ネコウヨ戦記 安倍総理と駆けた10年 127

私はネコである。名前はもうない。
【127】書評「ミルクを飲まない文明」
環太平洋文明と「稲作漁撈民」の世界 安田喜憲著
エジプト文明、メソポタミア文明、インダス文明そして黄河文明。これら四つが世界四大文明と言われています。文明を構成する要素を強力な王権・文字・鉄器とする確かにこれらの四大文明に限定されます。しかし、ゆるやかな王権・言葉・青銅器とするともう一つの文明が浮かび上がってきます。それが「長江文明」です。
四大文明は畑作と牧畜を基礎とし、長江文明は稲作と漁撈を基礎としています。畑作とは小麦であり、小麦は秋に種を蒔いて春に刈り入れをするため、雑草を取り除いたりする手間が少なく、労働意欲に乏しい奴隷でもできる仕事です。そのため、口頭で指示するよりも文書で命令する方が楽だったのでしょう。これに対して、稲作は春に苗を育てて田植えをして秋に穫り入れをします。夏の間、はびこる雑草を取り除き、乏しい水をやりくりしなければなりません。また、あぜ道の補修、田の生き物に至るまで手取り足取り教えなければならず、結果として文字はあまり発達しませんでした。
また、畑作は土の養分を奪いとる農業であり、より深く耕す必要があり、農機具の材料は青銅器から鉄器へと移りました。他方、稲作では灌漑により山の養分が絶えず田に供給されるので農機具の発展はあまりなかったと考えられます。
さらに、牧畜では草を家畜が食べてしまいますので、砂漠化を招くという欠点があります。稲作では山の養分に加えて田の養分と熱が魚を育てるので、持続的な文明の発展が可能なのです。
しかし、悲しいことに新たな畑と放牧地を求める畑作牧畜民は、稲作文明の領域に侵入してきます。鉄の農機具を武器に打ちなおして襲い掛かってくると、青銅器しか持たない稲作漁撈民になすすべはありませんでした。
こうして稲作文明の多くは畑作文明に屈し、稲作文明に属する人々もまた自らの稲作文明を「劣った」文明と考えるようになってしまったのです。
21世紀に入り、リーマンショックなどで世界経済が不安定さを増しています。これは一つには畑作文明の後継者であるヨーロッパやシナの行き詰まりを示しているように思います。畑作文明は、奴隷に文書で命令を出し、自らは額に汗して働くことを忌避する傾向があります。利息や配当などの他人の労働で暮らすというのが畑作文明の究極の姿ではないでしょうか?そこには勤労者を思いやる気持ちはなく、労働の喜びもないのです。
稲作文明は違います。マヤ文明の王や神官は天体の運行に目を凝らし、生産活動に参加していました。日本の皇室は稲作・養蚕・文化活動を行います。そこには勤労を尊ぶ姿勢にあふれています。
この本を通じてより多くの人々が稲作文明を理解し、新しい勤労文明の担い手となることを願っています。
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