鎌倉殿ブームの中、日本経済復活を任せるならどの武将?

ビジネスパーソンが歴史上の人物を「推す」のには
理由がある
『鎌倉殿の13人』が大ブームです。源頼朝を中心とした源氏政権の話かと思ったらさにあらず、ドラマの初期に活躍した片岡愛之助さん演じた北条宗時が語ったとおり「東国を坂東武者の国にする」というビジョンがドラマの中心テーマ。北条を中心とする、源家抜きの合議制武家社会がこの後確立されていきます。
さて、ビジネスパーソンはだいたいの場合、いい年齢になってくると歴史上の武将や偉人に「推し」が生まれます。これは間違いないですよ。60代、70代の経営者に「あなたの好きな歴史上の人物とその理由は?」と尋ねたらほとんどの人が最低60分、熱く思いを語ってくれるものです。
鎌倉殿の主人公である北条義時は、これまであまり脚光が当たってこなかった人物ですが、今回の鎌倉殿ブームで、ちょうど今、中高年ビジネスパーソンからの「推し」が増えてきている状況でしょう。小栗旬演じる義時が、組織の中で巻き込まれながら方向性や目的意識の違う御家人たちを根回しや目配りで統率していく力量は、いかにも老練なビジネスパーソンが好みそうなスペックです。
歴史上の偉人には
ビジネスパーソンの理想が詰まっている
一方で、大泉洋さんが演じる源頼朝はこれまでで言えば歴史上の不人気キャラだったのですが、今回のドラマで一部の経営者の支持を得そうです。
その理由は「冷酷になすべき意思決定を断行していく」彼のスタイルです。経営というものはきれいごとでは進まないことを嫌というほど知っている経営者にとっては、視聴者が「ドキっ」とするようなブラック頼朝ぶりを見て「これは当然の人事だろう」と冷たく相づちを打つのです。
一部のベンチャー経営者の視点では、菅田将暉さんが演じた源義経も注目キャラだったかもしれません。なにしろ戦略論とイノベーションのどちらにも優れています。
一の谷の戦いでは、敵の守りの手薄な崖上からのルートを選んで奇襲し、壇ノ浦の戦いでは漕ぎ手を射るというそれまでの戦いにはなかったイノベーションで平家を滅亡に追い込みます。一方で空気を読まない自由さも、少なくともベンチャー経営者にとっては自身のロールモデル足り得るキャラ設定だったのではないでしょうか。
さて、このように「鎌倉殿時代」の「推しキャラ」をあらためて考えてみると、実は私には圧倒的な推しキャラ・推し武将がいます。
もっとも『鎌倉殿の13人』では、さほど活躍できずに退出した嫌われキャラ。それが松平健さんが演じた平清盛です。
ビジネスパーソンが歴史上の人物を「推す」場合の理由にはいくつかのパターンがあります。「部下を引きつける魅力」「時を待つ忍耐力」「地味だが圧倒的な実務能力」「補佐役として実は不可欠な人物」「逆境に追い込まれたときのゆるがぬ決断力」などが典型的なパターンです。歴史上の人物に、ビジネスパーソンの誰もが「こうありたい」と思う姿を重ねているのです。
中でも、「時代の変革者である」という理由は、一番人気の推し理由ではないかと思います。
というのも、この「時代の変革者である」という理由に当てはまる日本史上の人物といえば織田信長、坂本龍馬、聖徳太子、平清盛の4人しかいない。
そのうち織田信長と坂本龍馬は、「経営者が選ぶ日本の偉人トップ100」企画をすればおそらく確実にトップ3に入るのです。さらに第三の男・聖徳太子は一万円札の代名詞として、年配の経営者は大好きです。
鎌倉殿ブームのさなかなれども
私が平氏の「推し」である理由
そう考えると「時代の変革者である」4人の中で、唯一圧倒的に不人気なのが平清盛です。そもそも、その業績が日本人にほとんど知られていない。「おごりにおごった末に滅んだ人」ぐらいに間違ったイメージでとらえられています。
実際は一族が権力を握った後に一気に滅亡したからそう思われているだけで、平清盛は当時の日本の改革者でした。
それまでの平安時代の世は、農業に過度に依存した後進国と言っていい時代でした。疫病と飢饉が重なるたびに京の町は荒れ果ててしまう。
そこに、清盛は「宋との貿易」という二つ目の経済の柱を打ち立て、宋銭を流通させることで貨幣経済を誕生させました。莫大な財力を背景とした瀬戸内航路の整備事業で巨大な宋船が神戸まで運航できるようになり、宋からの漢方薬によって医療事情も良くなりました。
それまでの宋との貿易は、博多の宋の商人が利権を牛耳っていた、あくまで中国側が儲かるビジネスでした。清盛が神戸の大輪田の泊を新しい日本の入り口とし、日本側の貿易窓口を平氏が牛耳ったことでビジネスの構造が変わりました。ここが、平清盛が構想した「日本を貿易立国の国へと変える大きなチャンス」だったのです。
しかし、直後に平家が滅亡したことでその後の時代は私貿易・密貿易にとどまり、日本の本格的な貿易立国は、明治政府の樹立まで待たなければならなくなったのです。
『鎌倉殿の13人』では、片岡愛之助さん演じる北条宗時が夢見た東国武士の世を、小栗旬さん演じる義時が確立させることで、この後、日本は東国の時代を迎えます。
鎌倉政権の後を栃木(下野)出身の足利政権が継ぎ、戦国の世を経て愛知(三河)出身の徳川政権が長期安定政権を打ち立てます。
ちなみに、「関東」という言葉の語源である東国との境となる関所は、東海道の場合は鈴鹿の関がそれにあたり、三重県東部から東は「東国」ということになるわけです。
織田、豊臣は愛知(尾張)出身、北条は伊豆つまり静岡出身ですが、それを含めて鎌倉以降の政権は長く東国支配が続きます。それが薩長同盟による明治維新で久しぶりに西国からの政権が誕生するわけですが、明治維新の立役者は下級武士だったことで、政権は東京から動かず現在に至ります。
もしも平清盛に
日本復活を任せたら?
さて、現代のビジネスパーソンは歴史上の人物に「推し」があるという話をしましたが、実は私は、平清盛推しからのインスピレーションでの「2020年代の日本経済復活」を構想しているので、その話を少しさせてください。
2年前に『日本経済予言の書』という本を書いたのですが、とにかく私の予言は悪い方に当たる癖があります。この本では「アフターコロナにスタグフレーションが襲う」と書いたのですが、実際、2年たってみれば原油高・小麦高・円安のトリプルパンチがさく裂して、不況下でのインフレが現実化しています。
『日本経済予言の書』のプロモーション動画では、「本に書けなかった最悪のシナリオは?」という質問に対して「世界的紛争が起きることです」と答えました。これはYouTubeで今でも確認できるのですが、この予言も現実化しています。今年の正月に「オミクロン株の最大リスクは中国のロックダウンだ」と書いていますが、これも日本一早い予測でした。
この「悪い予言がよく当たる」という作風は実は読者の深層心理としては不評で、『日本経済予言の書』について日本中で講演をしたのですが、どこに行っても「どうしたら日本が良くなるかも語ってくれ」と何度もリクエストされたものです。
それでこの6月に、『日本経済復活の書』という解答編を出すことにしたのですが、そのときの復活の切り口のひとつが清盛推しからの「西国論」です。
実は、今の日本の人口を東国と西国に分けてみると東国が約7900万人、西国が約4800万人と圧倒的に東国の方が栄えています。ちなみに中部、関東、東北、北海道が東国で、近畿、中国、四国、九州、沖縄が西国とした場合の数字です。
歴史的に見れば鎌倉以降も西国には毛利氏や大内氏、島津氏など有力な大名がいて、それぞれ面白いことをしているのですが、これが日本史の教科書にはほとんど出てこない。日本はすっかり東国の国になってしまったわけですが、裏を返すと西国には発展の余地がある。ここが西国論による日本経済復活の基本視点です。
日本が復活できない最大の理由は
少子高齢化による人口減少
日本が復活できない最大の理由は、人口が少子高齢化で減少するからだというところに出発点を置き、移民によって人口が1億4000万人に増加する未来を描くところから復活の議論を始めました。同時に、リニア中央新幹線が大井川で止まっていることを大問題だと指摘して、国家プロジェクトに格上げしたうえで大阪までの開通を早めるべきだと提言しています。
そうして西国のインフラを増強したら、次にやるべきことは西国への人口誘導です。ちょうど今、アップルがグローバルサプライチェーンの問題からiPhoneの製造拠点を中国以外に増やそうと計画しています。こういう計画こそ、日本政府は真っ先に手を挙げるべきです。
そしてリニア新幹線は2030年代には四国に延伸し、アップルの工場も四国に建設する。実は1955年まで、四国は中国地方とそれほど県民総生産が変わらなかった時代がありました。ところが山陽新幹線開通で人口が岡山、広島、山口に流れ、本州との格差が広がっていきました。逆に言えば西国の中でも四国には成長の余地が大きいのです。
と、まあこのように壮大な構想で日本経済を復活させようと考え始めたのは、やはり歴史上の偉人たちの思考スケールの大きさに触れたからでした。
今の日本では未来に対して不安と停滞感を感じる人が増えていると思います。そんな時代ですから皆さんも一人一人が、自分を奮い立たせるための「推し」武将、「推し」偉人についてあらためて思いをはせてみてはどうでしょうか。
その前に静岡の売国知事を何とかせにゃw
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。