Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

「ポンペオ訪韓中止」で露呈した米韓同盟の空洞化

JBpress 提供 10月6日に来日し、首相官邸で菅義偉首相と会談を行った米国のマイク・ポンペオ国務長官(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)
 同盟とは本来、共通の目的を持ってお互い協力するものである。ところが、米国と韓国の間では、米韓同盟に対して期待する目的や対象が違ってきたようだ。以前は北朝鮮の脅威から韓国、東アジアを守ることで一致していたのだが・・・。
 今でも、もちろん北朝鮮の脅威に対抗する側面はある。ただ、同時に韓国は米国に対し、「南北関係の進展のために協力してもらいたい」という期待が大きい。他方米国は、「東アジアや南アジアで海洋進出を一段と強め、軍事力や最新技術、外交分野で米国と覇権を争うようになってきている中国をけん制するため、韓国も西側陣営の一員として協力してほしい」と考えている。
 こうした立場の違いが、ポンペオ長官の「訪韓中止」によって鮮明になった。ポンペオ長官が予定していたアジア歴訪のうち、訪問先を日本だけに変更し、東京都内でクアッド会合(日米豪印4カ国外相会合)に出席した後、帰国することになった。
 なぜポンペオ長官は韓国をスルーしたのか。理由は韓国自身もよく分かっている。韓国の主要紙における「ポンペオ訪韓中止」を巡る論調を見れば一目瞭然である。
米朝関係進展のため、米国を説得したかった韓国
 文政権に近いハンギョレ新聞は、「ポンペオ長官の今回の訪韓は、朝米対話の糸口になるという期待が大きかっただけに、朝米のさらなる関係進展がない状態で米国は来月3日に大統領選挙を迎えることになった」と落胆を隠さない。これは文政権の本音でもあろう。
 同紙は、文在寅政権が進めて来た米朝対話のための準備について、こう解説している。
<文在寅大統領が9月23日の国連総会の基調演説で話題を投げかけた終戦宣言問題を機に、朝米間の対話の扉を開こうと刻苦の努力を傾けてきた。その後、外交部のイ・ドフン朝鮮半島平和交渉本部長は先月28日、米国でスティーブン・ビーガン米国務副長官と会った後、記者団と会い、朝鮮半島の非核化と平和構築に関する「創意的なアイデア」を議論したとし、「北朝鮮の参加」を呼び掛けた>
 そうしたお膳立てをした上で、ポンペオ長官の訪韓の際に米朝関係について突っ込んだ議論を行って米朝関係の進展を促し、それを南北関係の進展に結び付けようとする計算があったのだ。それらの準備も、トランプ大統領のコロナ感染を理由にポンペオ長官が訪韓を取りやめたため、無駄に終わってしまった。
 また同紙は、北朝鮮との関係を考える上では、次期大統領はトランプ大統領が望ましいと考えている。仮にバイデン氏が大統領になった場合には、<現在の「トップダウン方式」の対話路線から根本的な再調整が行われるだろう>として、金正恩氏がトランプ氏との対話路線に乗り出していた状況が反転する可能性があるとして危惧の念を示している。
直前で中止されたポンペオ訪韓
 これに対し朝鮮日報は、ポンペオ長官の訪韓が、予定の3日前に中止されたことで当惑する韓国政府について批判的に報じている。
<韓国政府は、対北朝鮮政策で制裁を強調する米国との足並みが乱れ、米中対立でも中国を意識して米国側の要求にあいまいな姿勢を見せたことから、米国の訪問先の優先順位を下げられた>
 との有識者の声を紹介している。
 そして元外交官の声を引用しつつ、こう批判する。
<ポンペオ長官の今回のアジア歴訪は対中戦略に基づくものだ。韓国政府はポンペオ長官の訪韓を北朝鮮に対するメッセージ用として活用しようとばかりして、米国が希望することを軽視したため、このようなことになった>
 同紙によれば、米国務省は「ポンペオ長官は東京で4カ国外相会合に出席する。(この会合は)インド・太平洋地域の緊迫した懸案に焦点を当てるだろう」と今回の会合の意義を説明しているという。もちろん狙いは「中国をいかに封じ込めるか」であり、参加4カ国にとってその意図が揺らぐことは当分なさそうだ。そしてそこに韓国は名を連ねていない。
<ポンペオ長官の今回の訪韓延期決定は、米国の対中政策に韓国が参加しないなど、以前とは違う韓米同盟の現住所を示しているとの指摘がある>
 朝鮮日報はこのように米韓同盟の弱体化に対する憂慮を伝えている。
中国に配慮し、クアッドに消極的な韓国
 しかし米韓同盟を一方的に毀損してきたのは韓国政府だったと言える。
 まず、韓国は同盟国である米国の東アジア政策に対して、あいまいな態度をとり続けて来た。
 例えば康京和外相は、9月25日に開催された米国の非営利団体「アジア・ソサエティ」主催テレビ会議に出席した際、司会者が「韓国はクアッド・プラスに参加する意向はあるのか」と尋ねたところ、「他国の利益を自動的に排除するいかなることも、良いアイデアではないと考える」と述べた。10月初めにポンペオ国務長官の訪韓が予定されていた時期での発言である。その発言の意図はどこにあるのか、外交・安全保障関係者の注目を大いに集めた。
 さらに康長官はこの時、「韓国はクアッド・プラスに招待されていない」とも述べたのだが、これは嘘だった。この会議に先立ち、米国は複数のルートを通じ、クアッドをはじめとする対中政策について説明しながら、事実上の支持と協力を求めていた。康長官はそれを知りつつ、「クアッドへの正式の招待はなかった」と逃げ口上を述べたのだった。
 康長官はさらに「わが国は特定の懸案について対話に関与する意思はあるが、もしそれが『構造化された同盟』であれば、わが国の安全保障上の利益にプラスになるか深刻に考えるだろう」との考えも示した。要するに、米中のいずれにも加担しないという姿勢なのだ。
 司会者がさらに「米中両国と同時によい関係を維持することは現実的か」と質問したところ、康長官は「(特定の国を)選択すべきという考えはプラスにはならない」と反論した。そして、安全保障は米国、経済は中国という立場を改めて表明したのだった。
 ある外交官OBは「先月末に来韓した中国共産党の楊潔チ政治局委員が『米国側に立つな』と圧力を加えたことが、韓国政府の対米・対中戦略にかなりの影響を及ぼしているようだ」との見方を示している。
中国・王毅外相の訪問もキャンセルされてしまった韓国政府
 一方、米国は中国封じ込めのためにクアッドの枠組みを強化し、ゆくゆくはNATOのよなものにしていきたい意向を持っている。
 米国のビーガン国務副長官は、8月末に開かれた米印戦略的パートナーフォーラムで、インド太平洋地域には「NATOやEUのような多国間の構造がない」「4カ国が先に始めることも非常に重要であろう」と述べた。これは、米国が2010年代に入って推進した中国けん制の動きが「リバランス戦略」や「インド太平洋戦略」などの抽象的概念を超え、「対中包囲網」の段階に入ったことを意味するものだ。
 すでに米国は、日本やオーストラリア、インドなどと多様な形態の合同軍事演習を行ってきている。そうした関係をベースに、昨年9月、ニューヨークで4カ国外相会議を開き「『自由で開かれたインド太平洋構想』の実現に向けて協力する」ことで合意した。
 しかし韓国は、自らこの動きと一線を画してきた。
 韓国は、米国が首脳会談などで反中国色の強いインド太平洋戦略に触れるたびに、ASEAN諸国との経済協力を深める独自の「新南方政策」を打ち出した。昨年韓国を訪問したトランプ大統領との会談でも、文在寅氏は「開放性・包容性・透明性という域内協力の原則に基づき、韓国の新南方政策と米国のインド太平洋政策間の調和と協力を推進することにした」と述べ、米国のクアッド政策とは一線を画す方針を暗に伝えているのだ。
 ちなみにポンペオ長官の韓国訪問が中止されると、中国王毅外相の韓国訪問も中止された。せっかく中国に配慮して米国とは一線を引いてきたのに、その中国からも評価されていないことを文在寅大統領は理解しているのであろうか。
同盟関係強化に必要な信頼関係が今の米韓の間にあるか
 信頼は同盟の生命線だ。信頼が崩れた同盟関係では戦略的意思疎通と協調は崩れていく。今の米韓関係を見ると、お互いの信頼が失われているように思われる。
 もちろんそれは文在寅大統領のせいばかりではない。トランプ大統領は商業的取引の観点から同盟に対処してきたし、米国の防衛費分担金を減らすことに過度に執着してきた。また、文大統領が訪米した時も、トップ会談にほとんど時間を割かず、文大統領に対する配慮は示さなかった。
 ただ、やはり文在寅大統領の責任も大きい。トランプ大統領への相談なしに、米韓同盟の主目的である安全保障能力を棄損する行為を繰り返してきたからだ。
 今年の国連総会の一般討論演説では、米国との事前の調整なしに、非核化を前提としない北朝鮮との終戦宣言を提案した。昨年は日本が戦略物資の対韓輸出の審査厳格化に踏み切ると、GSOMIAの破棄を主張し威嚇した。さらに一昨年の南北首脳会談では、軍事分野の合意を行い、38度線周辺での偵察飛行自粛に合意した。
 こうした、米韓の安保体制に重大な影響を及ぼす問題については米韓間で事前の調整が不可欠である。しかし、韓国は米国の反対を予想してか、相談なしに事を進めている。こうした事態に米国の怒りと文政権への不信は極限に達しているのではないか。
同盟国・米国の立場とあまりにかけ離れた文大統領の国連演説
 最近の韓国の行動を見ていると、新しい方針を確定する前に米国の意向を確認し、これを尊重するよりも、まず韓国が独自の行動を起こしで実績を作り、米国をこれに引きずり込もうとしているように思われる。それは、文在寅氏の意向であるばかりか、文政権の北朝鮮政策を総括する閣僚クラスの人々の共通する意思でもあるのだろう。米国の意向を無視してまずは進めてみるという典型的な例が、国連一般討論演説で提案した北朝鮮に対する「終戦宣言」である。
「もう朝鮮半島では戦争は完全にそして永久的に収束されなければならない」「朝鮮半島の平和は北東アジアの平和を保証して世界秩序の変化に肯定的に作用するだろう」「その始まりが終戦宣言だ」
 文大統領はこう述べた。
 しかし、北朝鮮は相変わらず核とミサイルの開発を進め、その脅威は一段と高まっている。その北朝鮮に対して、非核化に向けて有効な措置がないまま終戦宣言すれば、安全保障における致命的な空白を招くことになる。北朝鮮が在韓米軍の撤退を主張する名分にもなる。
 かつて米国の大統領特別補佐官を務めたマイケル・グリーン氏は「韓国大統領が国連で米国議会や政府の立場とこれほど一致しない演説をするのをほぼ見たことがない」と驚きを隠せない。
 いったい文政権は韓国の安全保障と米韓同盟の将来をどのように考えているのだろうか。その疑問が一気に膨らんだのは、日韓GSOMIA(軍事情報包括保護協定)破棄通告と南北の軍事合意の時だった。
韓国の安全保障を脅かす文政権の行動、それに苛立つ米国
 日本が、貿易上の優遇措置を提供する「ホワイト国」から韓国を除外したことに抗議して、韓国は日韓のGSOMIAの破棄を通告してきた。日本が韓国を「ホワイト国」から除外したのは、韓国の輸出管理制度が不十分で、安全保障上の懸念があるからである。
 しかし、韓国政府はこれに対抗して昨年8月、「GSOMIA破棄」を通告してきた。GSOMIAは本来韓国にとってその安全保障上重要な協定であり、それは北朝鮮のミサイル追跡に使われてきた。
 これは米国にとっても日米韓で連携した軍事行動をとるためには不可欠な取り決めであり、この協定の一方的破棄を通告した韓国に対し、閣僚レベルの高官を韓国に再三派遣して、破棄の撤回を求めていた。
 韓国は日韓の二国間問題に米国を巻き込み、日本の譲歩を引き出そうとしたのであろう。しかし、そのために米韓同盟にとっても重要なGSOMIAの破棄を一方的に持ち出すのは、それだけ米韓同盟に対する認識が乏しいということであろう。ちなみにGSOMIAの破棄通告については、GSOMIAが失効する直前に、韓国政府が通告の効力停止を発表したため、現在まで協定は維持されたままである。
© JBpress 提供 『文在寅の謀略―すべて見抜いた』(武藤正敏著、悟空出版)
 また、文在寅大統領は一昨年9月、平壌を訪問した際の南北首脳会談で軍事合意を締結した。その中で最も影響が大きかったのは、38度線周辺の偵察飛行をお互い行わないとするものである。
 しかし、38度線周辺に軍事力を集結させ、軍事的挑発を繰り返すのは韓国ではなく北朝鮮である。しかも北朝鮮は航空燃料も不足し、偵察飛行など行っていない。それを双方が自粛するという合意は実体的には米韓のみを拘束し、米韓の国防力を一方的に弱める行為である。これにポンペオ長官は激怒したという。この時も韓国は米国への事前相談をしなかった。
 このように、米韓同盟のパートナーである米国と相談なく安保を蝕む行為を繰り返す文政権に対する米国の信頼は地に堕ちている。そこにきて米国が主導するクアッド・プラスからも背を向けている。
 ポンペオ氏が韓国訪問をスルーしたのは、トランプ大統領の突然のコロナ感染も理由のひとつだが、それ以上に韓国の同盟国としての位置づけが下がったという事実があると見るべきだろう。