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安倍総理の志は死なない!!

台湾と手を結ぶ「小国」リトアニア、なぜ欧州で反中・反露の先頭に立てるのか

(在ロンドン国際ジャーナリスト・木村正人)
[ロンドン発]距離にして8310キロメートル、ユーラシア大陸の両端に位置する台湾とバルト三国のリトアニアがロシアのウクライナ侵攻で一段と連携を強めている。台湾はウクライナ支援を強化してウラジーミル・プーチン露大統領に対峙することが中国の習近平国家主席に対する最も有効な抑止力になると考えている。逆もまた然りである。
 7月11日夕、筆者の加盟するロンドン外国人特派員協会(FPA)のサマーパーティーが開かれた。台湾・中央通信社(CNA)で働く顔なじみの女性記者が筆者に対し、暗殺された安倍晋三元首相へのお悔やみを述べ、「最近リトアニアの記事ばかり配信していて、取材先から『リトアニア専門の通信社なの?』と尋ねられる」と冗談交じりに話しかけてきた。
 人口で中国の約500分の1、面積にして約147分の1の小国リトアニアは欧州一の対中強硬派だ。
 彼女の記事ではないのだが、CNAは3月22日、憲兵隊で歩哨を務め、銃の扱い方を知っている台湾人男性がフィンランドのウクライナ大使館で「人間の基本的な価値観を守るため自分の役割を果たしたい」と領土防衛隊国際部隊に志願したニュースを配信した。
 それからその男性は、船と自転車でリトアニアに渡り、現地のウクライナ大使館で戦闘経験がないことを理由に国際部隊への入隊を拒否されたことを知った。その代わりポーランドに行ってウクライナ避難民に台湾料理をふるまうボランティアをするよう勧められたそうだ。台湾が60ミリ迫撃砲弾をウクライナに供与したという現地報道を台湾国防部が否定した記事もある。
中国が激怒した「駐リトアニア台湾代表処」開設
 台湾はハンガリーに避難しているウクライナ人を支援するため15万米ドルを寄付するなど、7月4日の時点で計2000万米ドル以上をウクライナとその周辺国に贈ったとCNAは伝えている。昨年11月、台湾に事実上の“大使館”開設を認めたリトアニアは中国の経済制裁を受けたため、逆にリトアニア産のラム酒やビール、お菓子が台湾で大人気となっている。
© JBpress 提供 2021年11月18日、リトアニアの首都ビリニュスに設置された「台湾代表処」前で記念写真に収まるスタッフたち(提供:Taiwan Ministry of Foreign Affairs/AP/アフロ)
 今年5月にはリトアニアと台湾最大のスタートアップ村の間で覚書が締結された。台湾の代表団もリトアニアの最先端テックパークを訪れた。台湾はまた、欧州連合(EU)と半導体分野で貿易と協力を促進させるためプラットフォームを立ち上げることで合意した。海に囲まれる台湾は欧州と協力し、温暖化対策のため洋上風力発電の開発を進めたい考えだ。
 台湾が欧州に代表機関を置くのは2003年のスロバキアに続き18年ぶり。当然ながら、台湾ではリトアニアに対する関心が急速に高まった。
 しかし「駐リトアニア台湾代表処」と「台湾」の名称を使ったことで、リトアニアは「一つの中国」を掲げる中国の逆鱗に触れた。リトアニアと中国の関係が悪化したのは2019年2月、リトアニア国家安全保障省が国家脅威評価報告書でロシアと並び初めて中国を「安全保障に有害な国」として取り上げたのが発端だ。
 報告書の大半は長年にわたるロシアの脅威について割かれ「ロシアがリトアニア領空で無人偵察機を使用している。ベラルーシからも飛来してくる」と指摘。「モスクワがウクライナの国内情勢を不安定にし、西側同盟国や国際社会におけるキーウの信用を失墜させる機会を狙っている」とウクライナにおけるロシアのさらなる軍事行動への懸念も表明していた。
港湾利権を中国に握られ、ロシアと連携されれば命取り
 そのロシアに続き、中国についても「安全保障に有害」と断罪した。
 同報告書は中国の脅威をこう指摘している。
「西側諸国における経済的・政治的野心の高まりは他の北大西洋条約機構(NATO)やEU加盟国だけでなく、リトアニアでも中国の情報・治安機関の活動をますます活発にしている。国家安全部と人民解放軍の軍事情報部の2つが活動している。わが国における彼らの活動は長期的に拡大していく恐れがある」
 そして中国の具体的な偽装手段を紹介し、注意を呼びかけた。
「海外で中国の情報機関は伝統的に、外交的に偽装し、国が出資する孔子学院、中国企業や通信社、海外留学中の中国人学生を利用する。中国の情報活動は中国の核心的利益に関わっており、例えば、リトアニアがチベット自治区や台湾の独立を支持せず、これらの問題を国際的なレベルで取り上げることがないよう働きかけてくる」
 さらにと、狙いと手口をこんなふうに暴露して見せた。
「リトアニア国民から国家やNATO、EUに関する機密情報を入手しようとする恐れがある。中国に同調し、政治的影響力を行使できる個人や政策決定者ら適切なターゲットを探している。贈り物をしたり、中国への旅行費用を負担したり、中国で開催される研修や講座費用を負担したりすることで影響力を持とうとしている」
 これを見れば、リトアニアの国家安全保障省がどれだけ中国を危険視しているか分かるだろう。だから一帯一路のような中国主導のインフラ開発にも否定的だ。
 リトアニア唯一の港湾都市・クライペダ港の開発に関し、同国のギタナス・ナウセダ大統領は「強引に進めるのは賢明ではない。国家安全保障上の基準で受け入れられる特定の投資者はまだ見つかっていない。もし中国になれば欧州全体にとって大きな問題になり、国家安全保障に関わる」と強い危機感を示した。港湾利権を中国に握られ、ロシアと連携されればそれこそ命取りだ。
「中国の17+1はゾンビメカニズム」
 2012年、中国は中東欧諸国との協力枠組み「16+1」を打ち出し、その後ギリシャを加え「17+1」に拡大した。当時は欧州各国がチャイナマネーに飲み込まれることになりそうにも見えた。だが10年後の現在、事態はそのようには進んでいない。アジア太平洋の政治・安保専門オンライン誌「ザ・ディプロマット」は昨年2月「17+1はソフトパワーとハードパワーを駆使し欧州に影響圏を作り出す玄関口になるはずが、通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の次世代通信規格5G参入問題で頭痛の種となった」と指摘した。
 どういうことか。
「17+1」のほぼすべての国がファーウェイの5Gネットワークへのアクセスに照準を合わせた覚書を米国と交わしたり、中国のハイテク企業を封じ込めるワシントンのクリーンネットワーク計画に参加したりしたのだ。中でもリトアニアは同年5月「17+1」からの離脱を発表し、他のEU加盟国にも離脱するよう呼びかけた。背後に米国の動きがあったのは疑いようがない。
 このほかルーマニアは2020年6月、中国広核集団(CGN)によるチェルナボーダ原発の原子炉2基に関する協定を反故にした。その数カ月後、中国企業のインフラ契約への参加を禁止することを検討中であることを発表した。チェコは昨年2月、ドゥコバニ原発の新型原子炉建設の入札から中国企業を除外する方針を決めた。
「ブルガリア、エストニア、ラトビア、ルーマニア、スロベニアなど17カ国中3分の1以上の国が容易に参加できるオンラインサミットだったにもかかわらず、大統領や首相ではなく下級官僚を参加させた。中国には受け入れ難いかもしれないが、中欧諸国の多くは17+1が単なるゾンビメカニズムであることに気づいている」(ザ・ディプロマット)
中国との対決という第二戦線を開いたリトアニア
 リトアニア軍情報部は「国民及び組織はスパイ取り締まり活動に便宜提供又はその他の協力を行わなければならない」と定めた中国の反スパイ法により5Gインフラへのファーウェイ関与は国家安全保障への脅威だと発表。リトアニア議会は同国の電気通信市場、特に5Gネットワークにおいて「信頼できない」メーカーやサプライヤーを排除することを決議した。
 リトアニアのジャーナリスト、デニス・キシネフスキー氏は昨年11月、米ワシントンの超党派シンクタンク、カーネギー国際平和基金への寄稿でこう指摘している。
「バルト三国の小国は世界第2の経済大国がもたらす経済的損失や政治的圧力のリスクにもめげず、最も積極的な姿勢を見せ、他の西側諸国や機関を動かした」
 1991年1月、独立運動が高まるリトアニアに旧ソ連軍が侵攻し、リトアニアの民間人が死傷する「血の日曜日事件」が起きた。これがリトアニア独立革命につながった。「リトアニアはこれまでほとんどロシアに対抗するための国際活動しかしてこなかったが、中国との対峙という第二戦線を開いた」とキシネフスキー氏は指摘する。
「世界中の自由と民主主義を守りたいだけという高尚なレトリックの背後には現実的な計算がある。リトアニアは反中国の推進役として行動することで米国の関心をこの地域に向けさせ、東欧やバルト三国でのプレゼンスを縮小させないという保証を得たいのだ。リトアニアは世界のリーダーシップをめぐる米中の争いの流れに乗ろうとしている」と分析した。
ダビデとゴリアテの戦い
 ジョー・バイデン米大統領はドナルド・トランプ前米大統領の「米国第一主義」で分断した米欧関係の修復に努めたものの、米国の外交・安保政策は中国を封じ込め、同盟国とともにインド太平洋での軍事的プレゼンスを高めることにシフトしている。約20年間駐留したアフガニスタンからも完全撤退した。そのスキをプーチン氏に突かれた。
 ロシアのウクライナ侵攻は皮肉にも米国を欧州に引き戻した。しかし今度はユーラシア大陸東端の台湾が不安になる。米軍のインド太平洋へのシフトが止まれば、中国の軍事的台頭を抑止できなくなる。それが今回のウクライナ戦争で台湾が欧州への関与を強めている背景にある。中国は今のところ2024年の台湾総統選の行方を注視する構えだ。
 しかし昨年3月、米インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン司令官(当時)は2027年までに台湾への脅威が顕在化すると証言。今年5月、来日したバイデン氏は岸田文雄首相との共同記者会見で「あなたはウクライナ紛争に軍事的に関与したくなかった。同じ状況になったら台湾を守るために軍事的に関与する気はあるか」と問われ、「イエス」と即答した。
 米ホワイトハウスは「われわれの政策は変わっていない」と発言のトーンを弱めたものの、バイデン氏は口先では「戦略的曖昧さ」から「戦略的明確さ」に舵を切った。巻き込まれるのを恐れてロシアのウクライナ侵攻と同じように軍事的に消極的な姿勢を見せれば、習主席の領土的野心に火をつける恐れがある。
 旧約聖書に羊飼いの少年ダビデが強くて大きな兵士ゴリアテを倒す物語が出てくる。ダビデは石投げ器で石をゴリアテの額に当てて倒し、戦争を終わらせる。ウクライナ戦争ではウクライナという勇敢なダビデが、欧米が支援する“石投げ器”でロシアというゴリアテと戦う。台湾とリトアニアというダビデは中露という巨人を押し留められるのだろうか。