Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

「日本人の魂を託す。この村を守れ」…「旧日本兵のサトウ」がミャンマーのジャングルで「終戦後も戦った理由」

ネコウヨ

民族対立とサトウ
しかし安寧の日々は長くは続かない。1948年、とうとうカレン族対ビルマ族の内戦が勃発する。


「それでも数年は静かだった。だがやがて敵が村の近くに出没するようになると、村はジャングルを転々とするようになった。その度に少しずつ村も小さくなっていった。でもサトウはずっと私と一緒だったよ」


村長の目に焼き付いている光景があるという。移動の度に自分の小銃を手に、常に先頭を歩くサトウさんの姿だ。恐らく彼はみんなを守ろうとしていたのだろう。それは彼なりの恩返しだったに違いない。


「しかしある日我々は失敗した。気づかないうちに近くまで敵に侵入されてしまった」
通常、異変があれば周辺の山で仕事している男たちが気づくが、その時は彼らの目をすり抜けてしまったのだろう。私がカレン軍にいた当時も時々村が襲撃されたが、大抵はこのパターンだった。


突然の敵の出現にみんなうろたえた。余裕を持って逃げるには、あまりに距離がなさ過ぎる。その時、普段は口数の少ないサトウさんが口を開いたという。


「これは俺たち日本人の魂だ」
「『とにかく急いで逃げろ。俺の事は気にするな』そう言って、サトウはみんなを逃がそうとしたよ」


そして目が合った村長に自分の小銃と弾丸を手渡すと、


「これは俺たち日本人の魂だ。真に強い男だけが持つことを許されるものだ。これをお前に託す。お前はこの先これで村を守れ」


と言ったそうだ。


そして、代わりに手近にあった古い猟銃を手に取り、数人の大人と一緒に村に留まった。


異国の村人のため命を捧げる
「サトウとはそれきりだ…まだ15~16だった私は、そこで戦うことを許されなかった」


どんな状況だったかはわからない。しかし数人が身を挺して犠牲にならなければならないほど、切羽詰まっていたのだろう。我々の時代でも村が襲われ、村人が殺されたり暴行を受けることは珍しくなかった。サトウさんは、それだけは絶対に許せなかったに違いない。


しばらくすると銃声が響き始め、そしてそれは徐々に遠ざかっていったという。


「ああ…サトウは必死になって我々を助けてくれている。子供心にもそれがはっきりわかったよ。そして銃声が止んだ時に彼が亡くなった事も…」


私は言葉が出なかった。どんな言葉も陳腐になってしまいそうだったからだ。


私は望む望まないにかかわらず、戦後現地に人知れず取り残された日本兵が少なからずいたことを聞かされていた。昨年記事を書かせていただいたNさんもその一人だ。


しかしジャングルの住人となり、お世話になった村人のために命を投げ出して戦った日本人がいたのを知ったのは、この時が初めてだった。


手渡された小銃は今も
家の真ん中にある囲炉裏には、乾燥とうもろこしがくべられていた。


「サトウはこれが好きだった。いつも笑顔で頬張っていたよ」


私もよくお世話になった、山の民の保存食だ。


「彼は本当に優しく勇敢な人だった。きっとそれが日本人というものなのだろう…生きている間に同じ日本人に話せてよかった」


そう話す頃には、村長は目に涙を浮かべていた。


話を終えると、彼は1丁の小銃を見せてくれた。サトウさんに手渡された小銃だという。


「私はサトウの言いつけ通り、この銃片手に今まで村を守り通した。まだ弾もあるし撃てるぞ」


そう言いながら差し出された小銃は古びていたが、銃の背に白いペーストを塗ると「三八式」の文字が確かに浮かび上がった。


後に詳しい人に聞いたところ、その銃は38式歩兵銃ではなく、38式騎銃ではないかということだった。ということは、サトウさんは歩兵ではなく、砲兵や工兵といった歩兵とは違う兵種だったのかもしれない。サトウさんについて得られた情報はそれだけだった。


名もなき勇者の証
実は私は最近まで、この話は墓場まで持っていくつもりでいた。名前も部隊も出身もわからず(サトウも本名か定かではない)、この村長だけが記憶している物語だ。他に確かめようのない話をするのは、無責任なような気がしていたからだ。


しかし最近、「生きている間に日本人に話せてよかった」という村長の言葉をふと思い出した。と同時に、この話を私だけの胸中に留めておいていいのだろうか。そんな思いが頭をもたげてきた。


日本兵として国のために尽くし、そして最後は小さな村のために命を投げ出した。そんなサトウさんを思う時、私はたとえそれがどこの誰かわからなくても、その勇気を風化させてはいけない。そう思った。


何より私の目の前には、今もその時見せてもらった38式騎銃の画像がある。それは何より、そこにサトウさんが存在したという証なのだ。


「昔はサトウが我々を救ってくれた。そして今また同じ日本人が我々のために戦ってくれている。君はsato’s sonだ。私は日本人を信じるよ」


今年もまた慰霊の季節がやってきた
村長は去り際に私の手を握り締めてくれた。その手は土で汚れてゴツゴツしていた。きっとサトウさんもこんな手をしていたのだろう。


私がサトウさんと握手している錯覚を抱いたように、村長もきっと同じ日本人の私の手を通じて、サトウさんと握手していたに違いない。


山ですれ違ったカレン族の村人たち。今もジャングル奥地に住む人にとって移動は徒歩のみだ。それだけに情報の伝達も驚く程時間が掛かる
山ですれ違ったカレン族の村人たち。今もジャングル奥地に住む人にとって移動は徒歩のみだ。それだけに情報の伝達も驚く程時間が掛かる
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今年もまた慰霊の季節がやってきた。英霊に手を合わせながら、この名もなき勇者にも静かに思いを馳せたいと思う。