Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

第五回 できるだけ多くの人が幸せになれる経済を目指して

ネコウヨ

~経世済民(けいせいさいみん)のすゝめ~

 

 いよいよこのスレッドも最終回となりました。

 最後は消費税から少し離れて政治と経済について考えてみたいと思います。

 そもそも“economy”は、産業革命前後のイギリスやフランスに始まります。産業革命で儲かった資本家が、どうしたらその儲けを最大化できるかを考えたのが始まりです。

 19世紀中盤にはマルクス経済学が現れ、どうしたら資本家の儲けを労働者階級が奪えるかについて論じ始めます。

 前者を実現するための政府が資本主義国の政府であり、後者を実現しようとする政府が社会主義(共産主義)国の政府です。

 歴史をたどれば、まず社会主義国が「プロレタリア(労働者)独裁」を掲げてロシア革命(1917年)でソヴィエト連邦を建国しますが、結局は単なる独裁国家に成り下がります。ソヴィエトの衛星国家(東側陣営)の離反を招き(ポーランドの連帯運動、ベルリンの壁崩壊と東西ドイツ統一)、最終的にはソヴィエト自身も1991年には解体します。

 これによって競争相手を失った資本主義国では「自由主義」や「グローバル化」の美名のもと、一部の金持ちがさらに富を増やす一方で、国民の大多数が貧困化するという一部の金持ちのための政府へと変貌します。極端な貧富の差は社会不安のもととなり、地域紛争も激しさを増しています。これが現在の世界情勢なのです。

 日本の経済は、このような世界史の流れとは一線を画してきました。そもそも「経済」という日本語は明治維新によって生まれました。福沢諭吉先生が“economy”の訳語として「経世済民」という言葉から造り出したのが、「経済」という言葉なのです。

 経世済民とは、世を治め民を救うという意味なのです。経済は、権力者や金持ちといった一部の人のためにあるのではなく、国民全体の幸せを実現するためにあるのです。そして、これを実現すべく政治を行うことこそが「政府」の名に値するのです。

 確かに、競争は必要です。競争は人々の創意工夫を呼び覚まし、技術革新の原動力となります。しかし、勝者と敗者の差があまりに大きなものとなると、人々は絶望して社会不安が広がります。競争により活力を生み出しつつ、極端な格差を生み出さない。そんな社会の実現が、経済のもっとも適切な「解答」なのではないでしょうか?

 このような社会が本当に実現可能なのか?長く維持するためにはどうしたらよいのか?残念ながら私自身も確実なことは言えません。しかし、やりがいのあることであると思っています。

 できるか、できないか?それはこの際問題ではありません。

 やるか、やらないか?それだけです。

 

 

特に参考としたものとして以下の書籍とブログを挙げておきます。興味のある方はぜひ読んでください。

 高橋是清  「随想録」「経済論」

 三橋貴明  「国富新論~奪い合い経済からの脱却」

       「新世紀のビックブラザーへblog」

 MGRブログ「のんびりネトウヨの日ノ本会議場」

 山本博一  「日本経済が頂点に立つこれだけの理由」














































       「ひろのひとりごとblog」