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安倍総理の志は死なない!!

マスク外交、カナダの反日運動の糸を引く、中国の「秘密結社」とは

安田峰俊


2021/02/09 19:00

© 婦人公論.jp 婦人公論.jp
中国が生んだ世界的女優、チャン・ツィイーは、伝統的な秘密結社をルーツにもつ怪しげな政党に所属していた──。中国共産党の対外工作を担い、マスク外交にも顔を出す「中国致公党」はどんな存在か? 『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』(中公新書ラクレ)を上梓した中国ルポライターの安田峰俊氏が、知られざる結社の正体を描く。
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【写真】党大会にチャン・ツィイーが出席したことを伝える報道
統一戦線工作を担う怪しい政党
前回の記事でも書いた通り、秘密結社・洪門をルーツに持つ「中国致公党」は、中国共産党の衛星政党になることで現代中国の体制内でも存続を許されている。
致公党は中華人民共和国の建国前から共産党との二重党籍者を幹部として受け入れていたうえ、1960年代の文化大革命で古参党員が大ダメージを受けたことから、1980年代以降は完全に共産党の外郭団体に等しい存在になっている。
もっとも、《外郭団体》だからといって彼らの仕事がゼロだというわけではない。
むしろ「中国致公党」という、外国人どころか同胞の中国人にすら耳慣れない名前の組織ゆえに、中国共産党の名前を出すことなく中国政府に有利な活動をおこなえる強みがある。こうした致公党の立ち位置が最も活かされるのは、共産党の統一戦線工作(統戦)のチャンネル役を引き受けるときだ。
現代中国における「統戦」とは、まず対内的には宗教団体や知識人・民間企業・新社会階(民間企業の管理職やエンジニア、弁護士、各種フリーランサーといった改革開放経済下で台頭した現代的職業の従事者)などの共産党に包括されていない中国人を対象に、党への親近感や忠誠心を持たせる―─。ひいては、彼らの間に「中国共産党的」な世界観や思考フレームを定着させるための政治工作を指す。
いっぽう、対外的には、国外の親中国的な勢力(たとえば在外華人や中国に関心を持つ外国人)に「交流」を働きかけて中国共産党の認識を刷り込んだり、彼らに中国の国益に見合う言動をとるよう仕向けたり、もしくは海外の反中国運動を分裂・弱体化させたりする政治工作を意味している。さらに香港・マカオや台湾を、漢字の意味通りに中国本土に「統一」していくための政治工作も統戦の大きな柱のひとつだ。
こうした統戦工作を主管するのは中国共産党の統一戦線工作部で、在外華人に対する働きかけ(僑務工作)も党統戦部の指導下にある。中国の代表的な僑務工作組織は5組織あり、「五僑」と通称されている。すなわち、国務院僑務弁公室・全人代華僑委員会・全国政協港澳台僑委員会・中華全国帰国華僑聯合会、そして中国致公党だ。
中国共産党から見た致公党の存在意義は、僑務を中心とした党の統一戦線工作の役に立つという一点にこそある。なかでも重要なのが、現在もなお海外各地の華人社会に大量に存在している洪門組織に対する統戦工作だ。

© 婦人公論.jp 往年の洪門メンバー
習近平の父親・習仲勲と洪門の関係
致公党は建国後も海外の洪門勢力と交流を持ってきたが、文革によって一度は完全に断絶した。だが、党活動が復活した1982年ごろから、アメリカ・カナダ・フィリピン・オーストラリア・ペルー・ミャンマーなどの洪門組織や構成員との接触を再開するようになった。
党史『中国致公党簡史』によると、1979年から83年までに香港・マカオ・台湾や他国の華僑ら、個人や団体を170回近くも接待したという。また1984年には致公党の海外訪問団がフィリピン・カナダ・アメリカと香港・マカオに出かけ、現地の華人の洪門組織や華人団体との交流をおこなった。
文革の影響で全中国が疲弊していたこの時期、海外の華人や洪門組織と接触できる致公党は、彼らを対象とする僑郷(華僑の出身地)への投資の呼び込みや寄付集めをおこなえるということで、従来とは違った形で注目されるようになった。やがて1985年に開かれた致公党成立60年記念式典では、中国共産党高官の習仲勲が以下のような演説をおこなっている。
「致公党は海外の華僑同胞・洪門の人士と広範な関係を結んでおり、愛国統一戦線を発展させるうえで優れた条件を有している。私たちは致公党が中国国内での仕事をしっかりやることと同時に、海外の華僑同胞や洪門・台湾・香港・マカオ同胞との関係を引き続き発展させ、中華の振興と祖国の統一という千秋の大業のため新たに貢献してくれることを望んでいる」(『中国致公党簡史』)
習仲勲は現在の国家主席である習近平の父親だ。息子とは違って党内のリベラル派として知られていた習仲勲は、致公党が改革開放時代の経済発展や海外統戦に役立つことを見抜いていたようである。この演説はほかにも「洪門・台湾・香港・マカオ同胞」と、洪門を台湾や香港と同列の存在として扱っている点も興味深い。
華僑マネーを当てにした投資誘致は今世紀に入ると沈静化するが、逆にその後は中国の経済発展によって留学ブームや中国企業の海外投資奨励政策(走出去)が起き、さらに習近平政権の成立後は国際進出戦略である一帯一路が提唱された。
つまり、中国人が海外に出る機会が増え、中国が政治・経済面で海外に影響を与える局面が増した。ゆえに中国共産党による海外統戦の重要性も、大幅に高まっていく。

© 婦人公論.jp 『現代中国の秘密結社 -マフィア、政党、カルトの興亡史』(著:安田峰俊) © 婦人公論.jp バンクーバーのチャイナタウンにある中華会館内で出会った洪門のメンバー(左端と右から2番目)と筆者。2018年11月29日
秘密結社のマスク外交
結果、致公党による洪門外交も大きく拡大することになった。
たとえば致公党広東省委員会のホームページを見ると、2020年1月~6月だけで下記のような海外洪門関係者との接触が確認できる。なお、2020年1月20日以降は新型コロナウイルスの流行が表面化したため、各国の洪門との交流は(これでも)前年より減少している。
1月7日 オーストラリア洪門致公総堂中国語秘書林東が致公党広州市委員会を訪問。
1月10日 カナダ中国洪門民治党ロンドン支部主委の谷剣雲が致公党珠海市委員会を訪問。
1月15日 アメリカ至孝篤親総公所秘書長の陳建平、フィリピン中国洪門致公党総部副主席の林志謙、カナダ民治党の谷剣雲が、致公党広州市委員会を訪問。
1月16日 コスタリカ駐中国大使デルガードによる広東省江門市訪問に同行したコスタリカ洪門致公党主席の呉裕群、致公党江門市委員会主委の胡念芳と会見。
4月13日 同日までに、広東省各地の致公党委員会が新型コロナに苦しむ海外66の同胞団体にマスク合計46万4400枚と薬品400箱を送る。うち、洪門関係の組織であることが確認できる団体は、致公党広東省委員会からマスク3万枚を贈られたオーストラリア洪門致公総堂、致公党広州市委員会からマスクを贈られたアメリカ・フィラデルフィア洪門致公堂、カナダ全カナダ洪門民治党と同バンクーバー支部・ロンドン支部・カルガリー支部、中国洪門イギリス・マンチェスター支部、致公党佛山市委員会からマスク計3万枚を贈られたパナマ中国洪門致公党とコスタリカ洪門致公党など。
6月16日 台湾の国際洪門中華総会常務理事長の朱邦文率いるビジネス視察団が広東省東莞市を訪問、致公党東莞市委員会が接待。
※なお「主委」とは主任委員の略で、支部のリーダーのことである。また何度か登場する「ロンドン」は、カナダの地方都市の地名だ。
現在の致公党が洪門以来の儀礼を内部で残しているとは思えないが、海外の洪門組織との交流の際は「仁義の心」といった伝統的な要素が強調されることも少なくない。


洪門、カナダの反日ムーブメントを動かす
私が過去に取材したカナダ洪門をはじめ、いまや中国国内の致公党と積極的に交流している海外の洪門組織は、台湾の組織を含めて、ほぼすべて中国共産党を積極的に支持している。報道を観察する限り、近年になり中国政府の影響を特に強く受けているとみられるのは、北米・中南米とオセアニア、フィリピンなどの洪門組織だ。
たとえば、チベット・ウイグルの民族運動や台湾における泛緑陣営(台湾自立派)の政権獲得、対日歴史問題や尖閣問題、香港デモといった国際問題が持ち上がるたびに、各国では中国政府を支持する華人のデモがおこなわれたり、現地の華人団体が反対声明を出したりする。これらにしばしば協力しているのが現地の洪門である。
特に広東系の華人が多いカナダでは、香港出身の議員が国政や地方政治に進出し、選挙支援に洪門が食い込む例がいくつも見られる。こうした議員らが華人票をより多く獲得するため、「祖籍国」中国の愛国主義イデオロギーと合致した法案を提案するケースもある。
なかでも代表的なのが、香港生まれのカナダ連邦議員であるジェニー・クワン(関慧貞)だ。2018年に南京大虐殺の記念日を国家レベルで制定することを求める動議をカナダ議会に提出するなど、対日歴史問題に強硬な政治活動が目立つ華人の女性議員である。
彼女はブリティッシュ・コロンビア州議時代の2004年4月に、カナダを訪問した中国致公党の当時の主席・羅豪才と会見しているほか、上記の南京記念日制定のための署名活動に先立ってバンクーバーやカルガリーのカナダ洪門組織を訪問するなど、洪門や致公党との関係が非常に近い。
(このあたりの話は拙著『もっとさいはての中国』に詳しい。もっともジェニーの政治活動は、別の香港系カナダ人が立ち上げたCANADA ALPHAという強硬な対日歴史問題追及組織から直接的な影響を受けており、カナダ洪門は側面からサポートする立場である。ただし彼女以外にも、洪門と接触がある複数の華人系の地方議員が各地で中国共産党を支持する政治活動をおこなっている。)
さておき、中国共産党の愛国主義イデオロギーが、統戦工作のカバー団体である致公党の「洪門外交」を通じてカナダ洪門に伝わり、それが華人のカナダ人議員の政策に反映され……、という玉突きゲームのような現象は、ある程度までは存在している。
致公党を通じて海外華人社会に浸透する中国共産党の統戦工作は、近年無視できない
影響力を持ちつつあるのだ。