国産初「塩野義コロナ薬」承認までの高いハードル

2カ月経過も「早期承認」されない理由
兵頭 輝夏 : 東洋経済 記者
2022年05月07日
国産初のコロナ飲み薬として期待される塩野義の新薬。承認まで時間がかかる事情とは。
2月に薬事申請するも、症状改善という点では十分な有効性が示せていない(時事)
3年ぶりとなった行動制限のないゴールデンウィークは、各地ににぎわいをもたらした。一方、減少傾向にあるとはいえ、1日当たりの新型コロナウイルスの新規感染者数はいまだ全国で約2万人と収束には程遠い状況だ。
「アフターコロナ」への一歩として期待されるのが、重症化を防ぐことのできる治療薬、とくに自宅などでも服用ができる飲み薬の普及だ。現在国内では、アメリカのファイザー、メルクが開発したものが承認されている。これらに続き、国内メーカーでは承認されれば初となる塩野義製薬が現在、薬事承認を申請中だ。
だが、塩野義が2月25日に製造販売承認の申請を行ってからすでに2カ月が経過した。国内で一般的な治療薬として流通するまでには、いくつかのハードルがありそうだ。
すでに100万人分を生産完了
塩野義が開発中の治療薬が承認されれば、患者にとっては選択肢が増えるというメリットがある。また、国内流通量の確保という面でも期待される。現在政府は、2022年中にファイザーと200万人分、メルクと160万人分、購入契約を結んでいる。
だがこれらの薬は、生産能力が限られる中で世界的に需要が高く、日本が契約した全量が供給されるまでには時間がかかりそうだ。そのうえ現在の感染者数を考えると、薬を必要とするすべての感染者に行き渡る量とはいえない状況だ。
塩野義は申請中の薬について、年内に1000万人分を生産できる体制を整える方針で、すでに100万人分の生産を完了させた。3月25日には、承認後に日本政府が100万人分を購入し、それ以降も一定数量を確保する方向で協議を行うための基本合意書を厚生労働省との間で締結している。
薬事行政に詳しい東京大学大学院薬学系研究科の小野俊介准教授は、「海外メーカーであれば、日本市場を後回しにしたり、売らないという判断も可能だ。政府の中には、その可能性が低いとみられる国内メーカーから確保することで安心感を得たいという思いがあるのだろう」と話す。
前厚生労働大臣政務官で、自由民主党の小鑓隆史参議院議員は「国産であれば、量的にもスピードという意味でも供給しやすくなる」と期待を示す。さらにコロナ禍で、日本の創薬力が相対的に弱まっていることが指摘される中、「(塩野義の薬が)承認されれば日本の競争力アピールにもなるし、国内の他メーカーにもいい刺激になる」とも話す。
こうした期待を受け、承認後を見据えた準備は着々と進んでいるにもかかわらず、申請から2カ月が過ぎようとしている。なぜ、これほど時間を要しているのだろうか。
陰性になるまでの日数を短縮
今回塩野義が求めるのは「条件付き早期承認制度」という2017年にできた制度の適用だ。 これは治験実施に時間を要する希少疾病などを念頭としたもので、一定程度の有効性と安全性などが確認されれば、製造販売後も評価を続けることを条件に、承認が可能となる。
通常の薬の承認は、多数の患者に医薬品を投与し、安全性と有効性を裏付ける十分なデータを基に、1年ほどの承認申請審査を経て行われる。塩野義は、大規模な治験を行う前の段階の結果で有効性が推定されること、さらに世の中の必要性も高いとみたことから、現行制度の中でもっとも早く承認される可能性の高い制度の適用を求めた格好だ。
塩野義はこれまでに終えた治験の結果から、ウイルス量を早期に減らす有効性が確認されたとしている。発表によると、治験に参加した患者のうち薬を投与された人では、4日目の時点で90%が陰性になった。ウイルスの濃度が陰性を示すまでの時間の中央値は、偽薬を投与された人たちと比較して1~2日短縮したという。
現在、無症状であっても陽性後7日間の療養が必要とされている。薬の服用によって陰性になるまでの日数が短くなれば、感染者の隔離期間を短くできる可能性が高くなり、より早い社会経済活動の再開につなげることができる。
だが、ウイルス量が減ったとしても、患者の症状改善という点でまだ十分に有効性が示せていない。治験の計画当初に設定した12の症状のうち、オミクロン株感染に特徴的な喉の痛みやせき、発熱などの5症状だけを見ると、偽薬群(偽薬を服用した人)と比べて「スコアの改善が示された」(塩野義)。しかし、12の症状の合計のスコアでは有意な差が出なかったのだ。
有効性が示しにくい要因は主に2つある。1つ目は、流行するウイルスの特徴の変化だ。12の症状は治験の計画時に流行していたデルタ株の感染者にみられる特徴だった。
治験では、当初設定した目標で有効性を示す必要がある。塩野義は、オミクロン株に特徴的な症状での改善効果を示すデータなども随時、厚労省に追加で提出している。だが、それが審査にどう影響するかは明らかになっていない。
ワクチン接種率の高さもハードルに
2つ目は、日本のワクチン接種率の高さだ。ファイザーとメルクがこれまでに行った治験は基本的に、ワクチンを接種しておらず、重症化するリスクの高い患者を対象としていた。そうした感染者の重症化による入院や死亡をどれだけ抑えられるかを治験の目的にしており、ファイザーで89%、メルクで30%、抑制する効果があった。
一方塩野義は、ウイルスの減少量と「症状の改善効果」を治験の目的とし、ワクチン接種や重症化リスクの有無にかかわらず治験を進める。すでに全人口の8割がワクチンを接種した日本の環境では、「ワクチン接種済みで重症化因子がなく、隔離されている患者からいかに症状を速やかになくして安心につなげるか」(同社の上原健城臨床開発部長)が、必要なデータだとみるからだ。
塩野義は既存の2薬と異なり、より現在の日本の状況に適したデータで治験を進めているといえる。だが、ワクチン接種率が向上した今、重症化率は大きく下がっている。偽薬群においても症状は軽く、改善も早くなるため、統計学的に明らかな有効性を示す難しさは増しているといえる。
新型コロナの中等症以上の患者を受け入れる、埼玉医科大学総合医療センターの岡秀昭医師は「重症化しやすい人であれば効果が得やすいが、塩野義はワクチンを接種した、もともと重症化リスクの低い人への効果を証明しなければならない。それはなかなか難しく、時間もかかるだろう」と指摘する。
仮に条件付き承認制度の下で承認されたとしても、課題は残る。塩野義は4月13日に申請中の飲み薬について、研究段階で胎児の骨格形成異常が生じたことを明らかにした。すでに承認されているメルクの治療薬も、妊婦や妊娠している可能性のある女性には投与しないことが条件になっている。また、小児の使用や薬の飲み合わせについても、さらなる検証が求められる。
【2022年5月7日13時13分追記】初出時の表記を一部修正いたします。
日本は緊急時の承認制度がない
日本では緊急時に薬を承認する仕組みが十分に整っていない。現在日本で認められている新型コロナ向け飲み薬はどちらも、国内未承認の新薬を、海外で販売が認められた場合に使用を許可する「特例承認」の下で認められたものだ。
アメリカでは緊急時に、食品医薬品局(FDA)が未承認薬の使用を許可する「緊急使用許可」の制度がある。日本はこの制度にならい、薬の有効性が完全に確認できなくとも使用を認める制度をつくろうとしている。今国会で審議中の医薬品医療機器等法(薬機法)改正案に「緊急承認制度」を盛り込んでおり、5月中にも成立が見込まれている。
この制度が成立すれば、塩野義の新薬も適用される可能性はある。同社は現時点でその可能性についてコメントをしていない。だが、新しい制度では審査基準などの整備に時間がかかると考えられる。
2年の歳月と研究費を費やした塩野義の新型コロナ治療薬は、いつ、どのような形での承認になるのか。緊急時での「日本主導」による新薬創出力が問われている。
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