Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

安倍政権はなぜ“画期的”だったのか? 元自衛隊トップが「平和は作らなきゃいけない」と語る真意

「東電と官邸には、頭に来ている部分もありますよ」元自衛隊トップが振り返る“3.11の舞台裏” から続く
 2011年の東日本大震災では、自衛隊の活動にも大きな注目が集まりました。発生当日から現地で救援活動を始め、同時に原発対応にも当たることになった自衛隊員たち。そのトップとして、かつてない災害派遣を指揮したのが、折木良一統合幕僚長(当時)です。
 一方で、自衛隊には安全保障の面で「国を守る」ことも強く求められています。特に中国・北朝鮮の軍事的動向が激しくなっている近年、自衛隊の役割や“政軍関係”はどのように変化しているのか――。近現代史研究家の辻田真佐憲さんが聞きました。(全2回の2回目/ 前編から続く )

© 文春オンライン 折木良一さん
◆ ◆ ◆
民主党政権は腰が据わっていなかった
――改めて民主党政権を振り返っていただくと、安全保障の取り組みという面ではあまり腰が据わっていなかったな、という印象ですか。
折木 そうですね。安全保障よりも、政権をどう維持するかということに、まず頭が向いていた気がしますね。民主党政権には安全保障を考える余裕もまだなかったし、もともとそうした知見をお持ちの方もあまりいらっしゃらなかったのかな、と。長島昭久さんとか、前原誠司さんとか、一生懸命に安全保障を考えておられる方も数人はいらっしゃったんですけど、それがまとまった政権自体の考え方にはならなかったという気がします。
――民主党政権時代は、ちょうど中国が台頭してきて、日本の安全保障環境が大きく変わった時期でもあったと思います。折木さんも本の中で、日中の幕僚長クラスが会話できたのは2009年が最後だったと書かれていますが(『 国を守る責任 』)、やはりあの頃にガラッと時代が変わりましたか。
折木 ちょうどあの頃が、中国の転換点だったと思いますね。2008年に、中国の海軍が初めて南シナ海から津軽海峡を回って、太平洋を通ってぐるっと一周したんです。いま考えれば、あれは中国が海外に対して積極的な動きを始める前兆だったな、と。それで2010年には、GDPで中国は日本を追い越した。それから安全保障環境はかなり厳しくなってきたと思います。
――その後、再び自民党政権に戻り、安倍晋三さんが総理大臣になりました。その安倍政権について、折木さんは「2013年から2015年までの2年間の安全保障政策の枠組み作りというのは、戦後の安全保障政策の中でも画期的な取り組みだった」とも講演で述べられていますね(「日本の安全保障政策の変遷と自衛隊」『日本の国防』2017年11月)。
折木 はい。
「平和は作らなきゃいけない」という発想
――その一方で、「あれほど聡明な日本人がこと安全保障に関しては、誤解を恐れずにいえば稚拙ともいえる議論しかできないのか」とも前掲のご著書で書かれています。やはり、自分たちはちゃんとやっているのに、国民が安全保障の取り組みを理解してくれないという思いは、自衛隊の中にあるのでしょうか。
折木 今、自衛隊に対する理解というのは、東日本大震災のときのような災害派遣や、海外での活動に基づくものがほとんどだと思います。それで、自衛隊に好印象を持ってくださっている方が90%を超える状況になっている。もちろん、そういう面も大事なのですが、一方で安全保障ということを考えると、どうしても論理ではなく、情操的な、情緒的な話になりがちなのかな、と。戦後の教育の影響もあると思いますが、やっぱり危機管理というものが最初に頭に出てこない状態になっているんですね。
 だから、どちらかというと、一般的には平和は与えられるものだという認識が強い。でも、われわれは自衛官なので、当然、平和は作らなきゃいけないという発想で取り組んでいる。そこに、国民とのギャップがあるんだと思います。中国や北朝鮮の問題が出てきた今、「平和って本当に与えられるものなのかな?」というのが、実情として理解できますよね。尖閣をとってみても切実な問題だし、平和に対する意識の変化とともに、最終的には「何を守るのか」という国民の意志が強く求められていると感じます。
安倍政権で安全保障体制は大きく進んだ
――2013年から15年の時期には、集団的自衛権の話もありました。憲法を解釈で変えるのではなく、憲法の条文を根本的に変えてからやったほうがいいという意見もありましたが、そういった主張についてはどう思われますか。
折木 危機管理や安全保障のありようというのは、まさに国のありようの話だと思うんです。だから本当に大事なのは、自衛隊の位置づけから国の守り方まで、まずは議論することじゃないかと。改正するにしてもしないにしても、その議論こそが大事であって、そこを抜きに進めるのは、私はどうかと思っていて。やはり憲法は国の基本理念ですからね。
――自衛隊の名称を国防軍にする、などといった議論もありますが、そうした点についてはどうですか。
折木 繰り返しになりますが、私は名称そのものよりも、まずは根本の議論が必要だと思っています。名称だけ変えても中身が伴っていなければ、かえって矛盾を呼ぶだけですから。
――自民党政権下では、統幕長を辞められたあと、防衛大臣補佐官をやられています。そうした立場から安倍政権を内部からご覧になっていて、やはり安全保障についてはしっかりした政権だったな、という印象ですか。
折木 そうですね。総理も自分のお考えをしっかりお持ちだったと思いますし。実際、国家安全保障会議や国家安全保障局も作りましたよね。安全保障を考える上では、法律的にも制度的にも、大きく進んだ政権だったと思っています。
“政軍関係”を本来の形に近づけていく
――折木さんは自衛隊を「昭和の自衛隊」「平成の自衛隊」「新平成の自衛隊」という、3つに分けています。このうち、昭和と平成の違いはよくわかります。昭和は「存在する自衛隊」であり、平成は「機能する自衛隊」であった、と。一方で、平成と新平成の違いはどこにあるのでしょうか。
折木 私は、安倍政権が始まった頃からが「新平成」だと思っています。情勢で言えば、やはり中国や北朝鮮の動きがすごく大きくなってきて、安全保障環境が変わった。私の認識では、平成というのは「国家対非国家」、要するに震災やテロなど、非対称の脅威との戦いだったんです。ところが、新平成の時代では、特にアジア正面においては国家対国家という形態に変わってきているんですね。それに対応できるように、日本はNSC(国家安全保障会議)を作ったり、法制を整えたりしてきた。自衛隊の役割も、テロや人道支援で海外に行くよりも、国内中心の活動に変わってきました。
――そうしますと、政軍関係も変わってくるのかなと思います。いわゆるシビリアンコントロールの問題です。
折木 そうですね。
――「新たな時代の『政治と軍の関係』を構築していかなければならない」とも講演で述べられていますが、それは政治が軍隊を統制するという従来の考え方を、どのように変えていくということなんでしょうか。
折木 変えていくというよりも、本来の姿にするという意味合いが大きいんです。つまり、政治が軍を運用する際には、互いに意思疎通ができて、自衛隊はちゃんと意見具申するべきところはして、政治も方向を示すべきときは示す、という関係ができていないと、国家の命運に関わる事態になるんです。そのように政治と軍が、安全保障に関して同じ方向を向いている姿を見ることで、国民からの信頼も生まれてくる。昔が悪かったから、これからは本来の政軍関係の形に近づいていけたらいいな、という意味合いです。
安全保障に理解のある政治家は誰?
――かつてが悪かったというのは、文官統制と言われたときのことを指していらっしゃるのでしょうか。つまり、内局(防衛官僚)が制服組を押さえつけるという。
折木 それ以前の問題で、やはり政治家が自衛隊と真剣に向き合ってこなかったということだと思っています。かつては経済を優先していて、自衛隊を運用する必要もなかったという話かもしれませんが、今は運用する時代になったわけですから、自衛隊の中身のことも、安全保障環境のことも知っておかなくてはいけないはずです。NSCができて、岩崎君(岩崎茂元統合幕僚長)、河野君(河野克俊前統合幕僚長)と続いて……特に河野君は、NSCの会議や、普段の報告の場を通して、安倍さんと同じ言葉で話せていた。そういう関係が、理想の姿だと思いますね。
――安倍さん以外にも、今の政治家の中でこの人は自衛隊や安全保障のことをよくわかっているな、と思われる方はいますか。
折木 私が補佐官として仕えたからではありませんが、やはり小野寺五典さんはよくご存知だと思いますし、もちろん森本敏さんもそうだと思いますね。
――もっと若い方ではどうでしょうか。
折木 色んな人がいますけど、まだポンと出てこないです。逆に言えば、若い人にこそ、安全保障や外交の観点で、もっと深い関心を持って育っていっていただきたいなと思います。防衛大学校出身の佐藤(正久)議員や宇都(隆史)議員は、また別として。
ある連隊長の“不祥事”
――折木さんは幕僚監部で仕事をされていたこともありますが、内局との関係はいかがでしたか。
折木 先ほどの文官統制の話で言えば、たまに横柄な文官はいますけど、我々の時代になってからはだんだん、そうした壁は取り払われてきています。今はむしろ互いに連携していくという認識になっているはずです。特に、自衛隊が運用される時代に変わってからは、一緒にやらないと、彼らだって困るんですね。例えば、2015年には内局の運用企画局が統合幕僚監部に統合されて、オペレーション機能が一体化しました。あれは、昔では考えられないことですが、そういう面でも内幕一体化は進んでいると思います。
――一方で、政軍関係が変わることに懸念を示す人もいますよね。たとえば、これは北澤さんが本の中で書かれていますけども、2010年に陸自と米陸軍の合同訓練の中で、ある連隊長が「同盟というものは外交や政治的な美辞麗句だけで維持されるものではなく、ましてや信頼してくれなどという言葉だけで維持されるものではない」と発言して、処分されました。これは当時総理大臣だった鳩山由紀夫さんの「トラスト・ミー」に対する皮肉のような発言だったと思いますが、こうした“不祥事”が出てくることについてはどうご覧になっていますか。
折木 それは、どういう言葉にするかという問題で、本当の思いの部分は私と一緒だと思うんですよ。要は、本来の意味での政軍関係が必要であり、その上で我々はしっかりと働きますよ、という。確かに表現の仕方とか、その立場で言うのかよとか、そうした問題はあって、不祥事と言えば不祥事なんですが、極端に、たとえば主義思想が右だとか左だとか、そういう話ではないと思います。だから、それをもってして自衛隊の根本に極端な考え方が流れているとか、そうした捉え方をされるのは違うのかな、と。当たり前ですが、自衛隊は政治に対する従順性が限りなく高いと思います。
――ただ、これはあえてお聞きしますが、どうしても軍の暴走を心配する人というのは出てきますよね。そういう人たちに対して、「そんなことはないんです」と安心させる言葉があるとすると、それはどんなものになりますか。
「災害派遣や海外での姿を見てください」
折木 そうですね……。戦前は統帥権というものがあって、はっきり言って軍隊は何をやっても良い、というところがありました。ただ、今は法律などで、自衛隊の権限はきちんと決められて、制約されているわけです。災害派遣にしても、自分たちが行える役割と言いますか、権限も責任も法律できっちり決まっている。そういう枠の中で、入隊のときからずっと教育訓練をやってきているので、自衛隊は暴走のしようがないんです。ただ、それで国民をどう納得させるかと言われると……やはり、今やってる災害派遣や、海外での活動とか、その姿を見てください、それが自衛隊の姿です、ということになりますかね。
――先ほどの文官統制の話に戻りますと、かつての事務次官であった守屋武昌さんは、「防衛省の天皇」などと言われていました。いわゆる官僚が制服組を押さえつける、というイメージが浮かぶのですが、内部から守屋さんはどう見えていましたか。
折木 守屋さんは、そういう方ではなかったと思います。現場も頻繁に回られていたし、自衛隊のこともよくご存知でした。
――そうしますと、汚職事件のことはともかくとして、事務次官としてはしっかり仕事をされていたという印象ですか。
折木 そう思います。
「田母神論文事件」についての見解
――なるほど。もうひとりお聞きしたいのが、田母神俊雄さんです。以前、ここでも 田母神さんにインタビュー させていただいたのですが、折木さんが陸幕長のときに「田母神論文事件」がありましたよね。あの件はどうご覧になっていましたか。
折木 田母神さんは私の一つ上ですから、お互いに若いときから知っていて、近いところで一緒に仕事もしてきました。だから、田母神さんが何を考えていて、どんな冗談を言う方なのか、というのはだいたい頭の中に入っていまして。今も顔を合わせれば軽口を叩き合える、そういう関係です。で、論文そのものについては、官で評価しているとおりだと思いますし、その後の田母神さんの生き方というのも、我々にはそれぞれの生き様があるわけなので。ただ、私の考え方とはちょっと違う部分があるな、とは思っています。
 と言いますのも、やっぱり陸海空幕僚長になったら、その立場というのがあるじゃないですか。しかもそれは、苦しいけど、厳しいけど、おそらく死ぬまで背負っていかないといけないものなんです。私も統合幕僚長であったこと、陸幕長であったことは、ずっと引っ張って生きていかなきゃいけない。それは個人の問題じゃない部分があると思うんです。だから私は、幕僚長を辞めたからもう何をしてもいいんだという、そういう生き方はたぶんできない。そこは、良し悪しはべつにして、田母神さんとは違うのかなという気がしていますね。
――あの論文に書かれているような問題は、定期的に話題になるテーマだと思いますが、そうした歴史観といいますか、保守観についてはどのようにご覧になっていますか。
折木 それは、考え方というのはみんな、やっぱり幅があると思うんです。これは勉強すればするほど、田母神さんの方にいくか、そうじゃない方にいくか、どっちかだと思います。だから、その考え方自体がどうだ、ということはなくて、田母神さんは田母神さんで色々と蓄積してきた中で、ああいう考え方になってきたわけで。ただ、たとえばあのようなものが自衛隊のほとんどの考え方だとか、そういうことも全くないわけです。それは個人個人の主義主張だと思っていますね。
メディア対応で気をつけていた“2つのこと”
――次に、メディアの話も伺いたいです。折木さんは、新聞はどちらをとられていますか?
折木 私は基本、読売です。その他に、ちょっと気になったりすると日経を見たりしますね。
――雑誌では、いつも読まれているものはありますか。
折木 新聞の特集などを読んでいて、例えば『Voice』にこんなことを書いている人がいるのか、と思ったら手帳にメモして、それを読んだりはしますね。あとは知り合いの人が書いていたり、興味のあるテーマがあれば。定期購読しているものはないですが。
――陸幕長や統幕長の頃は、毎週記者会見をやらなければいけないということで、メディアとの付き合いもあったと思います。そうした中で、印象深かったことや、気をつけていたことはありますでしょうか。
折木 基本的には、メディアの方と接触するのは、幕長になるぐらいまではそんなにないんですよね。だから、陸幕長になる前に1回だけ、記者会見の予行というか、練習をやらせてもらいました。博報堂か、電通だったかな、そこの人にも来てもらって。ヘリ事故があったという設定で、記者会見をやるんです。そこで厳しい質問が来たり、足を組むんじゃないとか、ご指導をいただいたりして(笑)。
 あとは、幕長になってから気をつけていたのは、自分の言葉で話すことですね。だから私は、ほとんどペーパーを持たずに記者会見に行って、自分の言葉でやりとりさせてもらったんです。それと、わからないものはわからない、知らないものは知らないと言う……つまり、嘘を言わないということですね。
どんな本を読んでいますか?
――退官後には、橋爪大三郎さんとの対談本(『 日本人のための軍事学 』)も出されていますが、他にも今の日本の言論状況をご覧になっていて、この人の考え方はしっかりしているな、安全保障に理解があるな、という方はいらっしゃいますか。
折木 そうですね……。安全保障というよりも、ものの考え方として、宗教学者の折口信夫さんが書かれる文章はものすごく面白くて。心の収め方とかリーダーシップとか、そういう面で参考にしていますね。
――あまり最近の本は読まれないですか。
折木 いえ、読むのは今どきの本が多いです。竹森俊平さんの『WEAK LINK』とか、あとはハラリの『21 Lessons』とか、面白かったですね。でもダメですね、歳を取ると。読んでもすぐに忘れちゃって(笑)。
――会田雄次さんの『日本人の意識構造』や、高坂正堯さんの『国際政治』なども、著書の中で挙げられていましたね。
折木 どちらも若い頃に読んだものですね。高坂さんは、私が20代、30代のときには、国際政治に関しては一番インパクトのある方でした。高坂さんの考えの一部が、今も私の頭の中にあるという気がします。
自衛隊の道に進もうとは考えていなかった
――折木さんはご出身が熊本ですよね。八代高校で、先生が陸軍出身の方だったり、自衛隊に入った先輩がたまたま学校に来られたりして、その影響で防大に進学されたということですが、それまではあまり自衛隊の道に進もうとは考えていなかったんでしょうか。
折木 そうですね。熊本の田舎の方でしたし、身近に自衛隊の存在があったわけでもなかったので。
――最初から「自衛隊しかない」と真面目一徹にいくと逆に挫折する、むしろなんとなく進学した人のほうが続くんだ……といった話を、自衛隊関係の人からよく聞きます。そうした傾向は実際にあるものでしょうか。
折木 私もそう思いますね。いつも冗談で、「ゴリゴリに国を守るんだとか、自衛官になるんだと思っていたんでしょ?」と聞かれたりするんですけど、全然そんなことはなくて(笑)。でも、その方がかえって良かったと思います。
 逆に、ものすごく大きな期待を持っていたり、自分の中での自衛隊像を膨らませてから中に入ると、やっぱり現実とのギャップに直面するんですよね。そこでうまく合わせられる人もいるんですが、18歳以前の若い人が、あまりに「俺は国を守るんだ」などと思い込んでしまうと、そのギャップに悩んで辞めていくことはあると思います。
「しなやかで、たくましい自衛隊」
――では、最後の質問なのですが、本の中で自衛隊のキャッチフレーズは時代ごとに変化している、と書かれていますよね。「愛される自衛隊」「信頼される自衛隊」「親しまれる自衛隊」など……。そこで、もし今後の自衛隊にキャッチフレーズをつけるとしたら、何になるでしょうか。
折木 いやぁ、難しいですね。こんな質問は初めて受けたなぁ(笑)。……うーん、自分のフレーズで言うと、「しなやかで、たくましい自衛隊」というのは時々使っていまして。「しなやか」というのは、やっぱり組織として柔軟性を持たないといけないという部分があって。それはふらつくという意味ではなくて、竹と一緒で、風に吹かれても折れることなく、柔らかく立ち続ける、それは自分に芯があるからできることだと思うんです。自衛隊には、そういう組織になってもらいたいなと。
 一方の「たくましい」というのは、自衛隊にはどんな状況にも耐えなきゃいけない部分があるということです。災害派遣も、軍事的な動きも、たとえ人数が少なかったとしても、いざとなれば色んなことをやらなければいけない。だから、ある程度何でもやれる組織を作っておかなくてはいけない、という意味合いで、「たくましさ」が必要だと思っています。
――ずっとお話を伺っていますと、折木さんご自身が、安全保障についてはしっかりと芯になる考えをお持ちで、その上でどんな質問にもバランスを取りながら答えられていて、まさしく「しなやかで、たくましい」という姿を実践されているのではないかと感じました。
折木 いや、私はかなり、くにゃくにゃのしなやかさだと思いますよ(笑)。
撮影=平松市聖/文藝春秋
(辻田 真佐憲)