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台湾新幹線「新型車」日立・東芝連合受注の全内幕

難航した価格交渉、どう折り合いをつけた?
大坂 直樹 : 東洋経済 記者
2023年04月03日

台湾高速鉄路の700T。日本の新幹線700系をベースに開発された
台湾の高速鉄道に新しい日本製車両が導入される。台湾高速鉄路(高鉄)は3月15日、今後導入予定の新型車両について、同日に開かれた取締役会で日立製作所と東芝の連合体に発注することを決めたと発表した。
新型車両は12両で1編成の列車が12編成、計144両製造され、高鉄は1240億9100万円で購入する。新型車両はJR東海の東海道新幹線などで活躍する16両で1編成の「N700S」をベースに開発されるとみられる。JR東海で海外展開を推進する海外高速鉄道プロジェクトC&C(Consulting and Coordination)事業室は2014年から高鉄に対して技術コンサルティングを行っている。与謝野優C&C事業室長は「N700Sをベースとした車両がスムーズに導入されるように必要な技術支援をしっかりやっていく」と話す。
早ければ2027年に運転開始か
営業運転の開始時期について発表文では明らかにされていないが、高鉄は東洋経済の取材に対し、「新型車両は製造開始から42カ月後に台湾に到着する予定であり、その後必要な走行テストが行われ、製造開始してから50カ月後に営業運転に投入できる見込み」としている。もし2〜3カ月以内に製造開始できれば、2026年中に台湾に到着し、翌2027年に営業運転というスケジュールになりそうだ。
一方、日立製作所は、「高鉄の発表内容は承知しているが、当社から発表できることはない」とコメントした。現時点では高鉄と日立・東芝連合の間で正式に契約調印されたわけではないというのが理由だ。
新型車両導入計画のスタート、すなわち高鉄が各国の主要メーカーに意向の打診を始めたのは2017年6月のことだ。
高鉄は東海道・山陽新幹線などに使われている「700系」をベースに開発した「700T」を34編成保有している。700Tは2004年から2015年にかけて製造され、日立のほか、川崎重工業と日本車両製造も製造を担当した。
高鉄は将来の利用者増に伴う輸送力増強の必要性を見越し、4編成を追加製造するオプションを川重に与えていた。
しかし、ベース車両の700系の製造は2006年に終わっており、2017年時点で700T製造に必要な部品が確保できないことが判明し、700Tの追加製造は不可能となった。

台湾高速鉄路700Tのベースとなった新幹線700系。東海道新幹線からは2020年に引退した(写真:Jun Kaida/PIXTA)
高鉄は国際入札による新型車両の導入に方針を切り替えた。もっとも、多額の開発コストをかけても製造数がわずか4編成とあってはメーカーにとっては割に合わない。そこで、初期に製造された700Tはいずれ老朽化による更新時期を迎えることを見越し、その置き換え需要も考慮して発注数を12編成に増やした。
メーカー選定に6年かかった理由は
2019年2月および2020年8月に入札を実施した。たが、「メーカーが提示した価格と市場価格の差が大きいことや、入札書類の一部が要件を満たしていない」(高鉄)ことなどを原因として入札は不調に終わる。
戦略の見直しを行い、2022年3月に3回目の入札を実施。高速鉄道車両の開発経験を持つ海外メーカーを含む複数の企業が入札した。審査の結果、日立・東芝連合に優先交渉権が与えられ、3月15日に高鉄の取締役会が同連合への発注を決定するに至った。
2017年の新型車両導入方針の決定から実に6年。なぜ車両メーカーの選定にここまで時間がかかったのか。その理由を読み解いてみる。
台湾で高速鉄道を運営するのは高鉄だが、在来線を運営するのは日本の旧国鉄に相当する台湾鉄路管理局(台鉄)である。台鉄の路線には多数の日本製車両が走っている。つまり、台鉄は何度も日本メーカーから車両を購入しているわけだが、購入価格でもめたという話を聞いたことはない。その理由は台鉄が国営企業だからである。公共事業では予定価格が発表されている場合もあるし、予算書から目安をつけることもできる。

日立が製造した台湾鉄路管理局(台鉄)のTEMU1000型。台鉄には多数の日本製車両が走っている(編集部撮影)
一方で、高鉄は国の関与が強いとはいえ民間企業であり、そのような開示をしない。そのため、高鉄側の想定している価格がメーカーにわからない。そのため、メーカーは高鉄が示した仕様に則り、さまざまなコストを積み上げて入札価格を決めるしかない。
高鉄は第1回、第2回の入札でなぜメーカーが提示した価格を高いと考えたのか。たとえば、日本におけるN700Sの1編成当たりの価格を参考にしたのかもしれない。JR東海はその価格を公表していないものの、2020〜2022年度に導入した40編成について補修費用などを含めた工事費について2400億円と発表しており、1編成当たりに直せば60億円と推測できる。また、高鉄には2015年に導入した700Tの価格が1編成当たり16.5億台湾ドル(約71億円)という実績もある。これも参考指標になったかもしれない。
今回、高鉄が日立・東芝連合に発注する価格は12編成で1240億9100万円。1編成当たりでは103億円になる。
N700Sより割高になる要因
ではなぜ、N700Sの価格と今回の発注価格にこれほどの価格差があるのか。N700Sには本来の16両編成から基本設計を変更することなく、8両、12両といった短い編成に変更することが可能だ。この特性を活用すれば、1編成当たりの車両数が少ない分だけ安くなってもいいように思えるが、そのメリットを生かしてもなお、割高になる要因があった。

N700Sは基本設計を変更せずに8両編成や12両編成にすることができる(撮影:尾形文繁)
要因の1つは購入するのがJR東海ではなく、高鉄だという点だ。東海道新幹線の場合、車両を製造するのはメーカーだが、開発にかかわるプロジェクトマネジメントや品質管理などの業務はJR東海が行っている。車両に使われる電気機器など主要な構成要素はJR東海が選定し、単品での性能確認はもとより、ほかの構成要素と問題なく調和するかなどの確認もJR東海が行う。これらに要する人件費などの費用は、JR東海が購入する車両価格には含まれていない。
次の要因は、日本の車両をそのまま台湾に持ち込めるわけではなく、台湾の法律や基準に合致させる必要があるという点だ。
よく知られた例では、台湾では火災発生時に乗客が窓ガラスを割って脱出できるような対応が法令で求められているため、窓ガラスの材質変更が必要になる。それ以外でも、700系と700Tでは運転室専用ドアの有無や運転台のレイアウトなども異なる。新型車両ではこうした点もN700Sから変更される可能性がある。さらに、高鉄の運行システムに合わせるような、見た目ではわからない変更もあるだろう。

台湾高速鉄路700Tの車内に設置された脱出用のハンマー(左)と非常口となる窓(記者撮影)

台湾高速鉄路700Tは、700系にはある運転室側面のドアがない(記者撮影)
このような仕様変更にはそのためのプロジェクトマネジメントが必要になる。設計コストのほか、新たな部品の選定、ほかの構成要素との調和確認に要するコストもかかる。スケジュール管理などの人件費もかかる。メーカーはこうしたコストを車両価格に含める。
台湾では、近年開業したLRTの車両などで部品の国産化率を高める機運がある。今回の高速鉄道の新型車両においてもN700Sに使用されている部品に代わって台湾製部品が採用するとしたら、性能確認やほかの構成要素との調和確認などのコストがその分だけかさむ可能性がある。
議論を重ねて見出す着地点
事情をよく知る関係者は、「高鉄と日立・東芝連合が真摯に協議を重ねて、理解が深まり、合意に至った」と話していた。つまり、「高いから少しまけて」といった単純な話ではなく、構成要素ごとに「この方法は○○円かかるが、ほかの方法にすれば××円になる」といった具合に一つひとつ議論を重ねて、着地点を見出したのだ。
早ければ2026年には登場する新型車両はどのようなデザインになるのだろうか。日台友好のシンボルとなるような列車であることを願ってやまない。