Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

ミャンマー政変の隙狙う中国、警戒するインドネシア

 2月1日、ミャンマーで政変が起きた。アウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相ら政権要人の身柄を拘留するなどして実質的なクーデターを決行、政権を掌握したミャンマー国軍はその後、国軍支持の閣僚を新たに任命、一般のテレビ放送を中断させ、1年間の非常事態を宣言するなど着々と軍政の地歩を固めている。


 2月4日には国軍がフェイスブックへの接続を遮断するなど情報統制を強め、国民の間に「反クーデター気運」が蔓延することを阻止しようとしている。


 これに対し米バイデン政権がミャンマー国軍関係者の資産凍結など制裁を示唆するなど、欧米諸国は「クーデター批判」「スー・チーさんらの解放」を求めて国際的な圧力を強めようとしている。


ミャンマーに関与すべきか否か、分かれるASEAN
 こうした中、東南アジア諸国連合(ASEAN)の加盟国の中には、その原則である「内政不干渉」を掲げてミャンマーの政変を静観しようとする国がある一方で、「民主的な選挙で選ばれた政権の武力による転覆」を批判し、「憲法による民主的手続き」を尊重するとして「重大な懸念」を表明する国もあるなど、反応が分かれている。


 ASEANの大国で、かつては「盟主」ともいわれたインドネシアでは、「ミャンマー民主化の歩みを中断させてはならない」との機運が高まろうとしている。インドネシアはかつて軍政による強権支配が続くミャンマーのASEAN加盟(1995年)を後押ししたこともあったし、それ以前にはミャンマー軍がインドネシア・スハルト長期独裁政権の施政を「軍制のお手本」としたりしたこともあった。さらに軍制からの民主化への移行にあたり、インドネシアの民主化プロセスをミャンマーが参考にするなど良好な関係を維持してきた経緯がある。


 また今回再び自宅軟禁となったスー・チー顧問とインドネシアのメガワティ・スカルノプトリ元大統領は、ともに独立・建国の父の実娘であること、軍政や独裁政権に対する民主化運動のシンボルとして国民の期待を一身に集めた時期があったことなど共通点も多く、両者の間には個人的な信頼関係が存在している。それだけ両国にとってもう一方は特別な存在なのである。


 そうした両国関係を背景にインドネシアでは「ASEANの内政不干渉という建て前はあるものの、ミャンマーの民主化を逆行させる事態を避けるためインドネシアが果たすべき役割はある」として、政府特使を派遣して仲介あるいは調停に乗り出すべきだとの意見が噴出している。


 インドネシアでこうした声が上がっているのには、もう一つ別の背景がある。欧米諸国が「ミャンマー制裁」に乗り出そうとしている中、「ミャンマーの国際社会での孤立」「軍政の基盤強化による民主化後退」が進んでしまうと、中国によるミャンマーへの影響力強化・拡大を招くという警戒感があるのだ。


クーデター当日のインドネシア朝刊に「ミャンマー政変」危惧するコラム
 インドネシアの主要英字紙「ジャカルタ・ポスト」はベテラン記者、コルネリウス・プルバ記者によるコラムで「特使によるミャンマー平和外交を今こそ展開すべき」との主張を掲載した。


 プルバ記者はかつて朝日新聞ジャカルタ支局の助手を務めるなど日本やASEANに精通したインドネシアを代表する記者の1人で、そのコラム、主張は大きな影響力を持っている。


 プルバ記者はコラムの中で「ジョコ・ウィドド大統領はスシロ・バンバン・ユドヨノ前大統領を政府特使に任命して、ミャンマーが直面する問題に当たらせるべきだ」としてインドネシアがミャンマー問題の解決に向けて仲介、調停に乗り出すべきだとし、その適任者として前大統領を名指しした。


 実はこのコラムは、ミャンマーに非常事態宣言が発令され、スー・チー氏が勾留された2月1日の朝刊に掲載されたものだ。プルバ記者がSNSで明らかにしたところによれば「軍による行動の危険が高まる中、クーデターという事態が起きる数時間前に書いた原稿」であるという。軍が「クーデターを肯定も否定もしないという緊張の高まり」を受けて執筆しており、結果としてまさに絶好のタイミングのコラムとなった。


ミャンマーとの絆深いユドヨノ前大統領
 1998年に民主化のうねりの中で崩壊したスハルト長期独裁政権をミャンマーの軍政は手本にしたと言われている。さらに、ミャンマーの軍政がスー・チーさんらによる民主化要求が高まる中で参考にしたのもインドネシアの民主化のプロセスだった。特に退役陸軍大将のユドヨノ大統領時代(2004年~2014年)のインドネシアはミャンマー軍との関係は特に親密で、2007年10月に死亡した元軍人のソー・ウィン首相の葬儀にユドヨノ大統領は退役軍高官をわざわざ派遣して参列させたほどだ。


 ソー・ウィン首相は当時の軍事政権「国家平和発展評議会」のタン・シュエ議長の右腕とされる重要人物で、両国関係が蜜月関係にあったことを物語っている。


 こうした歴史的な経緯からインドネシアでは、ミャンマー問題の政府特使としてユドヨノ氏が「最適任者」と目されているのだ。ただ、ユドヨノ氏はジョコ・ウィドド大統領の支持母体である与党「闘争民主党(PDIP)」の党首メガワティ元大統領とは犬猿の仲とされ、依然として野党の「民主党」前党首として一定の政治的発言力を残し、時にジョコ・ウィドド政権に辛辣な姿勢をとるなど両者の関係は必ずしも良好ではない。


 コロナ禍とそれによって低迷した経済の活性化という国内問題に直面し、どちらかといえば外交問題を重視して来なかったジョコ・ウィドド大統領。もしユドヨノ氏が特使としてミャンマー問題で指導力を発揮することに同意してくれればASEAN域内あるいは国際社会でインドネシアの存在感を増すことになるのは確かではある。


 一方で、ASEAN加盟国でもカンボジアやタイ、フィリピンなどは、今回のミャンマーのクーデターを「あくまでミャンマーの内政問題」として静観しており、インドネシアが積極的に関与しようとすることに対して、「内政不干渉の原則に反する」という反発が起きることも予想される。


 そうしたリスクを覚悟のうえで、「加盟国の民主主義確立に積極的にコミットする」との姿勢をジョコ・ウィドド大統領が貫くことができるのか。ここでASEAN諸国を納得させ、指導力を見せることができれば、ASEANの盟主としての立場を取り戻す道も見えてくるのだが・・・。


中国への警戒感、膨れ上がる一方
 ASEAN加盟10カ国は、中国に対する姿勢が一様ではない。親中政権であるカンボジアやラオス、南シナ海の領有権問題もあり対中外交で是々非々の立場をとるベトナムやフィリピン、中国の経済支援を受け入れながらも外交・安全保障では一線を画すインドネシアやマレーシア、タイという具合に、立場も考え方も国によって大きく異なる。


 こうした中でミャンマーはスー・チー政権も国軍も、ともに中国とは「付かず離れずという適度の距離を保ちながら良好な関係を維持してきた」(ASEAN外交関係者)と言われている。1月初旬には中国の王毅外相がミャンマーを訪問してコロナ感染対策としてワクチンの提供を申し出ているが、これも中国が、付かず離れずのミャンマーを少しでもひきつけておきたいという思惑がこもった「ワクチン外交」の一環だ。


 こうした中での発生した国軍によるクーデターに対して、欧米諸国が「民主的選挙で成立した政権の転覆」という反民主的行動で軍を非難し、制裁という「圧力外交」に転じれば、ミャンマーが国際社会で孤立することは避けられない。と同時に、そこに中国が影響力を圧倒的に強める隙間が生じるのも確実だ。


 今回のクーデターに対し、今のところ中国はミャンマー軍への表立った批判を控えているが、ミャンマー国軍との今後の関係をにらんだ上での配慮とみられている。


 今後ミャンマーを通して域内に中国が強力な「楔を打ち込む」ことになりかねない――この状況を「内政不干渉」の原則があるとは言え傍観しているわけにはいかない、との危機感がインドネシアをはじめとする一部のASEAN加盟国の間にはある。


 事実、中国はすでにミャンマー南西部チャオピュー港から北東部の中国国境の雲南省昆明に抜ける「パイプライン」を建設しており、中東、インド洋方面からのエネルギー輸送ルートで海路マラッカ海峡を通らない「代替手段」を確保している。


 このようにミャンマーは習近平主席が進める一帯一路構想の要所のひとつとなっている。それも域内での中国への警戒感を高める要因となっている。


インドネシアに期待される「中国とは異なるアプローチ」
 中国政府はミャンマー国内の中国人に対して大使館を通じて「事態を静観するように」と指示を出していると伝えられ、実権を掌握した軍による今後の出方を見極めようとしているようだ。


 今後、国際社会の大勢は「軍政への制裁措置」や「スー・チーさんの釈放要求」へと向かっている。その中で独自スタンスを取る中国だが、その狙いは間違いなく「ミャンマー国民の求める政治体制」に与することではなく、「中国の利益につながる現実的なミャンマーの政権の維持」ということになる。


 そうした中国の出方を見据えた上で、ASEANの大国であり、これまでミャンマーと良好な関係を維持してきたインドネシアが今後どう振る舞うのか。軍と民主化勢力との対話、さらにイスラム教徒の少数民族ロヒンギャ族の難民・人権問題の解決策の模索などで、中国とは異なるアプローチで一定の役割を果たすことができるのか。ASEAN各国、さらには国際社会も注目する中、ジョコ大統領の政治力が試されている。