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安倍総理の志は死なない!!

「脱原発」を実現したドイツ経済がこれから直面する困難とは? ロシア問題、再エネの不安定性

福島第一原子力発電所が炉心融解(メルトダウン)する惨事が起こった。これを受けて、ドイツのメルケル前政権は、当時国内で稼働していた17基の原発を段階的に廃止し、2022年末までに脱原発を実現すると決定した。
そのドイツで4月15日、残る3基の原発が送電網から切り離された。予定よりも4カ月程度遅れたが、メルケル前政権の遺志を継いだショルツ政権は、脱原発を遂に達成したことになる。
脱原発を重視する環境主義者はこの決断を高く評価しているが、ドイツの一般的な世論は、必ずしもこの決断を支持していないようだ。
ロシア問題が解決しないのに「脱原発」?
ドイツの大衆日刊紙ビルドの日曜版(4月8日付)によると、世論調査会社INSAの調査では、回答者の52%がこのタイミングでの脱原発に反対と回答した。一方で、賛成と答えた回答者は37%にとどまったようだ。ロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー危機が生じたこのタイミングで脱原発を進めることに、世論は慎重な模様だ。
またドイツの週刊誌フォークスのウェブ版などさまざまなメディアが、中道右派の日刊紙ディ・ヴェルトの日曜版を引用して報じているところによれば、連立第三位の政党であり、親ビジネスの立場であるドイツ自由民主党(FDP)の議員団は、2024年4月半ばまで、3基の原発を稼働させ続けるべきだという考えを持っていたようだ。
天然ガスの脱ロシア化は2024年4月までに実現する見込みだが、それまでの電力需給の不確実性を考慮に入れれば、原発を稼働させ続けるべきだというのが、FDPの意見だった。しかし連立二位の環境政党である同盟90/緑の党(B90/Gr)は、FDPのこの提案を一蹴し、ショルツ首相擁する社会民主党(SPD)とともに脱原発を断行した。
再エネと天然ガスが抱える「不安定性」
ドイツ連邦統計局によると、ドイツの電源構成に占める原子力発電の割合は、2022年時点で6.4%にまで低下した。ドイツの電源構成に占める割合がすでに6%程度にとどまっているのだから、これが脱原発によって0%になっても、ドイツの電力需給はそれほど悪化しないだろうという見解は、いささか楽観が過ぎるのではないだろうか。
周知のように、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻したことをきっかけに、ドイツをはじめとするヨーロッパ各国はエネルギー危機に陥った。この間に、ドイツの電力価格は急騰(消費者物価ベースで2022年のドイツの電力価格は前年から20.0%上昇)したが、この電力価格の高騰は、脱原発政策の推進によって促された側面も強い。
ドイツ政府は2021年に3基の原発の稼働を停止した。その結果、電源構成に占める原子力発電の割合は、2021年から2022年の間に12.6%から6.4%に低下した。仮に2021年に停止させた3基の原発を再稼働させていたなら、ドイツの2022年の電力需給のひっ迫度は、エネルギー危機を受けてもより軽くて済んだはずである。
そもそも再エネやガス火力に原子力や石炭火力と同等の安定性があれば、2022年のドイツの電力需給はもっと安定していたはずだ。6%とはいえ、原子力という安定した電源があったからこそ、電力需給のひっ迫はあの程度で済んだ。
しかし脱原発の実現で、ドイツの電力供給は、少なくとも今後数年間は不安定さをさらに強めよう。
ドイツが発電の中核に据えようとする再エネだが、最大の問題点は「出力が不安定なこと」にある。
例えば2021年にもヨーロッパの電力価格は上昇したが、最大の理由は、異常気象(風不足)による風力発電の不調にあった。それに再エネ発電は、地理的な制約を強く受ける。例えばドイツの国土は平地が多いため、ある程度のこう配を持つ河川を要する水力発電は不向きなのだ。
失われていくドイツの国際競争力
一方でガス火力の場合、ガスのコスト増という問題がある。
ドイツは「脱ロシア」の観点から、パイプライン経由のロシア産天然ガスの利用を削減し、液化天然ガス(LNG)の輸入強化に努めている。しかしLNGは、タンカーによる輸送費や加工費(液化と再気化)を要するため、ロシア産天然ガスよりもコストがかさむことになる。
ショルツ政権は、電力構成のほとんどを将来的には再エネとし、その間の移行期の電源としてガス火力を用いる戦略を描いている。とはいえ、再エネの不安定性が将来的にどのくらい改善されるか、定かではない。それにガス火力も、脱ロシア化に伴うコスト増を余儀なくされるし、さらに市況次第では、ガス価格が高騰するリスクを抱える。
以上で指摘した再エネとガス火力が抱えるリスクは、すでに交易条件や貿易収支の悪化というかたちで顕在化した。
ドイツの交易条件(輸出物価指数を輸入物価指数を除したもの)は、輸入価格が輸出価格以上のピッチで上昇したため、2021年から大幅に悪化した(図表1)。化石燃料価格の急騰で輸入が急増し、ドイツの実質所得が減少したことになる。
またドイツ経済の強さを表す代表的なバロメーターの一つであった貿易収支の黒字幅も、2022年に急減した(図表2)。そもそもドイツの輸出は、中国経済の成長鈍化に伴って勢いを失いつつあった。加えて、ロシアのウクライナ侵攻で石油・ガスといった化石燃料の価格が急騰し輸入が増えたことが、貿易黒字の急減をもたらした。
ヨーロッパの天然ガス価格は2021年から急騰したが、それは先述のとおり、風力発電の不調で、各国がガスの調達を増やしたことに起因する。さらに2022年には、ロシアのウクライナ侵攻で化石燃料の価格が高騰した。交易条件の悪化や貿易黒字の減少は、脱原発の裏でドイツが再エネとガス火力への依存を強めたことの影響を強く受けている。
注目される脱原発の吉凶
繰り返しとなるが、脱原発の進捗と同時に、ドイツは再エネとガス火力への依存度を高めてきた。言い換えれば、ドイツの電力需給、ひいては経済が、再エネとガス火力が抱えるリスクへの脆弱性を高めてきたわけだ。そうした脆弱性を抱えたドイツが、低下した国際競争力を短期のうちに改善させていく展望は、まず描きにくい。
それに、再び悪天候で再エネ発電の出力が低下したり、天然ガスの価格高騰でガス火力発電のコストが高まったりした場合、原発が使えないドイツは石炭火力を強化して電力の供給を増やすことになるのだろうか。2022年にもショルツ政権は、石炭火力を時限的に再稼働させたが、これは脱炭素という政権の戦略目標に相反する決断である。
いずれにせよショルツ政権は、民意の慎重な声を押し切るかたちで、このタイミングで脱原発を断行した。そしてこの決断により、ドイツの国際競争力は、少なくとも短期的には大きく損なわれることになる。その損失を補うに余りあるほどの便益が、環境的にも経済的にももたらされるかどうか、今後の動向が大いに注視されるところだ。