後クリニックに行って医師の診察を受ける日々。

そうやって、もう2023年の12月から1年以上にわたり、月に13冊の本を書いたり寓話を書いたり人前でカラオケを歌ったりしながら生きています。

もちろん私はいつ死んでもおかしくない。本書が絶筆になるのは間違いない。

それでもこのことだけは言いたい。

グローバル資本主義にとりこまれた人生は、「生きながら死んでいる」ようなもの!

生きているなら、真実を見極めよう!

生きているなら、自分の意志で「好き」と「嫌い」をはっきり言おう!

生きているなら、自分自身の幸せを追求しよう!


 
私の生きた証を、本書にすべて書き尽くします。

2025年1月21日 森永卓郎

その後森永卓郎さんは原発不明がんのため、1月28日午後1時33分、ご自宅で逝去されました。

享年67。

謹んでお悔やみ申し上げるとともに、ご冥福をお祈りいたします。

本書は2024年12月に数度のインタビューを繰り返し、多くの資料と原稿を森永さんご自身からご提供いただいたうえで、神山典士が構成・執筆しました。

それ以前から森永さんには、2020年のトカイナカハウス設立時のインタビュー(『トカイナカジャーナル』掲載)や、2022年の拙書『トカイナカに生きる』(文春新書) 発刊時の記念パーティーへのご出席など、何度もご縁をいただき、お世話になりました。

本当に最期まで見事な生きざまでした。その遺志をしっかりと引き継いで生きたいと思います。

ありがとうございました。




















































































































































神山典士