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安倍総理の志は死なない!!

防衛費2%超で補うべき日本の「知られざる弱点」

(数多 久遠:小説家・軍事評論家、元幹部自衛官)
 自民党は、防衛費をGDP比2%に引き上げる倍増案を方針として掲げています。
 2%という数字は、2020年に米トランプ政権のエスパー米国防長官が、日本を含む同盟国に「国防費をGDP比で少なくとも2%に増やしてほしい」と表明したことがベースになっていると思われます。このことをもって、即外圧だと非難する向きもありますが、アメリカとすれば、国防費の少ない同盟国は、安保にただ乗りする寄生虫のようにも見えているかもしれません。
 国防長官という政治のレベルでは2%という数字で語られますが、この数字が某大臣のように「おぼろげながら浮かんできた」などということはないはずです。国防総省内で同盟各国の戦力を分析し、必要かつ可能だと結論づけられていたのでしょう。ただしその分析は公開されていません(そんなものを公開したら内政干渉だと騒ぐ人もいるでしょう)。
 この防衛費倍増案に反対するメディアの中には、装備費を引き上げただけではムダ使いのオンパレードになる上、現在でも隊員の充足に苦労しているように、定員増を図ることも容易ではないとして、倍増は不可能だと非難する声も聞かれます。
 しかし、筆者としては可能だと考えていますし、当然必要だとみています。以下では、防衛費増額の相当部分を必要とするであろう自衛隊の不足機能について考えてみたいと思います。
 さて、本論に入る前に、クイズを出しておきます。超基本的なクイズですが、自衛官でも結構な確率で間違えるクイズです。
 自衛隊の任務は何でしょう?
 答えは、自衛隊に不足している機能に関係しています。
自衛隊に不足する「ホームランド・ディフェンス」能力
 米軍関係者が自衛隊の能力を評価すると、総じて高い評価を与えてくれますが、一部の能力に関しては極めて低評価となります。その1つが、敵基地攻撃能力です。これを増強するためにも防衛費の増額が必要になりますが、この記事では別の能力について注目したいと思います。
 それは、「ホームランド・ディフェンス(Homeland defense)」と呼ばれる能力です。
 日本語に直訳すれば「国土防衛」となるかと思いますが、軍事の世界で言われるホームランド・ディフェンスは単に国土防衛と訳すことが不適切なため、ここでも「ホームランド・ディフェンス」と書くことにします。
 ホームランド・ディフェンスは、主権、領土、国内人口、重要なインフラを、外部からの脅威や侵略、その他の脅威から守ることです。
 アメリカの場合、軍を統括する国防総省がその任を負っていますが、ホームランド・ディフェンスにはその他の省庁も関係するため、それら各省は国防総省を支援することになっています。
 なお、ホームランド・ディフェンスに近い言葉で、「ホームランド・セキュリティ」というものもあります。アメリカの場合、こちらは国土安全保障省が担当省となります。両者は密接に関係しますが、ホームランド・セキュリティの方が少し広い概念です。
「自衛隊のホームランド・ディフェンスに関する能力が低い」など何ということを言うのだと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ホームランド・ディフェンスが対処するべき脅威は、自衛隊が“主に”対処しようとしている脅威とは若干異なります。ホームランド・ディフェンスが対処すべき脅威は、テロや災害、それに暴動などです。もちろん、これらの脅威に対しても自衛隊は訓練を行っています。災害派遣にも積極的です。しかし、脅威の量に対して絶対的に駒が足りません。
 以下では、自衛隊がホームランド・ディフェンスにおいて備えるべき組織や戦力、装備について確認します。
台湾侵攻で中国が日本に仕掛ける支作戦
 近い将来に発生する可能性のある、日本が関係する危機の中で最も可能性が高いのは中国による台湾侵攻でしょう。軍事作戦では、主作戦の他に、主作戦をやりやすくするための支作戦がしばしば行われます。ここで考えなければならないのは、中国による支作戦です。
 台湾侵攻が発生した場合、台湾軍と共に、米軍、特に在日米軍が台湾防衛の主力となります。そして、日本と自衛隊にも台湾と米軍への支援が求められるでしょう。ただし、もし日本が中立姿勢を取るのであれば、米軍機が在日米軍基地から発進し、戦闘することは認められません。艦艇への補給も同様です。在日米軍が台湾防衛の主力の一部となるということは、台湾防衛の成否が日本の姿勢にかかっていると言っても過言ではないと言えます。
 中国が米軍や日本による台湾支援の阻止を意図し、支作戦を実施する時、先島を中心とした沖縄に攻撃し、自衛隊と戦闘する可能性もあります。けれども、もっと容易で効果的な作戦があります。それは、日本国内での破壊工作です。
 工作員を送り込む、あるいは国防動員法により日本国内に居住している中国人を工作員化することで、破壊工作を行う可能性は高いと思われます。この場合、銃くらいは与えるかもしれませんが、大した装備は必要ありません。たとえば電気を遮断するのであれば、警戒されている発電所を避け、送電線や変電所を攻撃します。解体工事などで使用されているガスバーナーを使い、田んぼの真ん中にある鉄塔を切り倒すことで送電線を切ることができますし、無人の変電所で火災を起こすことも容易です。
 ガスや水道も、設備に放火されると復旧するまでに多大な時間を必要とします。鉄道も同様に、変電設備などへ放火すれば容易に止められます。1カ所では、さほどの日数を要することなく復旧できますが、複数の変電所が破壊された場合、鉄道は長期にわたって止まってしまいます。
 道路も、高速道路の高架でタンクローリー事故を起こさせれば、かなりのダメージを与えられます。2008年に首都高5号線で発生した熊野町ジャンクション火災事故では、仮復旧までに5日、本格復旧までに2カ月半を要しました。こうした事故が複数箇所で発生すれば、東京の物流は麻痺状態になることでしょう。通信も、マイクロ送信設備の鉄塔を倒すか、設備に放火することで遮断できます。
 電気、ガス、水道が止まり、電話も通じず、食料品が配送されなくなることでスーパーから商品がなくなった時、それでも日本国民は台湾支援を良しとするでしょうか。太平洋戦争当時であれば、都内でもかなりの野菜が生産されていました。しかし、都市化が進み、我々の生活には都市インフラが必須になっています。すぐに生活が成り立たなくなるでしょう。国民がこれに耐えられるとは思いません。
根本的に不足している人的な戦力
 現状では、こうした破壊工作に対してまずは警察が警戒することになりますが、治安出動などの発令により、自衛隊が警戒にあたることも可能です。ですが、上記のような攻撃が行われる場合、警戒しなければならない施設は膨大な数になります。警察は、通常の仕事もあるため、こうした対処に当たれるのは機動隊くらいです。
 陸自が本年(2021年)9月15日から大規模な陸上自衛隊演習を続けているように、自衛隊は中国による台湾侵攻が行われれば、多くの部隊は沖縄九州方面に機動して、破壊活動ではなく軍によるもっと直接的な支作戦、先島や沖縄本島に対する攻撃への警戒に当たらなければなりません。
 それに、そもそも陸自は約18万しかいないのです。中国による破壊活動は日本各地で行われる可能性が考えられるため、東北や北海道でも警戒が必要です。47都道府県に戦力が分かれることを考えれば、陸自の人的戦力は単純計算で各県4000人にも届きません。そして多くが機動してしまうため、各県に残る戦力はその一部しかありません。さらに常時警戒が必要な上、夜間の方が危険度が高いことも考えれば、交代で任務に就く必要があるでしょう。現場で警戒に当たることのできる人員は、各県とも数百人程度に留まります。この人数では、原発、政府、地方自治体施設など極めて重要な施設しか警戒できません。
 ホームランド・ディフェンスに当てられる主として人的な戦力が、根本的に不足しているのです。このため、米軍関係者は「難あり」と評価することになります。
ホームランド・ディフェンスを任務とする各国の組織
 アメリカの場合、いわゆる米軍として認識されているアメリカ連邦軍ではなく、「州兵」あるいは「州軍」とも言われる“National Guard”が主にホームランド・ディフェンスを担っています。
 州兵には、陸軍州兵と空軍州兵があります。9.11アメリカ同時多発テロ事件の際、最初にスクランブル発進したのはオーティス空軍州兵基地のF-15でした。空自が行っている対領空侵犯措置にあたる活動も空軍州兵が担っているのです。
 そして、上に挙げたような地上での破壊活動に対処するのは約33万人の陸軍州兵となります。日本の人口は、アメリカの約3分の1です。アメリカと同等のホームランド・ディフェンス戦力として州兵同等の組織を整備するのであれば、11万人の戦力を置いても良いはずです。
 しかも、アメリカ本土は、脅威となる国から離れています。それでも、これだけの警戒をしているのです。日本は、台湾進攻が行われた場合には、最前線の一歩後ろです。アメリカ本土よりも、よほど警戒が必要でしょう。
 アメリカ連邦軍は、戦闘が発生すれば、機動し、本土から遠く離れて戦います。州兵は国外に駆り出される(湾岸戦争など)こともありますが、基本的には、いついかなる時でも郷土にあって警戒にあたります。ホームランド・ディフェンス戦力として担保されているのです。
 アメリカの州兵以外にも、いわゆる国防軍とは別に、ホームランド・ディフェンスを任務とする組織を持っている国は多くあります。
 イタリアの「カラビニエリ」は、国家治安警察隊、国家憲兵、軍警察などとも訳され警察的活動を行いますが、軍(l'Arma)と呼ばれることもあるように、軍と警察の中間的存在です。イタリアの人口は日本の半数ほどですが、カラビニエリだけでも、11万もの兵力があります。フランスの国家憲兵隊も、カラビニエリに近い組織です。
 以前のロシアなど、内務省軍と呼ばれる組織として、国防省などではなく、内務省の指揮を受ける軍として編成されている国も数多くあります。それぞれの国情によって任務や編成が異なりますが、ホームランド・ディフェンスを担う組織として、国防軍とは別の軍組織を持っていることは珍しくないのです。
自衛隊の任務は何か
 さて、ここで冒頭クイズの答え合わせをしたいと思います。
 自衛隊の任務は何でしょう?
 この問いに「国民の生命と財産を守る」と答える人は多いでしょう。自衛官にも少なくありません。
 ですが、これは間違いです。自衛隊の任務は「平和と独立を守る」です。正確には、自衛隊法第3条第1項に「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする」と規定されています。
 ホームランド・ディフェンスに該当するのは「必要に応じ、公共の秩序の維持に当たる」という部分です。これは、治安出動を行うための記述だと理解されています。任務に含まれてはいますが、「必要に応じ」とあるように常に課されている任務ではありません。
 歴史を振り返ってみましょう。
 1950年に朝鮮戦争が勃発し、日本国内に駐留していたアメリカ占領軍が日本を空けることになりました。そのため、GHQは日本政府に「警察予備隊」の編成を命じます。警察予備隊の任務は、警察予備隊令に「治安維持のため特別の必要がある場合において、内閣総理大臣の命を受け行動する」と定められていました。
 2年後の1952年、警察予備隊は「保安隊」に改められます。保安隊時の任務は、保安庁法に「わが国の平和と秩序を維持し、人命及び財産を保護する」と定められていました。
 歴史的にみると、ホームランド・ディフェンスだけが任務でしたが、警察予備隊から、保安隊、自衛隊へと変わる中で、国防の任が付与、主任務化され、それまで本業だったホームランド・ディフェンスが付加的(予備的)任務となったのです。
 その理由には、警察と防衛庁(当時)の縄張り争いなど、いろいろな要素がありましたが、日本の場合、警察力が優秀だったこと、および戦後は他国と本格的な衝突をすることがなかったため問題が顕在化せずに済んでいたのです。しかし、中国による台湾侵攻は、現在極めて憂慮すべき情勢にまできています。支作戦として日本国内での破壊活動が行われる可能性を、本気で警戒しなければなりません。
自衛隊とは別組織として編成を
 筆者としては、州兵やカラビニエリのよう現在の自衛隊とは別組織として、ホームランド・ディフェンスを担う組織を編成するべきだと思っています。その最大の理由は、別組織を作らず自衛隊の規模を拡大するのでは、人の確保ができないからです。
 もちろん、別組織にする場合でも、何万もの組織を一朝一夕に作ることはできません。相当苦労することになるでしょう。しかし、州兵などを参考にすれば、現在の自衛隊よりも募集を容易にすることは可能です。「県外への転勤なし」「営内(駐屯地や基地の内部)居住の必要なし」といった、自衛隊とは異なる条件で組織を編成できるためです。遠方への転勤や営内居住は、誰にとっても敬遠される条件となります。また、災害派遣での主力ともなるため、人助けをしたいという人にもアピールできるでしょう。
 こうしたリクルートの結果、今以上に自衛隊の募集が難しくなる可能性はあります。しかし、防衛費の増額が前提であれば、その分、自衛隊を給与や待遇面で優遇しても良いと考えます。アメリカの軍人は、自衛官と比べればはるかに好待遇です。
 アメリカでも、連邦軍と州兵では格の違いがあります。映画『ランボー』でやられ役だったように、装備面でも技量的でも州兵は連邦軍よりも下です。しかし、役割を考えればそれで問題ありません。装備の面では、高性能高価格な装備(ハイ)と低性能安価な装備(ロー)を組み合わせるハイローミックスが行われることがありますが、組織面でハイローミックスを行うということです。
 別組織として編成する場合は、その指揮や性格も、自衛隊とは異なるものにすることが可能です。そして、そこにメリットも生まれます。筆者としては、警察権も持つ方が効果的な組織になるため、カラビニエリのようなものの方が効果的だと考えます。しかし、左派マスコミが「特高の復活」などと騒ぎそうですし、何より高度な訓練が必要になり、ローになりません。その点を考慮すれば、州兵のような形態の方がよいかもしれません。
 ただし、警察権も付与するか否かにかかわらず、平時の指揮に関しては、防衛大臣の下に置くのではなく、州兵が州知事の指揮を受けているように、都道府県知事の指揮を受ける現行の警察のような形態が望ましいでしょう。知事の中には、都道府県民の生命や財産を守ることは国の責任であるかのように考えている方もいるように見受けられます。ホームランド・ディフェンスを担う組織を都道府県知事の指揮下として知事の責任を明確にすれば、現在のような無責任な態度はとれなくなるでしょう。
 逆に、警察を大幅に増強するプランもありますが、破壊工作に対して、警察官として、つまり警察官職務執行法の範囲で対処することは効果的ではありませんし、危険です。警察権を持つ組織とする場合でも、カラビニエリのように軍として動ける組織にするべきです。
必要な組織の規模と予算は?
 ホームランド・ディフェンスを担う組織を新たに立ち上げた場合、費用はもちろん規模に比例します。アメリカの場合、連邦軍は予備役を除き48万人、それに対し陸軍州兵は33万人です。人数比では約70%となります。イタリアの場合、正規陸軍11万に対し、カラビニエリも11万です。逆の例を出すと、イギリスのようにホームランド・ディフェンスのための組織を持たない国もあります。
 組織の性格や国情によるため、我が国での適正規模を見積もることは困難です。そこでここでは仮に、人口が日本の半分であるイタリアのカラビニエリと同規模として考えてみましょう。
 すると人数は約11万です。この数字は、偶然ですが、アメリカとの人口比で州兵相当とした場合と同じです。装備は、自衛隊ほどの重火力は必要がないため、整備費用は、規模の割には少なくて済むものの、当初は施設の建設費用なども必要となるため、当分の間は人数比で考えれば自衛隊と大差ない費用が必要になるでしょう。
 11万は、予備役を除く自衛隊の44%に当たります。この規模のホームランド・ディフェンスを担う組織を立ち上げれば、防衛費は現行の140%ほどになるでしょう。敵基地攻撃能力を高めるための新たな装備品などを購入するなどすれば、防衛費は倍増することになり、GDP比2%に迫るものと思われます。
 アメリカの要求と自民党の方針は、決して根拠のない数字ではないはずです。
(結論)ホームランド・ディフェンスを担う新組織を編成すべき
 筆者はかねてからホームランド・ディフェンスの能力を高めるべきだと考えていました。しかし、防衛費の大幅増額など望むべくもないと思っていました。そうなると、スクラップ・アンド・ビルドしかありません。2013年末に発表された防衛計画の大綱では、戦車の大幅な削減が打ち出されましたが、筆者はそれ以前から、戦車などを削減してホームランド・ディフェンスの能力が高い普通科を増強するべきだと主張していました。
 今後、本当に防衛費が倍増され、GDP比2%もの防衛予算が確保されるのであれば、まだ使用可能な戦車などを廃棄することなく、ホームランド・ディフェンスの能力を高めることができるでしょう。
 実際に防衛費が倍増されるかどうかは不透明ですが、もし可能であれば、敵基地攻撃能力などだけではなく、カラビニエリや州兵のようなホームランド・ディフェンスを担う新組織を編成すべきだと考えています。