「令和のコメ騒動」の"元凶"は農水省にあり!彼らが直視しない《コメ不足》深刻化のメカニズム

いまだ収束の気配が見えない「令和のコメ騒動」。その問題の本質はどこにあるのか。取材歴40年のベテラン農業ジャーナリストがコメ不足の現実を前後編に分けて掘り下げる。
前編:もはや"主食"とはいえないのになぜ固執?「令和のコメ騒動」がこれほどまでに長期化している3つの理由
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「1年間で価格が2倍になったのはなぜ?」
令和のコメ騒動で、最初からつきまとった疑問はこれだ。素朴な質問に対して、納得できる説明を農林水産省ができなかったことが不透明感を強め、混乱に拍車をかけたと筆者は見る。
コメの値上がりが始まったのは2023年産米の出回り末期。つまり2024年の春先からだ。農水省が調べるコメ相対価格(玄米60キログラム当たり)は2024年2月に1万5303円の安値からじりじりと値を上げて、8月には1万6133円になった。
「新米が出れば値段は落ち着く」という農水省の度重なる説明は裏切られ、2024年産新米の相対価格は9月に2万2700円でスタートし、今年4月には2万7102円まで上昇。1年前の75%高となった。小売価格は値上がり幅が大きく、スーパーの店頭価格は5キログラム当たり4000円を超し、1年前の2000円水準の2倍になった。
農水省はコメの需給が逼迫していることが明らかだったにもかかわらず、2024年産の主食用コメの収穫量が前年に比べて18万2000トン増えて679万2000トンになったとして、「数字の上では需給は均衡している」との姿勢を崩さなかった。
農水省は「流通目詰まり論」に固執
その代わりに持ち出したのが「コメが流通段階で滞留している」という目詰まり論だ。高値になることを見越して、農家や流通業者、新規参入業者が少しずつ手持ちを増やし、結果として市場に出回るコメが薄くなったという見方だ。
正確な需給状況を把握していれば、目詰まりなどと意味のないことを言う代わりに、早めの備蓄米放出などの手を打てたはずだ。筆者は農水省自身がコメの需給を見失っていたと考える。いくつか理由がある。
1つがコメ需給のわかりにくさだ。
市場で価格が決まる野菜や畜産物などほかの農産物と違って、コメは政府の統制色が色濃く残る。食糧法は「政府は、米穀の需給の適確な見通しを含む基本指針を策定し、これに基づき、生産調整の円滑な推進や中期的観点に立った備蓄の運営等により、全体需給の調整を図る」と定めている。
ポイントは、需給の見通しを農水省が決めて関係者に示すという仕組みにある。農水省の官僚が調べた収穫量や在庫など需給を示す数字を、専門家で構成する関連の審議会に示し、お墨付きを与える立て付けだ。だが、それが機能しなかった。
そもそもコメの統計は複雑だ。コメ需給の基礎となる年度が複数あるのが一例だろう。農水省の説明には、米穀年度(11月から翌年10月)、基本指針で検討する需給見通しの年度(7月から翌年6月)、政府の無税輸入(ミニマム・アクセス=MA米)や政府予算の年度(4月から翌年3月)などが混在している。
しかも、コメ需給の基礎となる重量は玄米が基本。消費者になじみがある精米は、玄米に約0.9をかけてはじき出すが、MA米などは玄米と精米が混在するため、ごっちゃで統計を表示するときもある。
需給を把握する柱の1つであるコメ生産の統計もわかりにくい。昨年の日本のコメ生産量は734万5000トンだが、コメ需給の計算に用いられるのは主食用の679万トンだけ。残りは米粉やみそなどへの加工、輸出、備蓄米、飼料米などに仕向けられる。これとは別に「くず米」と呼ばれるものも流通し、相場によって加工用に回ったり、主食用に混ぜられたりすることもある。
コメ不足を報じるジャーナリストの中で、この仕組みを理解できている人はほんの一握りだと思われる。正直に言えば、何回か直接説明を受けた農業ジャーナリストの私もわからないところがある。
審議会の実態はさながら「横綱審議委員会」
こうした複雑な方程式に当てはめて計算した需給見通しを専門家に諮問してチェックしてもらう段取りだが、これも機能していない。かつて審議会でコメの需給見通しを検討した委員の1人は、次のように実態を説明する。
「審議会の直前に農水省が数字を示して委員に説明するが、複雑で理解できない人が大半だ。私も理解できないことが多かった。(素人が多い)相撲の横綱審議委員会と同じだよ。結局は官僚主導だ」
この人は商社で世界の穀物取引を長年担当し、業界で生き字引のように尊敬されているが、それでも難解だったと振り返る。官僚が示す数字を実質的に審議することはできないのであれば、形を整えるだけの仕組みといえるだろう。
筆者を含めて多くの専門家や農家が疑っているのが、需給見通しの土台となる収穫量の数字だ。農水省の統計情報部はさまざまな説明文書で「収穫量は正確だ」と主張してきた。
しかし、江藤、小泉両農相の下で数十万トンの備蓄米が市場にじゃぶじゃぶと放出され、ようやく品薄感が薄れてきたのを見ると、目詰まりではなく単純に収穫されたコメが少なかったと考えるほうが合理的だ。
詳細は省くが、自治体や農協、農水省などが把握できない零細規模のコメ農家がひっそりと脱落した、高温障害が想定以上にひどかった、人手不足の大規模農家のコメ収量が悪かったなどの複合的な要因が絡み合って作柄が低下し、供給量が減ったとみている。
統計情報部は人員削減の中で調査する力量が低下している。実際の現場で進行するコメ減産を調べきれなかったと考えるべきではないか。
官僚による需給見通しでいちばん困るのは、自分たちのミスを認めないことだ。農水省が唱える目詰まり論に批判が集まった3月末、「米穀の生産者・小規模事業者の在庫数量等に関する調査結果(令和7年1月末現在)」を公表した。従来よりも在庫調査対象を広げ、どこで目詰まりしているのかを明らかにする意図だったが、結果的には空振りとなった。
ミスを決して認めない官僚
しかも、調査は信じられないほどずさんなものだった。
第1に、調査の前提がおかしい。報告書は調査の背景(目的)として次のような説明をしている。
「令和6年産米の生産量は、令和5年産米に比べ増加している一方で、農林水産省が毎月調査し、公表している集荷業者の集荷数量や民間在庫量は前年に比べて減少し、在庫が分散していることで円滑な供給に滞りが生じている状況となっています」
多くの人が疑問に思っているコメの収穫量は正しいと強弁し、農水省が固執してきた目詰まり論を前提にして調査を組み立てたのだ。本気で米価上昇の原因を探るのなら、自分たちが間違っている可能性を含めて検証するのが当然だが、「自分たちは間違っていない」と初めから宣言したようなものだ。
そんな調査が信頼されるわけがない。最近のテレビ局などの不祥事後始末に倣って、第三者委員会に依頼したらどうか。
第2には、計算方法がおかしい。怪しいと疑われている収穫量を前提として生産者段階の在庫数量をはじき出している。それでは収穫量が正確かどうかは検証できないのは当然だ。
アメリカの仕組みは異なる。同国農務省は毎月、穀類在庫と収穫量などを発表する。輸出や用途別の出荷数量などを厳密につかんでいるから、正確な在庫量を把握することが可能だ。
在庫量の数字につじつまが合わなければ、実情に合わせてさかのぼって収穫量の数字を修正できる。実際に今年1月に農務省が発表したトウモロコシの需給見通しで、2024年産の収穫量を前月発表よりも引き下げたのが一例だ。日本のように、在庫量を調べるのに収穫量を基準にしていたら、絶対に収穫量を見直すことはできない。
インド政府はこの春、小麦のオンライン在庫報告を国内業者に義務づけた。毎週金曜日に卸、小売り、貿易、加工業者は政府の報告サイトへ情報を入力する仕組みだ。報告サイトでは腕を組んだナレンドラ・モディ首相が「ウソつくなよ」とばかりに、画面からにらみつけてくる。
同国は1億トンの小麦を生産し、500万トンを海外に売る輸出国だ。それでも、自国の食料供給に不安があれば、躊躇なく在庫を調べる。需給の基本は正確な在庫情報を知るのが基本。インド政府の政策は理にかなったものだ。
今になって問題が噴き出した理由
30年続いた需給の緩和で、コメはいつでもどこでもどれだけでも手当てできる商材になっていた。農水省の需給見通しが多少間違っていても、市場にコメがじゃぶじゃぶと余っている状態なら問題にはならなかった。
しかし、想定以上にコメ生産が脆弱となった今日、需給のバッファー(緩衝帯)が小さくなり、農水省の見通しの甘さで問題が噴き出したということだろう。
コメ農家の退場は続いている。米価は上がったが、高齢化や先行きの不透明さからコメ生産が回復するかどうか、予断を許さない。
小泉農相は6月半ばの現地視察の場で、実態とずれていると批判の多いコメ収穫量などの統計データの見直しについて「現場の感覚に近づいたものにする」と語った。その後、2025年産米から「作況指数」を廃止、10アール当たりの収量を前年産と比較して示す方針を明らかにした。
感覚に近い作況(作柄)ではなく、実際の収穫数量を重視する姿勢は評価できる。しかし問われているのは、どこまで正確な数字を得られるかだ。持ち前の馬力で官僚を説き伏せ、納得できる需給見通しを作る改革を進めてほしい。
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