Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

ポンペオ国務長官来日からひもとく米国の深謀遠慮

Bpress 提供 訪日し、菅義偉首相と会談したポンペオ国務長官(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
グローバル戦略の再構築に動く米国
──10月6日に、米国のポンペオ国務長官が来日しました。大統領選の終盤というこのタイミングでポンペオ国務長官が来日したのはなぜでしょうか。
酒井吉廣氏(以下、酒井):本件は、他にも複数の方から問い合わせを受けました。まず、誤解があると感じたのは、大統領選挙前に国務長官が外交することはあまりない、という見立てです。現職側は勝つことを前提としていますから、実はそうとも言い切れません。
 また、ポンぺオ国務長官のレガシー作りだと説明した米国人ジャーナリストもいたようですが、いくらトランプ政権が勝手気ままな人々の集まりだとしても、大統領専用機を使っての訪日ですから、選挙に悪影響を与えるリスクを取るはずはありません。また、コロナ対策として外国人の来日に厳しい日本で、あえて4カ国外相会合を開いたことにも意味があります。
 このあたりの理由は、菅政権関係者以外でも、政治家の中には事情を知っていた人もいたようです。
──と申しますと。
酒井:自民党の石破茂元幹事長が自民党総裁選の時、アジア版NATO(北大西洋条約機構)について話しました。彼は以前から首相候補と言われてきましたし、元防衛大臣を務めた方なので、安保関係の情報は今でも入ってくるのかもしれません。彼の場合、ここに中国も入れると良いのではないかと付け加えました。
 また、ポンぺオ国務長官の訪日に同行した米国務省高官に、日本の記者から「アジア版NATOに向けた動きなのか」というような質問があったと聞きました。ノーコメントだったとのことです。
 今回の4カ国外相会合は2回目で、国務長官の訪日は4カ国外相会合を継続する目的をそれぞれの国で共有していることを示しました。相互協力の中に海洋安保がありましたが、これは中国の海洋進出も念頭にありますが、基本的に世界が不安定になっていることへの対応だと思います。冷戦終結からの30年間に大きな技術革新があった中、米国のグローバル戦略を再構築しようとの動きの一環だと言えるでしょう。
ポンペオ国務長官が訪韓をやめた理由
──確かに、ポンペオ国務長官は菅義偉首相や日豪印の外相と会談、対中包囲網の構築を盛んに呼びかけました。その背景には何があるのでしょうか。
酒井:「自由で開かれたインド太平洋」は安倍前首相が提唱したものですが、同時に、オバマ政権のピボット戦略(大西洋からアジア・太平洋への主軸の旋回)の延長線上にもあります。コロナ禍で国際協調の形が変化、加速する中、4カ国の協力関係を深化させようとしていることを見せたのが、今回の4カ国外相会合でした。
 米国にしてみれば、一口に「対中包囲網」と言っても、中国の方が先に世界へのプレゼンス拡大をやってきているので、それを包囲することは容易ではありません。また、日本は経済界の意思もあるので、簡単には対中強硬戦略を取りません。その中で、自陣営での立場確立を材料に取り込む意志も米国にはあったでしょう。
 今回のポンペオ訪日と4カ国外相会合は、トランプ政権というよりも、オバマ政権時代から続く新しい時代の潮流を、米国として本腰を入れ始めたというふうに捉えればいいのではないでしょうか。これを一気に動かしていくパワーがトランプ政権にはあると思います。
© JBpress 提供 ポンペオ国務長官の訪日とともに開催された4カ国外相会合(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
──ポンペオ国務長官がモンゴルと韓国への訪問をキャンセルしたのはなぜでしょうか。
酒井:まずインド太平洋という海洋戦略に、モンゴルと韓国は関係ありません。また、現在は新グローバル戦略の足腰を強める時期です。
 モンゴルについてはエスパー国防長官が2019年に訪問していますが、ここで中国を真正面から刺激することが得策かどうかと考えたのでしょう。そもそもモンゴルはソ連に近い共産主義国だったわけですから、中国とロシアが接近している中、モンゴルとの関係強化には慎重さが求められるという側面もあると思います。なお、10月9日には茂木外相がモンゴルを訪問して外相会談をしています。ここで、ポンペオ国務長官の意思も伝えられたはずです。
 韓国については、米国のグローバル戦略の中には入らないと思います。朝鮮半島問題で米国にとって重要なことは、北朝鮮を非核化して普通の国にすることです。それに協力するのか、実は相手側に立つのかわからないような国を簡単には信じられないということもあるのでしょう。
現実味を帯びるSEATO(インド・太平洋条約機構)
──4カ国外相会合を日本で開催した理由は何でしょうか、
酒井:「自由で開かれたインド太平洋」戦略は、地図で眺めれば、右側に米国、左側にインド、真中の北に日本で南にオーストラリアです。安倍前首相が提唱したからというのもありますが、地政学的に見ても日本が中心になるからです。
──酒井さんの新刊『New Rules』でも言及されていますね。
酒井:また、今回で2回目の会合でしたが、具体的な目的を持って会談したという意味では今回が初めてです。それを日本で実施したことの意味は大きかったと思います。そもそも、大日本帝国が大東亜共栄圏の先にインドを見ていたのは誰もが知る事実です。時代が変わったとはいえ、日本にアジア太平洋をまとめ上げる研究の蓄積があるのも事実です。
 具体的な目的というのは、質の高いインフラ、サイバー、海洋安全保障の3つが主ですが、米国にとっての仮想敵が中国なのは明白です。しかし、それがなくても、米国には、グローバルな海洋戦略を考える際に重要な同盟国が太平洋と大西洋に必要です。その一つが日本だったと言えます。
──ポンペオ国務長官、ひいてはトランプ政権のアジア戦略について改めて教えて下さい。「自由開かれたインド太平洋戦略」で目指しているものは何でしょうか。
酒井:South & East Asian Treaty Organization(SEATO<仮称>)の設立だと言えると思います。ただ、ソ連とワルシャワ条約機構を明確な敵と意識して、実戦を前提とした軍備に必死だったNATOとは違います。戦争以外の様々なレベルでの協調と安全を確保して、自由な活動ができるインド太平洋を維持するというものです。
 東南アジアと言うと、インドは南アジアだと言う話になります。しかし、この戦略はインド洋と太平洋の二つを結び付けて考えるのですから、地図上の左がインド、右が米国の広大な安全保障ということになります。
 例えば、米国のクリーン・ネットワーク戦略には海底ケーブルも含まれますが、太平洋やインド洋に敷かれる海底ケーブルは日米豪印で安全確保を行う、という発想です。海上、海中、海底のいずれも4カ国で守る。もちろん、そこに位置する国の安全を守り、お互いの経済発展を促す、というものです。
SEATOの日本のメリットとは
──SEATOとは耳慣れない言葉ですね。ここには、台湾や東シナ海、南シナ海についてのスタンスはいかがでしょうか。
酒井:これは、1960年にラオスのフォーミ軍司令官と英国のマクミラン首相がSoutheast Asian Treaty Organizationと使ったのが最初です。当時はアジア版NATOで軍事同盟のための名称でした。今回は平和優先ですが、現段階で私が想定した仮称だと思って下さい。
 台湾などについては、中国を明確な敵とするかどうかに関係します。コロナ禍で甚大な被害を受けた米国は今は怒っていますが、やがてそれがどうなるかは見極めが必要です。
 まず、台湾については、着々と独立国としての体裁を築き上げてきました。特に、国家のデジタル化への対応の素早さと、今回のコロナ対応の見事さは世界中が台湾を強く意識したと思います。
 これに対して中国は、絶対に台湾の独立を認めない方針ですが、国民党の馬政権の時のように、国家的独立と両国関係の融合を同時に目指す流れができれば、これも一変するかもしれません。「将来は一つになるが、そのための準備はお互いがする」というような関係があり得ないとは言い切れません。
 そもそも、日本のシーレーンを考えると台湾はとても重要な位置にあります。南シナ海も同じで、様々な国の権益が関係するため、二国間協議ではなかなか答えを出せませんが、国家間連合体となれば、それが可能かもしれません。フィリピンやベトナムもSEATOには賛同するのではないでしょうか。
 従って、中国を敵とする姿勢を露骨に示さずに、将来の中国の参加まで可能性を残したものであれば、上手く行く可能性は十分あると思います。
──日本にとってのメリットは何でしょうか。
酒井:一つにはシーレーンを、国際的な組織で守り合うという点です。現行の憲法下で自衛隊を軍隊にすることが不可能な中、法解釈の変更のみで自衛隊の活動を拡大することにも限界があります。一方、世界の至る所にテロが起きる時代になり、海賊も増えました。そんな中で、インド洋と太平洋の商船の安全航行を保証する国際組織ができることはプラスですね。
 また、今回の4カ国外相会合でも触れていますが、北朝鮮の拉致問題解決への期待です。
 北朝鮮の拉致問題は、結局、日本独自の二国間交渉では進まなくなっており、同じく拉致被害者のいる韓国も日本とは一枚岩にはなりません。米国も支援をしてくれていますが、現実の核の脅威がある中、米国は自国を北朝鮮の核から守ることを優先せざるを得ませんでした。
 こうした中で、SEATOが本格稼働し、シンガポール、インドネシア、ベトナムという北朝鮮と国交を持つ国が仲間になると、複数国によるプレッシャーを与えることが可能となります。
 北朝鮮による拉致被害者の問題は、日本国が独自にも進めるべき国家の問題ですが、同時に多くの国を巻き込んで北朝鮮が拉致被害者を保持し続けないように追い詰めるという戦略は有効だと思います。北朝鮮にとって、それを隠し続けるメリットがないということをしらせるという点からも重要です。
イスラエルとアラブ諸国の国交樹立の意味
──トランプ政権は国際協調路線ではなく、孤立主義、単独主義にシフトしているという指摘がありました。今回のSEATOは再び国際協調を重視する米国に戻るということでしょうか。
酒井:トランプ政権は応分の負担を出し合う協調は否定していません。この安全保障体制は米国の利益にもつながりますし、NATOのように従来のコスト分担を修正するのとは異なり、最初から各国が自分の利益を勘案しながら公平な観点で分担し合うような決め方になると思います。これは、従来の国際協調とは異なる構造です。
──今回の訪日が大統領選に与える影響はありますか?
酒井:イスラエルとUAE(アラブ首長国連邦)およびバーレーンが国交樹立して、サウジアラビアがこの3カ国の商用機の上空通過を認めました。また、レバノンがイスラエルとの海洋国境の確定に動き始めました。すべてトランプ政権の成果です。
 しかし、イラン勢と徒党を組んだと言われる民主党(バイデン候補はイラン核合意への復帰を示唆している)とリベラルメディアが「パレスチナ難民を見捨てるのか」と批判しているため、米国で成果があまり報道されていません。トランプ大統領のノーベル平和賞受賞に対しても、ノミネートされた後に米国の一部から批判のレターが届いたそうです。
 つまり、何でも良いから反トランプという人がいる中で、しかも報道管制のようなことが起こっている中で、これが現職陣営にとってプラスになるかどうかはよくわかりません。また、従来の考え方で国際戦略や地域戦略を考える人が米国にはいまだ多く、4カ国外相会合とSEATOの価値が認められるにはしばらく時間がかかるかもしれません。
──どういう意味ですか。
酒井:米軍がシリアやイランを含めた世界の各地域から減っていくことを、米国の力の低下と指摘する人が非常に多い。彼らは、米軍のプレゼンス低下が地域紛争の拡大につながると批判します。イスラエルとUAEやバーレーンの国交樹立などには、中東情勢の不安定化を加速したと分析する人もかなりいます。
 日本人で米国や中東を専門とする人、また国際問題専門家のような人もそう言っています。彼らにとっては、そもそもトランプ大統領がやることはすべて悪のように感じるのでしょう。在イスラエル大使館をエルサレムに移したことへの評価もそうです。私も、それ自体を否定するつもりはありません。
 ただ、その考え方は、大東亜戦争で航空機部隊を使った真珠湾奇襲攻撃を成功させて対米開戦を始めたにもかかわらず、軍艦同士の戦いこそが海戦だと決めていた大日本帝国海軍のようなものだと感じます。新技術を前提にすると世界がどう変わるかを考えるべきでしょう。
 結局、真珠湾の奇襲に成功した日本では山本五十六連合艦隊司令長官だけが航空戦の技術向上の重要性を理解していたと思われるのに対して、奇襲を受けた米国ではワシントンの本部の認識の遅れを軍人たちがカバーして時代の波に乗りました。現在も、低飛行衛星やドローン、サイバー攻撃&防御を総合活用する時代なのだろうと思います。
UAEの衛星が日本に情報を送る日
──ここまでに述べた米国の動きは日本にとっても良いことですか。
酒井:はい、そう思います。やや話は長くなりますが、全体を説明しないとわからないと思いますので、そこはご理解下さい。
 イランのソレイマニ司令官殺害はドローンによって行われましたが、同時に、イエメンにいたコッズ部隊の副司令官も攻撃しました。これ以来、イランの動きが止まっていますが、ペルシャ湾は危険が高まったと言われています。しかし、アラビア半島の南にあるイエメンまで沈黙していることは重要なポイントです。
 ここに先ほどのイスラエルとアラブ諸国の話が出ました。貿易という視点を加えますと、イスラエルは紅海から地中海に抜けるパイプラインを持っていますので、サウジアラビアは自国の原油を紅海からインド洋へ運べるのみならず、紅海からスエズ運河とイスラエルの二つのパイプラインで地中海に運べます。
 ペルシャ湾側も、オマーンとカタールが米陣営にあることを考えると、UAEとバーレーンの動きはアラブ諸国の原油輸出などをイランの脅威から守る方向に動いたと言えます。近い将来、残りの両国とペルシャ湾の最深部にあるクウェートもUAEとバーレーンに追随するかもしれません。
 変な話に聞こえるかもしれませんが、オバマ政権時代のイラン核合意によってイランへの脅威が高まったアラブ諸国は、イスラエル建国以前にあった「アラブ対ペルシャ」という構図になりかけていました。そこをついたのが、今回の中東情勢の変化です。
 現在、自衛隊も調査の名目ですがオマーン湾からペルシャ湾に入るあたりに護衛艦を派遣しています。
 このオマーン湾はアラビア海を通じてインド洋につながります。すると、「自由で開かれたインド太平洋戦略」と併せて、日本はシーレーン防衛という70年代からあった考え方を複数国で守れるようになります。しかも、ドローンやサイバーを使えば、自衛隊員の命を前面に出さずとも守れる時代が近いうちに来るかもしれません。なお、日本はイランとも独自の友好関係を築いてきました。
 UAEは、種子島から火星探査衛星を打ち上げましたが、やがて低飛行衛星によってイランの動きを従来より早く察知して行動できるようになるでしょう。もしかすると、将来、UAEの衛星が日本に情報を送るということもあり得ます。
バイデン政権の誕生が外交に与える変化
──米国のアジア戦略は大統領の交替で大きく変わりそうですか?
酒井:変わるとすれば、イランへの対応をどうするかだけでしょう。オバマ政権で副大統領だったバイデン候補は、イラン核合意への復帰を示唆しています。しかし、イランが核合意を守らなかったのは事実ですし、あの時の110億ドルの資金支援はコッズ部隊に向けられたとも言われています。
 しかも、この考え方は、退任直前の2018年にマティス国防長官が導入したNational Defense Strategyとも符合します。そうすると、この戦略を変えることは容易ではありません。
 今回のご質問の最初にあったポンぺオ国務長官の目的ですが、こういった大きな戦略を達成するために貢献したということだったのでしょう。大統領選挙がどうという問題ではなく、タイミングを失してしまうことのリスクを考えたのです。今は、インドが中国と国境紛争をやっていますし、オーストラリアも反中化しています。
──平和ボケの日本に大役が務まりますか。
酒井:平和ボケしているのが事実としても、それは一般国民の話です。自衛隊員はそうではないでしょう。しかも、この話で最もメリットを受けるのは日本です。東南アジアへの日本のODA(政府開発援助)などが実ってきている中で、従来以上の安全性で彼の国々との往来が増えるのは、日本の求めるところではないでしょうか。
© JBpress 提供 『NEW RULES 米中新冷戦と日本をめぐる10の予測』(酒井吉廣著、ダイヤモンド社)
※本記事の著者である酒井吉廣氏が『NEW RULES 米中新冷戦と日本をめぐる10の予測』(ダイヤモンド社)という新刊を出します。米中新冷戦に落としどころはあるのか? 米国の覇権は終焉に向かうのか? コロナ禍は米国経済にどんな影響を与えるのか? 韓国と北朝鮮は統一に向かうのか? 米国の政治経済を第一線で見続ける著者による新しい世界秩序の解説します。