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安倍総理の志は死なない!!

コロナ危機後「世界秩序」気になる日本の存在感

秩序形成に加わるにはどうしたらいいのか
阿部 圭史 : アジア・パシフィック・イニシアティブ客員研究員
2021年04月12日
新型コロナウイルスなどの感染症危機管理の戦場は、国内だけではない。主要各国は、危機後の国際秩序を構想する特権的会合に有能な個人を送り込むことに加え、各政府も自らの利益にかなう国際秩序を構想・構築すべく、活発な外交活動を展開している。こうした中で、日本が自らの存在感を発揮するためにできることは何なのか。
戦後秩序を「構想」できる力があるか
前回(「国際機関の重要会議に日本人が入りにくい事情」)では、独立検証パネル(IPPPR)と国際保健規則(IHR)検証委員会の2つ会議が両輪となり、国際社会におけるこれまでの新型コロナ危機対応を検証し、感染症危機に関する新たな国際秩序を構想しており、そこには国際社会で認められた個人しか参画できないことを紹介した。
2つの会議が構想した戦後秩序の内容は、5月の世界保健機関(WHO)総会で提起され、加盟国により採択される見通しだが、拒否されることもありうる。すなわち、同会議に参画する個人は、秩序を「構想する」権限を持つという点で非常に重要だが、構想された秩序を「構築する」か否かを決定する権限は、あくまで主権国家にある。
つまり、国際秩序を「構築する」という実行面まで力を及ぼすことができる国家が戦後秩序を「構想する」能力を持っているかが、国際社会の特権的会合に参加しうる個人を養成することと同等以上に重要なのだ。
IPPPRとIHR検証委員会と並行して、自国の利益にかなう戦後秩序を独自に構想し、構築すべく、精力的に動いている。
特に動きが活発なのは、ドイツとフランスを始めとするヨーロッパ勢だ。例えば、昨年4月24日、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長と、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、WHOとともに、新型コロナウイルス感染症の診断薬や治療薬、ワクチンの研究開発・製造・平等なアクセスを促進するための国際協調メカニズム「ACTアクセラレーター」を設立した。
WHOがパンデミック宣言を行った3月11日からわずか1カ月半しか経っておらず、依然各国が国内の危機対応に汲々としている段階での出来事である。ACTアクセラレーターのワクチン部門で、新型コロナワクチンを平等に分配する事業「COVAXファシリティ」は、今年2月24日のガーナを皮切りに、世界中に次々と新型コロナワクチンを届けている。
さらに、昨年11月、ヨーロッパ諸国を代表するミシェル欧州理事会議長は、新型コロナ危機後の国際秩序形成の主導権を握るべく「国際パンデミック条約」を創設することを提唱。WHOのテドロス事務局長も、2021年1月のWHO執行理事会で、同条約の主旨に賛同を示した。
3月30日には、WHOや欧州理事会に加え、イギリスやドイツ、フランス、韓国など、合計28の国と国際機関の首脳が共同して同条約締結を世界に呼びかけ、国際政治における大きなうねりを形成しつつある。
今年3月には、欧州委員会がEU域内における各国間の安全かつ自由な渡航を円滑化させるための「デジタルグリーン証明書」の導入を提案した。これは、「ワクチン接種証明書」の一種であり、ワクチンの接種の有無や検査の陰性、あるいは、新型コロナからの回復歴を証明する。
タイや中国も動き出している
このほかにも昨年11月、タイとイタリアは、スイスのBSL4施設(危険な病原体を扱うことのができる研究施設)、およびWHOと連携し、危機管理医薬品の開発促進を視野に病原体などを保管するための「BioHub」というプロジェクトを発足させ、すでに南アフリカが新型コロナの変異株を提供している。
中国もパンデミック当初には「マスク外交」を実施し、最近は自国製のワクチン供給を通じた「ワクチン外交」を展開し、危機後の国際秩序に向けて影響力を拡大している。ロシアとインドも同様にワクチン外交を行っている。
アメリカでさえ、感染症危機に対する外交政策の手を矢継ぎ早に打っている。1月20日に発足したバイデン政権は、同日にWHOへの復帰に関する大統領令を発布し、翌日のWHO執行理事会で復帰を宣言した。また、2月19日のG7首脳会合では、新型コロナワクチンを世界各国に平等に融通する国際枠組み「COVAXファシリティ」に対して40億ドルの支援を表明している。
バイデン大統領が副大統領を務めたオバマ政権は、2014年に「グローバル・ヘルス・セキュリティ・アジェンダ(GHSA)」という感染症危機に関する国際枠組みを設立し、国際社会全体の体制強化を推進してきた。同政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたスーザン・ライス氏は、かつて、「GHSA設立と気候変動に関するパリ協定締結は、オバマ政権のレガシーの双璧を成す」と語っていたのが印象的だ。
バイデン新政権発足後、オバマ政権でGHSAを構想したベス・キャメロン氏がアメリカ政府全体の感染症危機管理を統括する国家安全保障会議の部門長に復帰し、同じく同政権でエボラ出血熱アウトブレイクに対する人道支援オペレーションを主導したジェレミー・コニンダイク氏が、新型コロナ危機に関する途上国施策を統括するべくアメリカ国際開発庁(USAID)に復帰。人員面でも感染症危機に対する外交政策を充実させる布陣を整えている。
新政権は、発足翌日にはパンデミック対策の国家戦略も発表。その7本柱のうちの1つを、パンデミックなどの生物学的脅威をめぐる国際秩序の形成と外交戦略にさき、国際秩序の構築に向けた具体策を述べている。
例えば、世界で感染症危機管理オペレーションを調和させるための国際機関の創設(WHOは専門的・技術的な規範設定に強みが寄っていることが背景にあると思われる)や、国連システム全体で生物学的脅威への対抗策を統括するポストを設置、感染症危機予測や分析機関の設立、国家情報長官のもとで生物学的脅威に関するインテリジェンスを統括するポストの設置をうたっている。
日本はどうすべきか
ひるがえって日本も、自らの国益と国際公益の両方にかなう国際社会の戦後秩序を独自に構想し、積極的にアピールしていかなければならない。
感染症危機に関する戦後秩序の構想は、①世界秩序、②地域秩序、③志を同じくする諸国(Like-minded countries)--で構成する国際秩序の3つの階層で考えることが有用である。
日本にも世界規模の戦後秩序に関する戦略を練るほどの構想力があれば理想的だが、地域秩序の構想は最低限求められるだろう。例えば、日本を含むアジア各国が、国内の感染症危機管理に相対的に成功していることを踏まえ、感染症危機に関する先進的な地域機構を、いかにアジアに構築するかを構想することは、日本にしかできない、果たすべき重要な役割の1つである。
具体的には、現時点ではコミュニケーションチャネルとしての機能しかない日中韓三国保健大臣会合に実質的な政策調整機能を持たせ、3カ国関係を深化させることが考えられる。「ワクチン開発のカギ『病原体』を手に入れる裏側」でも紹介したように、東アジア地域で何らかの感染症危機が発生した場合には、日中韓三国保健大臣会合の枠組みの下にWHOを加えた形の合同調査ミッションを定例的に組成することも一案だ。
また、昨年11月に日本の支援で設立されたASEAN感染症対策センターを強化し、ヨーロッパの感染症危機管理オペレーションで中心的役割を果たす欧州疾病予防管理センター(ECDC)のように、東アジア全域の感染症危機管理をカバーする機構として整備していくことも考えられるだろう。
志を同じくする諸国との秩序形成については、まずは、G7+メキシコ+欧州委員会の保健当局者で構成する「世界健康安全保障イニシアティブ(GHSI)」という、感染症危機管理などに関する政府間会合を進化させることが考えられる。
GHSIは、アメリカの同時多発テロをうけ、アメリカ・カナダ政府の呼びかけにより、世界的な感染症危機管理の向上、およびテロリズムに対する各国の連携などについて話し合うことを目的に、保健担当の閣僚級会合として発足した。WHOもオブザーバーとして参加している。
GHSIネットワークは、平時からメンバー国間で政策協議や情報共有を行い、効果的なチャネルとして機能している。しかし、今後は、いかにGHSIメンバー国による一体的な外交活動の展開や、内政政策の発動に結びつけ、国際社会全体の政治的潮流を作り出せるかが課題だ。
また、「自由で開かれたインド太平洋」という理念を共有する「クアッド」と呼ばれる日米豪印4カ国は、3月12日に首脳会合を開催。4カ国は、ワクチン専門家作業部会などを設置し、「インド太平洋の健康安全保障(Indo-Pacific Health Security)」を強化するべく、今年末までに具体的提言を行うと同時に、バイオテクノロジーの動向や機会をモニターするために連携するとしている。
このように日本は、地域秩序や、志を同じくする諸国との国際秩序形成を積極的に行っている。そして、こうした動きはさらに、深化する可能性を秘めている。
特に、クアッドを基盤とした「インド太平洋の健康安全保障」という概念と、それに基づく具体的政策の立案は、感染症危機に対する国際秩序構築に関する日本の戦略的方向性にとって、1つの大きな契機となりうる。
国家安全保障の観点が必要になる
感染症危機に対する国際秩序を創り上げるための外交活動は、これまでは各国保健当局を中心に展開されてきた。しかし、新型コロナ危機によって感染症危機が国家の生存と繁栄に影響を及ぼすことが自明となり、単なる保健分野の国際協力ではなく、国家安全保障の観点から同政策を進めることが急務になっている。こうした中、クアッドのような安全保障を軸とする外交フォーラムの潮流の中に位置付けて具体的な政策を作っていく、という発想の転換が必要だ。
つまり、国家安全保障というより広い政策体系の中に、感染症危機というピースをいかにはめ込むかという観点から秩序を捉えることが求められる。その場合、日本では、国家安全保障局を中心に厚労省と外務省が連携して、感染症危機に関する外交を行う体制を整備しなければならない。
日本が自国の国益と国際公益の両方にかなった国際秩序を自ら構想し、構築するためには、国際社会の特権的会合に参画できるような個人の育成が急務であると同時に、異なる三階層が折り重なる国際秩序を俯瞰的に捉え、各階層における感染症危機に関する個別政策の有機的結合を意識すべきだろう。そして、その個別政策の有機的結合が日本の国家安全保障に資するような絵姿(政策体系)を構想し、それを国家戦略として実行することが重要である。日本政府の構想力と実行力が問われている。